釣り鐘の技をウイスキー蒸留器に 老子製作所は機械鋳造で世界を見据える
江戸時代創業の老子製作所(富山県高岡市)は、寺院などの釣り鐘市場で約7割の全国シェアを持ちながらも、機械受注の低迷やコロナ禍によって、2021年に民事再生法を申請しました。15代目社長の老子祥平さん(48)が、経営再建の要として進めているのが、ウイスキーの蒸留に用いる世界初の鋳物製ポットスチル「ZEMON」の製造事業です。後編では、国内外で高い評価を集めるZEMON開発の舞台裏や、老子さんの再建戦略に迫ります。
江戸時代創業の老子製作所(富山県高岡市)は、寺院などの釣り鐘市場で約7割の全国シェアを持ちながらも、機械受注の低迷やコロナ禍によって、2021年に民事再生法を申請しました。15代目社長の老子祥平さん(48)が、経営再建の要として進めているのが、ウイスキーの蒸留に用いる世界初の鋳物製ポットスチル「ZEMON」の製造事業です。後編では、国内外で高い評価を集めるZEMON開発の舞台裏や、老子さんの再建戦略に迫ります。
老子製作所は伝統工芸「高岡銅器」で知られる地で、約200年にわたって鋳物製造を営んできました。釣り鐘や銅像など美術鋳物では全国的な知名度を誇りますが、ニッチな市場が先細るにつれて、機械受注の低迷や負債が足かせとなり、苦しい経営が続きました。リーマン・ショックや東日本大震災などの外的要因で機械鋳造の新規事業も頓挫。コロナ禍が最後の一打となり、21年に民事再生法を申請し、スポンサーなしの自力再建に奔走している最中です(前編参照)。
しかし、苦しい状況でも、老子さんが過去に機械鋳造にチャレンジしていた経験が、経営再建の切り札となる鋳物製ポットスチル「ZEMON」の開発につながりました。
ZEMON開発のきっかけは、ウイスキーを醸造する若鶴酒造(富山県砺波市)5代目の稲垣貴彦さんが、蒸留器の増設計画を進めたことでした。蒸留器は一般的に鍛造で作られていますが、製造に時間がかかり、当時は納期に3年以上を要していました。
そこで、老子製作所の鋳造技術に白羽の矢が立ちました。鍛造では板金をたたくことで成型していきますが、鋳造は溶けた金属を型に流し込んで一気に成型するので比較的スピーディーな製造が可能です。また、肉厚化も図れるので、耐久性も向上すると老子さんは語ります。
「鋳造でポットスチルを作ったときの肉厚は、鍛造で作ったときの約2倍です。ポットスチルが経年劣化すると金属がだんだん薄くなってくるので、肉厚は耐用年数を左右します。鋳造と鍛造では金属の性質が異なるので一概に言うことは難しいのですが、約20年と言われていたポットスチルの耐用年数が、2倍相当の約40年に延びるだろうと考えています」
老子さんが稲垣さんから相談を受けたのは、民事再生法申請に先立つ17年のことでした。相談を受けた当時のことを、老子さんはこう振り返ります。
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「ポットスチルの見た目と大きさが釣り鐘に似ていることに加えて、中空の構造は銅像にそっくりです。当社の技術で実現可能だと、すぐに思いました。むしろ、銅像に比べると肉厚なので難易度は低いだろうとも見込んでいました」
鋳造製ポットスチルには既存製品に対する優位性を見込めたため、老子製作所、若鶴酒造、富山県産業技術研究開発センターの三者共同による開発がスタートしました。
鋳物製ポットスチルの開発では、いくつかの課題と向き合う必要があったと老子さんは語ります。まずは安全性でした。
「鋳物は溶けた金属を型に流し込んで作ります。このとき型の内部で、金属が十分に行き渡らなかった部分は、必要な厚みを確保できません。銅像を作るときは厚みにそれほど神経をとがらせる必要はないのですが、ポットスチルの本体に薄い部分が残っていると使用時の事故につながる可能性がありました」
鋳物製ポットスチルを製造するには、安全確保の工程にコストをかける必要がありました。
もう一つの課題は、食品衛生の観点です。一般的に鋳造で使われているのは、銅に錫を加えた「青銅」で、純粋な銅ではありません。さらに生産性を高めるために鉛を添加することが美術鋳物ではよくありました。
しかし、ZEMONの製造にあたっては、食品衛生の観点から、できるだけ少ない鉛含有量を目指しました。「私たちは世界に通用するポットスチルを目指しています。このためポットスチルの本体には、世界基準とされるRoHS2指令(EUが定めた環境基準)に準拠した鉛フリーの地金を使用しています」
