経営者の「口出し」が妨げる権限委譲 成果を出すための任せ方を解説
いかなる名経営者も、いつかは世代交代を迫られる時期が来ます。後継ぎの皆さんも会社を成長させるために、何でも「口出し」するようなマネジメントをやめて、早めの権限委譲を進めてはいかがでしょうか。コンサルティング会社識学のシニアコンサルタント・乾一文さんが、権限委譲によって成果を出すための方法や注意点について、実際にあった事例などをもとに解説します。
いかなる名経営者も、いつかは世代交代を迫られる時期が来ます。後継ぎの皆さんも会社を成長させるために、何でも「口出し」するようなマネジメントをやめて、早めの権限委譲を進めてはいかがでしょうか。コンサルティング会社識学のシニアコンサルタント・乾一文さんが、権限委譲によって成果を出すための方法や注意点について、実際にあった事例などをもとに解説します。
「何もかも自分で意思決定しなければ気が済まない」と考える中小企業の経営者は少なくありません。しかし、会社を長続きさせたいなら、できるだけ早く権限委譲に着手した方がよいでしょう。権限委譲しないために生じる問題が多々あるからです。
まず、経営者が全ての意思決定に経営者が関わっている状態だと、決断のための情報収集に多大な時間を割かねばなりません。マネジメント業務や今後の方針について考えるための時間を確保できなくなります。
それに、責任を与えない限り社員は成長せず、会社に貢献する気持ちも芽生えてこないでしょう。やりがいを求める優秀な人材は社を去り、ただ指示を待つ社員だけが残ります。そういう社員は結果を残せなかったとき、「言われた通りにやりましたが、私が悪いのでしょうか」と言い訳に終始します。社員がそんな状態の会社からは、クリエーティブなアイデアは生まれません。
しかし、権限委譲が成功すれば経営者は本来すべきトップマネジメントの仕事に集中でき、責任の付与によって社員の成長とモチベーションの向上も期待できます。
確かに意思決定のスピードは落ちるかもしれません。何もかも好きにしたい経営者にとってはもどかしい時間を過ごさなければならないでしょうが、社員が成長するにつれて、会社が市場に提供できる価値はどんどん増していきます。権限委譲に乗り出す価値は十分にあるはずです。
権限委譲していくと決めたら、まず何を誰に任せるのか明確にします。会社全体の予算や目標のような大きな指針の決定権は経営者が持つべきですが、それ以外なら、部下の能力に鑑み、任せられるものは任せてよいでしょう。このとき、成果を出すために押さえておきたい大切なポイントがあります。
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それは、数字で分かる目標を設定することです。例えば、営業部門を任せるのであれば「1カ月間で1千万円を売り上げてください」、カスタマーサクセス部門の統括をさせたいなら「3カ月以内にサービスの継続利用率を現状と比べ20%向上させてください」といったようにです。
管理部門における目標の数値化は難しいですが、たとえば、各タスクをポイント化し、1カ月間で獲得してほしいポイントの数を伝えるといいでしょう。
いずれの部門を任せるにせよ、大きな目標と同時に1週間単位のKPIも併せて定めておけば、目標の達成確率が高まります。
経営者が与えた目標・責任に対し、部下は「それは無理です」とか「厳しいと思います」という姿勢を見せるかもしれません。経営者は、本当に無謀なのか、それともただ部下が楽をしたいだけなのか判断しなければなりません。そのための情報収集も欠かさないようにしましょう。
そして、目標達成のための予算と権限を与えたら、部下のやり方には口出しをしないと腹をくくってください。「どうやったらよいでしょうか」と部下に相談されたとしても、「それはあなた自身で考えるように」と伝えるのです。
「放任しろ」と言いたいわけではありません。むしろ、経営者による管理は絶対に必要です。
ある輸入商社の経営者は、新規事業の立ち上げをきっかけに、それまで自らに集中させていた権限を委譲する決断をしました。しかし、責任を不明確にしたまま「好きにしていい」と権限だけを渡した結果、担当役員が自社の顧客を連れて勝手に独立してしまいました。管理がなくなると所属意識も次第に薄れていくのです。
こうした事態を防ぐためにも、我々は1週間に1度会議を開き、目標の達成可否について部下に報告させ、目標未達であればその改善策について考えさせる会議を推奨しています。
