起業家教育とは?効果や目的、事例、プログラム選びのポイントを解説
「起業家教育」と聞くと、皆さんはどのようなものをイメージしますか?それぞれの立場によって思い描くことが違うと思いますが、起業家教育に馴染みのない人にしてみれば「実際に会社をつくるの?」と考える人が多いかと思います。この記事では、起業家教育について教育・起業家育成コンサルタントが解説します。
「起業家教育」と聞くと、皆さんはどのようなものをイメージしますか?それぞれの立場によって思い描くことが違うと思いますが、起業家教育に馴染みのない人にしてみれば「実際に会社をつくるの?」と考える人が多いかと思います。この記事では、起業家教育について教育・起業家育成コンサルタントが解説します。
目次
起業家教育とは「起業家精神(アントレプレナーシップ)や起業に必要な知識、スキル、態度を育む教育プログラムやカリキュラム」を指します。
つまり、ビジネスの基礎から、新しいアイデアの創出、ビジネス計画の立案、マーケティング、財務管理、リーダーシップとチームワークに至る広範囲にわたるスキルを提供したり、失敗を恐れずに新しいことに挑戦するメンタリティを強化したりすることを目指した教育だといえます。
以前、筆者は中高一貫校で学校の先生をやっていましたが、多くの先生が「中高生に会社設立の方法を教える必要性があるの?会社を作る人なんてごく一部でしょ」と言っていました。
もちろん会社を設立することを目指した起業家教育もありますが、起業家教育は「起業家を育てる」だけではなくて「社会に対して主体的にアクションを起こせる人を育てる」ものだと筆者は考えます。
現在学校向けに行われている起業家教育には、以下のようなものがあります。
これらは少なくとも20年前、私が中高生のときから行われていた取り組みですが、当時は「起業家教育」という言葉ではなく「キャリア教育」という文脈で行われていました。近年では「起業家教育」もそうですが、「アントレプレナーシップ教育」という言葉も使われるようになってきています。
自治体でも、中高生向けに起業家教育を行うところが増えてきました。例えば、筆者が住む埼玉県朝霞市では、自治体と商工会青年部が連携して「朝霞スタートアッププロジェクト」という取り組みを実施しており、地域の現役の事業者・経営者と一緒に、中学生・高校生・大学生が企画から販売までを体験できます。
学校で起業家教育を行った際に期待できる効果としては、進路選択に役に立つというところが一番大きいと思います。
経済産業省のデータによると、中学校で実施した起業家教育で得られた効果としてもっとも大きかったのが、「進路への関心・意欲が高まった」が80.6%で、その次が「プレゼンテーション力・コミュニケーション力が高まった」が72.9%でした(参照:「生きる力」を育む起業家教育のススメ p.7|経済産業省)。
筆者が中高生に行った起業を疑似体験する2日間プログラムでは、事業計画書を作成するところをゴールとして「起業家精神」や「ビジネスの知識」を学んでいくのですが、アンケート結果では、全員が起業に対しての大なり小なり興味を持つようになっていました。
「起業 = 社会に対して何かしらの変化を投じること」と筆者は考えています。変化に合わせるだけでなく、変化を起こすマインドが中高生の時からできて入れば、VUCA(目まぐるしく変転する予測困難な状況)時代といわれるなかで、主体的に社会に対してインパクトを与えて、日本の経済にも良い影響をもたらすことができるのではないでしょうか。
起業家教育は今の時代になくてはならないものだと思います。
起業家教育の目的は一つではありせん。
起業家教育の目的 | |
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政府の目的 |
社会に新たな価値を生み出す人材やスタートアップを増やす |
地方自治体の目的 |
学生と地域のつながりを強め、将来的に地元で働いて地域を活性化してもらう |
学校の目的 |
各校により異なるが、自分のキャリア選択に役立ててもらいたいと考える学校が多い |
政府・地方自治体・学校に分けて、それぞれの目的を詳しく解説します。
国が目指す起業家教育の目的に、社会に新たな価値を生み出す人材やスタートアップを増やしていくことが挙げられます。
中小企業庁によると、2021年の日本の開業率は4.4%で、イギリスの12.4%に比べて半分以下となっています。
文部科学省は、日本の起業家が少ない原因は「失敗に対する危惧(再チャレンジが難しい)」「身近に起業家がいない」「学校教育(勇気ある行動への低い評価など)」にあると考えています。この原因を解決するため、政府は「スタートアップ5か年計画案」を2022年に発表しました。
本案ではスタートアップへの年間投資額を2022年度の約8,000億円から2027年度に10兆円規模に引き上げる目標を掲げており、そのうち10億円の予算を高校生などへの起業家教育にあてると述べています。
