目次

  1. ナルビー、業務用スクレーパーの定番ブランド
  2. GLAYにあこがれた元バンドマン 
  3. 展示会で「新商品ある?」「ないです」に課題感
  4. 清掃の経験生かした安全なスクレーパー
  5. “受け身の営業“から“攻めの営業”へ
  6. 抵抗感のあったSNS発信 利用者が後押し
  7. 世界市場でのブランド確立を目指す

 ナルビーは、1897年(明治30年)に創業者の古川一郎さんの父が古川バリカン・枝切バサミ製作所を開業したのが始まりです。昭和のころには、子どもたちが愛用していた鉛筆削り用のナイフ「ナルビーナイフ」(当時20円)でも知られた企業です。

ナルビーナイフ
ナルビーナイフ

 現在は、スクレーパーや工業用刃物を中心に、プレスから熱処理、刃付け、研磨まで自社で一貫生産を行っています。従業員数は30人です。

 ナルビーのロングセラー商品は、ガラスやタイルの汚れを落とす業務用スクレーパーです。ビルメンテナンスやハウスクリーニングなどの清掃業界では定番品として長年支持されており、シリーズ累計100万枚を販売。国内シェア率は約80%を誇ります。

 「『これがないと仕事にならない』『清掃業界でナルビーを知らない人はいない』。この2つは、職人さんから実際によくいただく言葉で、とても嬉しく誇りに思っています」

 古川さんは、元バンドマンという経歴の持ち主です。中学時代にロックバンド「GLAY」に憧れ、バンドを結成したのを機に音楽の道を志します。大学時代から本格的にバンド活動を開始。インディーズでCDを発売し、車で全国のライブハウスを回るなど、精力的に活動を続けていました。

バンド時代の古川昇一郎さん
バンド時代の古川昇一郎さん

 そうしたなか、父から「そろそろ戻ってこないか」と声をかけられます。「いつかは継がなければ」と思っていたという古川さん。子どものころは工場の2階に自宅があり、家業のおかげで自分が育てられたという感謝の思いもあったことから、家業を継ぐ決意をします。

 その後、刃物製造に欠かせない熱処理加工の企業で4年間の研鑽を積んだ後、家業に入社します。2015年、29歳のときでした。

 入社当時、新商品が少なく、清掃業界でのシェアトップだけでは売上は増えないことを課題に感じていました。

 「展示会でお客様に『新商品ある?』と聞かれて、『ないです』と答えると、『それならいいや』と帰ってしまうことが多くありました。そこで、自社のブランディング強化のためにも、オリジナル商品を増やさなければと考えました」

 古川さんは、新たに商品開発室を立ち上げ、自社商品の開発に乗り出します。そんな古川さんの挑戦を後押ししてくれたのが、元顧問でした。

 「当時、売上目標を達成できていなかったことから、売上を上げるためにも、『今のナルビーに必要なのは新商品だ』と言って、ナルビーの成長を共に考えてくれました。また、現在は販売数が安定している商品でも、いずれは売上が減少するときが来るだろう。そのときに備えて、今から代わりとなる商品を開発する必要があると言って協力してくれました」

 また、工場長も意欲的に開発に取り組んでくれたといいます。

 こうして社内の協力を得て、最初に製作したのは、スクレーパーの替刃です。既存のカーボン鋼製の替刃は、硬くて切れ味が良い反面、錆びやすいという難点がありました。そこで、錆に強いステンレス製の替刃を開発しました。続いて、OEM製造で培った技術力を活かし、「世界標準のナイフをつくろう」と、DIY、アウトドア用の自社ブランドナイフを発売しました。

 次に古川さんが長年温めていたアイデアを具現化したのが、安全性を高めたプラスチック刃のスクレーパーです。この製品には、古川さんの経験が生かされています。

プラスチック刃のスクレーパー
プラスチック刃のスクレーパー

 バンド活動の傍ら、ハウスクリーニングの仕事をしていたときに、ナルビーのスクレーパーを愛用していたという古川さん。

 「金属製の刃物であるため、けがの問題や対象物に傷をつけてしまうことがありました。入社後も、障害者雇用の現場では刃物の付いたスクレーパーは禁止されている職場が多いことを知りました。高齢化の進む職人の安全も高めないといけません。そこで誰もが安全に使えて、傷をつける心配のない製品をつくろうと考えました」

 最も苦労したのは、汚れの隙間に入り込めるようこだわった刃の薄さと強度の両立です。まず、さまざまなプラスチック類から素材を選定。最初、プラスチックにガラスファイバーを添加した刃を試作しましたが、強度はある反面、場所によっては傷をつけてしまうことがありました。

