目次

  1. 型抜き加工に特化した町工場
  2. 家業と学業で「地獄のような日々」
  3. 「不可能」と言われても挑戦
  4. 売り上げ半減「これはヤバい」
  5. 地元で言われた「何の会社?」
  6. 開発のきっかけは工場内のゴミ
  7. 「ガラパゴス職人」の情報発信
  8. オリジナルの小物入れも開発
  9. 親族外社員への承継を準備
  10. ものづくりの街を次世代へ

 同社の前身は、平井さんの祖父・一郎さんが1961年に創業した平井美術印刷所です。父・康夫さん(現会長)が20歳のころに一郎さんが死去。技術を習得していた型抜き加工に的を絞り、仕事を請け続けました。そして71年、康夫さんの兄・建彦さんが初代社長になり、精工パッキングを設立しました。

 今も従業員5人と、型抜き加工に特化しています。扱う素材は樹脂やゴム、ウレタン、発泡品など。平井さんは「樹脂とゴムが6割ですが、鉄とガラス以外は何でも抜けます」と話します。

型抜き加工の工程

 同社は、ビクトリア型平打ち抜き加工(ビク抜き)を得意としています。ビクトリア刃が埋め込まれた型で素材を圧し、好みの形に打ち抜きます。この加工法は金型を作る必要がなく、製造・修理コストが低いのが特徴です。そのため、小ロットでの生産にも対応できます。

 主な取引先は家電や医療機器メーカーで、電化製品や時計の内部の精密部品を手がけています。年商は約6千万円です。

 平井さんは高校卒業後、家業に入りました。大学夜間部への進学が決まり、スキー用品店でアルバイトをしていると、康夫さんから「うちで働け」と言われました。

 「提示された月給はスキー用品店のバイト代に3万円上乗せした額で、『車の教習所代も払う』と。好条件に釣られて入りました」と笑います。

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