地方自治体が中高生に向けて行う起業家教育の一番の目的は、学生と地域のつながりを強めて、将来的に地元で働いて地域を活性化してもらうことにあります。
前述した、朝霞市商工会青年部が主催している「朝霞スタートアッププロジェクト」が良い例です。
朝霞スタートアッププロジェクト | |
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参加者 | 朝霞に縁のある中学生・高校生・大学生 |
支援者 | 朝霞市で事業を営む人たち |
最終目標 | 「ASAKA STREET TERRACE」という2日間のマーケットでお店を出す |
筆者が現在サポートしている高校生団体のうち、何人かは「朝霞スタートアッププロジェクト」出身者ですが、やはりこのプロジェクトがきっかけで「朝霞市でビジネスをしてみたい」という気持ちになっています。
学校という文脈での起業家教育の目的は、各学校によって異なります。大学だと「本気で起業家を輩出する」と考えているところは少なくないですが、中学校・高等学校では「起業家を何人生み出せるか」ではなく、「起業家教育 = キャリア教育」と認識しているところが多いように感じます。
そのため、職業調べや職業体験をさせたり、起業家の講演を聞かせたりすることで起業家教育を終えています。また、学校の先生自体がビジネスに関する知識を持っていないことが多いため、学校独自で起業家教育を行うことは難しく、外部の教材や講師に頼るのが一般的です。
筆者も起業家教育を実際に行っていますが、学校向けに作った教材は、実際に起業家を育成することよりも、起業を疑似体験することでビジネスを体系立てて学んでもらい、自分のキャリア選択に役立ててもらいたいという思いが強くあります。
一方で、自治体と協力して行っている中高生に対する起業家教育については、参加生徒を募集型で集め、地域で実際に事を起こしてスキルを学びながら、近い将来起業できる状態までサポートしていくことを目的としています。
起業家教育は多岐にわたりますが、ここでは筆者がおすすめできる実例をご紹介します。
日本政策金融公庫は、起業家教育の一環として「出張授業」を行っています。日本政策金融公庫とは、資金調達が難しい個人事業主や中小企業などに対してお金を貸している政府系金融機関です。
実際に起業して融資を得ようとする人たちの「創業計画書」を毎日のように見ている職員が無料で学校に来て、アイデアの発想方法から収支計画の作り方までを伝授してくれる本授業は、優れた起業家教育プログラムといえるでしょう。
起業家教育の重要なポイントに、「事業の持続可能性を考えさせる」ことが挙げられます。コスト面を無視して行われる起業家教育が少なくないなか、日本政策金融公庫の出張授業は収支計画のところまで生徒に考えさせるので、非常に有用なプログラムだと思います。
また、当機関は高校生向けにビジネスプラン・グランプリを開催していて、私も2024年1月の決勝大会を見に行きましたが、非常にレベルが高くて感銘を受けました。
中高一貫校の女子校として有名な学校ですが、起業が今ほど注目を浴びていない2006年から起業家教育をスタートしています。内容は、文化祭での模擬店を通じての起業体験です。
事業計画の作成から始まり、協力企業を探し、校内で出資を募るためのプレゼンテーションを行います。文化祭で模擬店を行った後は株主総会を開き、決算発表を行います。
参加チームに予算が均等に配分されて模擬店を行うのではなく、協力企業に見積もりを取りながら事業計画書を作ったうえで校内コンペを行うところが、起業家教育として品川女子学院が優れているところだと思います。
また、このプログラムを通じて実際に在学中や大学生になってから起業する生徒が出てきています。
参照:「生きる力」を育む起業家教育のススメ p.51|経済産業省
東京都板橋区で2010年から行われている子ども起業塾は、小学生高学年(4年~6年)を対象に、会社経営をバーチャル体験してもらうプログラムです。春休みの1日を使って開催しています。
まず、チームで会社を設立し、商品製作のために事業計画を作ります。完成した事業計画を元に信用金庫から資金を調達するのですが、融資の審査にあたっては地元の信用金庫の職員に判断をしてもらうなど、リアルさを追求しているのが面白いところです。
次に、商品の部材を安く仕入れるために、卸売り役の大学生を相手に、値引き交渉をしていきます。そして、商品を制作した後にプレゼンで商品の宣伝をし、販売するという流れです。最後に決算を行い、プログラムは終了となります。
これだけの内容を1日で全て行うため、子どもにとって貴重な体験になるでしょう。
参照:「生きる力」を育む起業家教育のススメ p.57|経済産業省
ここでは、主に高校生に焦点を当て、無料で参加できる起業体験プログラムを紹介します。
