目次

  1. 事業性融資推進法とは 中小企業の利用想定
  2. 企業価値担保権とは 以前は事業成長担保権とも
  3. 企業価値担保権の概要と注意点
  4. 返済が滞ったときの企業価値担保権の実行手続き
  5. 企業価値担保権の支援体制

 政府が閣議決定した「事業性に着目した融資の推進に関する業務の基本方針」で、金融機関等が不動産担保や経営者保証等に安易に依存するのではなく、事業者の実態や将来性を的確に理解し、その特性に着目した融資を行う必要がある、と指摘してきました。

 そんな方針を反映した事業性融資推進法が、2024年6月に参院本会議で可決し、成立しました。今後、必要な準備を進めたうえで2年半以内に施行予定です。

 事業性融資推進法は、次のような事業者の利用を想定しています。

  • 有形資産に乏しいスタートアップ
  • 経営者保証により事業承継を躊躇している事業者
  • 事業再生に取り組む事業者

 事業性融資推進法の最大のポイントは、企業価値担保権を創設するところにあります。

 企業価値担保権とは、不動産担保や経営者保証などによらず、事業の実態や将来性に着目し、担保目的財産を会社の総財産(無形資産含む事業価値)とするものです(2022~23年に審議会で検討されたときは「事業成長担保権」という仮称で検討が進められていました)。

従来の担保法制 新しい担保法制
個別資産に対する担保権 事業全体に対する担保権(新設)
担保権の対象は土地や工場等の有形資産が中心(ノウハウ、顧客基盤等の無形資産が含まれず、事業価値と乖離) 担保権の対象は無形資産を含む事業全体(ノウハウ、顧客基盤等の無形資産も含まれ、事業価値と一致)
事業価値への貢献を問わず担保権者が最優先(不動産担保や個人保証による価値に目が向きがち) 事業価値の維持・向上に資する者を最優先(商取引先や労働者、再生局面の貸し手等を十分に保護)

 金融庁の説明資料(PDF方式)によると、金融機関は、企業の事業性に着目した融資に取り組みやすくなり、事業者は事業全体を担保に金融機関から資金調達しやすくなるというメリットが期待されるといいます。ただし、企業価値担保権を設定するためには、融資を受ける企業が自身の無形資産を正確に評価する必要があります。

 企業価値担保権の設定及び効力は以下の通りです。

項目 企業価値担保権について
担保目的財産 総財産(将来キャッシュフローを含む事業全体の価値)
借り手(債務者・設定者) 株式会社・持分会社(自己の債務を担保するためにのみ設定可)
担保権者 企業価値担保権信託会社(新設)
貸し手(被担保債権者) 制限なし。ベンチャー・再生ファンド等も利用可
対抗要件 商業登記簿への登記。他の担保権との優劣は対抗要件具備の先後等
借り手の権限 担保目的財産の処分は基本的に自由。事業譲渡など事業の内容を大きく変え、担保価値の毀損につながりうる通常の事業活動の範囲外の行為は、担保権者の同意が必要
貸し手の権限制約 粉飾等があった場合を除き、経営者保証の利用を制限

 融資する金融機関にとっても複雑な制度になるため、当面は企業価値担保権を受け入れる金融機関は限定的になるおそれがあります。企業経営者からすると、信頼できる金融機関を見つける必要が出てくるでしょう。

 仮に、債務不履行があった場合は、裁判所に管財人が選任され、事業の継続を前提に、スポンサーへ承継される想定です。その過程で、労働者や商取引先には与信者よりも優先して弁済されます。

企業価値担保権の実行手続
企業価値担保権の実行手続
  1. 担保権の実行手続の開始(事業継続しながら可能な限り高い企業価値の維持を目指す)
  2. 事業譲渡(裁判所の監督の下、管財人は、事業を継続しつつスポンサーへ事業譲渡)
  3. 配当(貸し手である金融機関は事業譲渡の対価から融資を回収する)

 企業価値担保権の適切な運用のため、政府は、新たに創設する信託業の免許を受けた者を担保権者(信託会社)とする予定です。貸し手である金融機関と担保権者(信託会社)が一致することもあり得ます。

信託契約による企業価値担保権の設定
信託契約による企業価値担保権の設定

 制度を利用する中小企業やスタートアップは、この信託会社と信託契約を結び、制度を運用することになります。

 企業価値担保権は新しい概念のため、普及には時間がかかると見込まれます。そこで政府は、事業性融資について高度な専門的知見を有し、事業者や金融機関等に対して助言・指導を行う機関の認定制度を導入する予定です。