普段とは異なる配合の地金を鋳造に用いると、溶かした金属の流れやすさや、固まったあとの削りやすさに違いが生じることから、工程を確立するまでにはトライアンドエラーを要したとのことです。このような苦労を経て、完成したZEMONには鋳造ならではのメリットが備わっています。
青銅に含まれる錫には、酒質をまろやかにする作用があると言い伝えられています。このため焼酎の製造装置では錫が使われてきました。
さらに、鋳物の表面には、鋳型の砂の粒子由来の微細な凹凸が付いており、蒸気との接触面積が増大することで、錫の力がさらに引き出される可能性があるとのことです。純銅よりも青銅のほうが熱を逃しにくいため、エネルギー効率の改善にもつながります。
ZEMONの稼働は始まったばかりですが、「ZEMONで蒸留されたウイスキーが世に出回るにつれて、鋳物ならではの味わいが知れ渡ることを期待しています」と老子さんは語ります。
老子製作所は経営難から21年に民事再生法を申請し、再建の途上にあります。それでも、ZEMONは将来の成長を描くための「切り札」として位置づけられています(前編参照)。
その販売は現在、老子製作所と若鶴酒造が二人三脚で進めているところです。見込み客の開拓を主に若鶴酒造が担う一方、老子製作所が装置に関する技術的な問い合わせに応じています。老子さんは「世界各地の酒造メーカーから問い合わせが来ています。私はウイスキーの製造についてよく知らないので、若鶴酒造の協力が営業活動に欠かせません」
世界初の鋳造製ウイスキー蒸留器となったZEMONは、ウイスキーの本場英国での特許を取得。23年には経済産業省の「ものづくり日本大賞」中部経済産業局長賞を受賞し、メディアからの取材も集めるなど、高い評価を受けています。
それでも、ZEMONの販売には、さらなる仕掛けが必要と老子さんは考えています。
「世界初を成し遂げたことが注目を集めるきっかけになりました。しかし、ZEMONはまだ世の中で認められるだけの実績を残しておらず、導入を慎重に検討している方も少なくありません」
「世界初」という触れ込みが問い合わせのきっかけになる一方で、検討に時間がかかる要因にもなっています。現在、ZEMONが稼働している場所は、若鶴酒造の三郎丸蒸留所(富山県砺波市)のほか、舩坂酒造店の飛騨高山蒸留所(岐阜県高山市)の2カ所に限られており、さらなる販売拡大の施策を模索しています。
このような壁を突破するため、老子さんはZEMONのパーツ売りを検討しています。
例えば、蒸気を冷却器に流し込むためのパイプ(ラインアーム)は、酒質を左右する大切なパーツです。この部分では凝縮された状態の蒸気が金属に触れるので、鋳物の特性が効率良く引き出される可能性があるとのことです。
ならば、ウイスキーに限らず、蒸留酒の製造装置で幅広くZEMONの技術を応用できるかもしれないといいます。
機械鋳物への再進出を目指して、老子さんはZEMONの製造に取り組んできました。それでも収益の柱に育つまでには、まだ時間がかかると見ています。ただ、民事再生で債権者の協力を得て負債の重圧が軽くなったことから、美術鋳物の売り上げで経営が成り立つようになり、会社の未来を考えられるようになったとのことです。さらなる成長ビジョンを描くために、機械鋳物の分野で第二、第三の道筋を模索し続けています。
「鉄やアルミに比べると、銅は高価な素材です。このため、鋳物の素材は、鉄やアルミが選ばれるようになってきました。コストをかけてまで、銅鋳物がメリットを発揮できる分野はなかなか見つからず、ポットスチルは希少な事例でした。一方、優れた銅鋳物を製造できる企業は世界を見渡しても数が限られています。銅鋳物が有望な分野さえ見つかれば、世界で飛躍できるかもしれません」
会社の未来を築くため、老子さんは後継ぎとして、様々な無理難題を一身に引き受けてきました。自身の思いについて次のように語ります。
「私の入社から間もない時点で、リストラが行われる様子を目の当たりにしてきました。経営の苦しさを肌身で感じる一方、雇用に対する責任を意識することが少なくありませんでした。家業に戻ってから、私は我慢に我慢を重ねてきましたが、雇用の場を守るためには誰かが引き受けないといけない役割です。あえて言うなら、これは一種の使命感かもしれません」
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