プログラム名 | 概要 | 期間 |
---|---|---|
起業スタートダッシュ |
東京都が主催する高校生起業家育成プログラム。実践的な内容の講義やワークショップを通して、実際に事業化させることを目指す |
7カ月(1~7月) ※毎年8月頃キックオフイベントを開催 |
高校生起業家教育講座 |
大阪公立大学が主催するプログラム。大学の研究を基にビジネスアイデアを生み出し、実現する方法を考える |
4~5日(2023年は7月24日~27日の4日間) |
しずはまスタートアップキャンプ |
静岡大学が主催するプログラム。グループを組み、課題発見から企画、解決策まで模索する |
2カ月(2023年は7月29日〜10月1日) ※2023年は7月17日にエントリー締め切り |
SHIMANEみらい共創 |
個人でもグループでも参加できるプログラム。プロジェクトを実現するために最大10万円の活動支援金を援助 |
半年間(7~12月) ※2023年は4月後半から説明会を開催 |
AICHI STARTUP SCHOOL |
愛知県が主催するプログラム。小中高でそれぞれプログラムがあり、高校生は基礎編と応用編の2種類。ビジネスを作る体験からブラッシュアップまでを行う |
4日間(2023年は基礎編は8月・応用編は10~11月) ※2023年は7月に事前説明会を開 |
ユース・アントレプレナーシッププログラム |
京都市が主催するプログラム。中学生・高校生が対象。2回の講演後、7Days チャレンジで具体的な行動を起こす |
約1カ月(2024年は2月4~10日に7Days チャレンジを実施) |
いずれも地域限定のプログラムですが、ほかにも各自治体がおこなっているプログラムは多くあります。お住まいの地域で起業家教育プログラムを実施していないか調べてみるのもよいでしょう。
起業家教育のプログラムは数多くありますが、以下の点に注目して選ぶと、より高い効果を得られる可能性が高まります。
起業家教育プログラムを選ぶポイント |
---|
・個人で進められるか ・実際に事業を起こせるか ・地域の人とネットワークがつくれるか |
以下で詳しく見ていきましょう。
起業家教育をグループで行うことがありますが、グループにしてしまうと自分主体で意思決定ができなくなってしまいます。自分で仮説を立て、自分で検証していくことで、活動に対して没頭できます。
そのため、できる限り個人単位で起業を体験できるプログラムを選ぶのがおすすめです。
自分で考えた事業を実際に起こせるプログラムは、起業家教育の高い効果が得られます。多くの場合は、アイデアをプレゼンして終わってしまうプログラムばかりなので、アクションを起こすところまで支援してくれるプログラムはとても貴重です。
地方自治体と連携しているプログラムは、アクションを起こすところにゴールを設定しているものが比較的多いかもしれません。
地域に根差した企業に興味のある人は、地方自治体と連携しているプログラムを選ぶのも有効です。
各市区町村にある商工会・商工会議所が主催、または後援している起業家育成講座のほとんどが無料、もしくは安価で受講できます。中高生に限定されているものは現段階では少ないのですが、社会人向けのものに中高生が参加できる場合もあります。
中高生が行けば、間違いなく注目を浴びて、そこで地域の人とネットワークができますので、何か事業を起こすときに役に立ちます。
起業家教育を成功させるためのポイントを二つご紹介します。
起業家を育成する立場の人には知識や経験があります。これから起業しようとする人に対して、手取り足取り教えてしまうと、自分で仮説を立てて検証していくことができずに、自力で事業を進めていく力が身につきません。
大人は「子どもが自発的に考えられるようサポートする」という意識を持つことが大切です。
起業家として成功している人はみな、広い人脈を持っています。人脈なくして起業家としての成功はないということをきちんと起業家教育で伝えていかなければいけません。
「人に好かれなければ人脈は広がらない、では人に好かれるためにはどうしたらいいのか」ということを起業家教育で考えてもらいたいです。
繰り返しにはなりますが、現在起業家教育と言われているプログラムは数多く存在しています。それぞれのプログラムには作成者の誠実な思いがあることは間違いないと思いますが、本質から外れているものもあります。
起業家教育の本質は、「社会に対して主体的にアクションを起こせる人を育てること」です。知識や技術を伝授することも大切ですが、それ以上に「失敗してもいいからやってみよう」と主体的にアクションを起こすことを促すような教育が重要です。このことを理解したうえで、プログラムの識別をしてもらえたらと思います。
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