ここで重要なのは、目標未達時に「だめでした」という状態のまま自分の元に来させないこと。「今回は目標未達でしたが、明日以降はこのように自分の行動を改善していきます。それによってこのような結果につながると考えます」といった説明を、事前に用意してもらうのです。
目標未達の報告を受けたときも、経営者は感情を表に出してはいけません。「なんでできないんだよ。ちゃんとやれ」という感情がわくでしょうが、冷静になって未来に目を向け、「では、どうしますか」と尋ねてください。過去は変えられません。できない理由を聞いても無駄なのです。
権限委譲を成功させたいなら、口出ししたくなる気持ちをぐっとこらえねばなりません。どうしても口出ししたくなったら、毎日決まった時間に仕事の進捗を報告させ、そのときだけ一言二言話をするようにしましょう。
1週間任せられないのであれば1日は任せてみる、1日任せるのも不安なら午前中は任せてみる、という形を取ります。
経営者にとって、部下の報告を待つ時間は非常にストレスがかかるでしょう。だからといって、一度口を挟んだら最後、指摘が止まらなくなってしまいます。それではいつまでたっても権限委譲はできません。
筆者が思うに、権限委譲がうまくいかない原因の大半は経営者の口出しです。逆にこの壁を突破すれば、権限委譲はほとんど成功したも同然だと言えます。
権限委譲によって部下が自らの責任を果たせたとしても、収入が増えなければ部下にとってはただ仕事が大変になっただけです。反対に、任せた仕事をやり遂げなくても給与が同じでは、緊張感が生まれないでしょう。
そのため、明確な評価制度の整備を忘れないでください。成果に応じて収入が増えていく体制が望ましいです。
ただし、査定期間は半年や1年に1度行うようにしましょう。例えば、1~2カ月で部下を降格させるのは早過ぎです。
優秀な人材であってもすぐには結果を出せません。それに、降格した社員はその後やる気を失ってしまいます。経営者には、部下の成長を待つ姿勢も求められるのです。
権限委譲したくなくても、年齢や体の衰えによって引退せざるを得ない時期が必ず来ます。そうなったときに慌てぬよう、今から準備してはいかがでしょうか。
現在進行形で権限委譲に取り組んでいる社員200人規模の素材商社の例を紹介します。
その会社は2代目である現社長の父が創業した会社で、いずれ3代目に就任予定の息子に少しずつ権限を委譲している最中です。
その会社の創業者は「超」が付くワンマン社長で、あらゆる意思決定を自分で行っていたせいで管理職が育ちませんでした。創業者の息子である2代目が社長に就任した後も会長として残ったために、一線を退くまで周囲は社長ではなく常に会長の方ばかりを見て仕事をしていたのだとか。
そんな経験をした現社長は、「自分が社長として認められるまでに時間がかかり、苦しんだ。息子に同じ思いをさせたくない」という親心から権限委譲を進めようと考えたのです。
とはいえ、最初は2代目も責任を明確にせず、「とにかくやってみろ」というだけでした。その後事あるごとに口出しをしてしまっている自分に気が付いた2代目は、まずは営業部門だけを任せることにします。いつまでに何を達成してほしいか伝え、そのための権限も与えました。
社員から「これはどうしたらよいでしょうか」と聞かれたときも、「それは息子に聞いてほしい。彼が権限を持っているから」と話すようにしたのです。すると、社員もだんだん3代目に責任があるのだと理解し始め、2代目に接触してくる社員は減っていきました。
3代目は現在、バックオフィス部門の統括も任され、残すは倉庫・工場部門のマネジメントのみです。2代目が権限委譲を始めたのは2020年のことで、まだ代替わりしていませんが、いつバトンタッチしても問題ないでしょう。
一方で、2代目も現役バリバリです。権限委譲によって心理的な余裕も生まれて、経営が楽しくなっているのかもしれません。
準備期間があるほど事業承継はうまくいき、失敗しても立て直せる可能性が高いでしょう。最初から完璧な権限委譲を求めず、徐々に改善していけばいいのです。
識学シニアコンサルタント
和歌山大学経済学部を卒業後、サンケイリビング新聞社に入社。女性をターゲットとした販売企画や営業職として22年間従事。2015年に中小企業診断士として登録すると、組織の課題を抱える企業が多いことに気付く。自身もマネジメントに悩んでいた経験から識学に出会い入社。
(※構成・平沢元嗣)
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