 そこで、添加物をカーボンファイバーに変更し、含有量を何度も調整。20回近く試作を重ね、3年をかけて完成させました。

 「すでにプロの現場でも多く使用され、顧客満足度は9割を誇ります。また、『活用シーンが広がった』『けがの心配がないため、新人でも安心して使える』など、お客様から嬉しいお言葉をいただいています」

自社ブランドのスクレーパーとナイフを持つ古川昇一郎さん
自社ブランドのスクレーパーとナイフを持つナルビーの古川昇一郎さん

 こうして粘り強く挑戦を続ける古川さんの姿を見た元顧問から「営業に向いてるのでは」と言われたのを機に、営業と商品開発を兼務することになります。当時、営業面にも課題がありました。

 「長年、売上目標が達成できていませんでした。当時は、人員不足などの要因があるものの、既存取引先からの受注に頼る“受け身の営業”で、売上を上げるために新たな施策を打つことがありませんでした。そこで、“攻めの営業”に転じようと決意しました」

 この決意の背景には、メンターでもある元営業部長の言葉がありました。

 「『営業は結果を出さないとすべて言い訳になる。結果さえ出せば、みんなに納得してもらえる』。この言葉を聞いて、父や周りの方々に認めてもらうためにも、売上目標を達成することを強く意識するようになりました」

 古川さんは新商品開発に注力するとともに、価格交渉に乗り出します。「原材料費の高騰に伴い、適正な販売価格にしなければ製造の継続ができなくなる」と原価データを示して説得しました。

 「ホームセンターに卸してくれている販売店様は価格変更に必要な時間があるなど、特に交渉が大変でした。なかには受注が無くなってしまったお客様もいらっしゃいますが、大半のお客様が納得してくれました」

 古川さんは2017年からSNSの発信を始めます。

 「清掃業界だけにとどまらず、広く一般のご家庭でも当社のスクレーパーを使っていただきたいという思いがありました」

 しかし、当時は「企業のSNSなんて誰が見るのか」と社内の反発を受けました。古川さん自身もSNSの発信に抵抗があったといいます。

 「ナルビーの商品を知っていただくことが目的なので、僕が本名、顔出しで発信することによって、ブランドイメージに変に色がついてしまうのではと懸念していました。しかし、お客様やインフルエンサーの方々が顔を出して商品を紹介してくださっているのに、自分だけが顔を出さないのはよくないと思うようになりました」

古川さんのSNSへの投稿
古川さんのSNSへの投稿

 専門家のアドバイスを受け、自社サイトのデザインも刷新。SNSのキャンペーンやYouTubeで商品紹介動画の配信も行っています。「単に多くの人に見てもらうことがゴールではなく、ナルビーのブランディング化につながるような発信を心がけています」

 こうした取り組みの結果、入社時と比べ、約20%増の売上を達成しました。

 2024年2月には中小企業庁主催のピッチイベント「アトツギ甲子園」に出場。準ファイナリストに選定されました。同時にテレビ番組へ出演したのを機に、プラスチック刃のスクレーパーの売上数が倍以上に増えました。

 また近年、海外市場での販売強化にも努めています。2024年3月には、ドイツ・ケルンで開催されたハードウェア見本市「INTERNATIONAL EISENWAREN MESSE」に出展しました。

ドイツ・ケルンで開催されたハードウェア見本市「INTERNATIONAL EISENWAREN MESSE」のナルビーブース
ドイツ・ケルンで開催されたハードウェア見本市「INTERNATIONAL EISENWAREN MESSE」のナルビーブース

 「今回4度目となる出展で、オリジナル商品以外にも工業用刃物の引き合いを多くいただきました。また、新規に加え、ドイツの既存販売店からの受注も増えました」

 さらなる飛躍に向け、水槽清掃用のスクレーパーや既存商品にデザイン性を加えたドレスアップ版スクレーパーなど、新商品を次々と生み出しています。また、環境問題に配慮した、ひまし油を原料としたプラスチック刃の開発にも取り組んでいます。

 「直近の目標は、プラスチック刃のスクレーパーの3年後の売上10万枚です。今後もブランディングを強化し、一般の方にもスクレーパーという道具を身近に感じてもらえるようにしたい。将来的には、“世界のナルビー”になるべく、海外市場でのブランド確立を目指しています」

 「戦わずして勝ちはない。失敗を恐れず挑戦しよう。石のような意志で」――。

 これは、古川さんがバンド時代に作詞した『STONE MIND』という曲の一節です。自分自身を鼓舞しながらライブで何度も歌った、この思いを胸にこれからもチャレンジを続けます。