円滑な事業承継にはコンセプトが不可欠 「お家騒動」も扱った弁護士が解説
事業承継の事案を専門とする弁護士の青代深雪さんは、時に「お家騒動」の案件も扱ってきました。法律でカバーできない問題があるからこそ、会社の核となる「コンセプト」の策定が、承継をスムーズに進めるカギだと説きます。後継ぎはコンセプトをどうやって作って従業員に浸透させればいいのでしょうか。「事業承継はコンセプトが9割 次世代リーダーが活躍する組織を作る」(ビジネス教育出版社)という本も書いた青代さんにインタビューしました。
事業承継の事案を専門とする弁護士の青代深雪さんは、時に「お家騒動」の案件も扱ってきました。法律でカバーできない問題があるからこそ、会社の核となる「コンセプト」の策定が、承継をスムーズに進めるカギだと説きます。後継ぎはコンセプトをどうやって作って従業員に浸透させればいいのでしょうか。「事業承継はコンセプトが9割 次世代リーダーが活躍する組織を作る」(ビジネス教育出版社)という本も書いた青代さんにインタビューしました。
ーー企業の「コンセプト」とは何でしょうか。
私は、企業の核になるものを「コンセプト」と定義しています。迷ったとき、会社が最終的に向かう指針で、社会との関わり方、従業員に求めるもの、企業のあり方を含みます。
経営理念と言い換えてもいいでしょう。ただ、理念というと、割ときれいに作ろうとする傾向があります。事業承継まで時間があれば、数年かけて理念を落とし込むのもいいですが、時間のない企業も少なくありません。お客様や従業員にどんな価値を提供したいのか。核となる考え方を、ざっくばらんな言葉で示す形でいいと思います。
ーー青代さんがコンセプトの重要性を意識したきっかけは。
13年ほど前から事業承継に関わり、「経営者が急死して会社の株が宙に浮き、従業員も途方に暮れている」といった相談を何件も受けました。M&Aに成功したり、廃業に至ったり、お家騒動になったり。様々な経験をするなか、なぜ事業承継が遅れるのかがずっと疑問でした。
コンセプトについて考え始めたのは、M&Aで事業譲渡した会社をサポートしたのがきっかけです。
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その会社は経営者が急死しましたが、株の買収先が現れ、従業員の雇用も維持できました。
しかし、すべての手続きが終わった後、ご遺族が私に「社長はこの会社をどうするつもりだったんだろう。M&Aが正解だったのか誰にも分からない」とおっしゃったのです。
従業員を40人ほど抱える優良企業でしたが、誰も経営者の考えを聞いておらず、形にも残っていませんでした。「先代が成し遂げたかったことが継続されていたのだろうか」と思い悩み、中小企業は早くからコンセプトの策定に取り組むべきだと考えるようになりました。
社長が突然死した後、お家騒動になったケースも経験しました。こちらも優良企業でしたが、優秀な従業員から辞めたんです。一度作り上げたものが土台から崩れるのは、社会損失だと感じました。
両社とも社是のようなものはありました。でも、従業員にコンセプトとしては落とし込まれていなかったのです。
ーー青代さんは著書で、先代社長から株式を全て譲渡された新社長のおいが、独断で会社を売却したケースを紹介しています。
後継ぎだけは決めて株を譲り渡しても、コンセプトを共有しないとこのような問題が起きます。ただ、反対にコンセプトだけは浸透させても、次の経営体制を作らないと、これもお家騒動になりかねません。
ーー著書では、西尾硝子鏡工業所(東京都大田区)の事例も紹介しています。後継ぎの西尾智之さんが10年以上、従業員と向き合い、「圧倒的なブランド力の確保」、「海外進出」、「後継者育成」という経営ビジョンを策定しました。今は「モノづくりのカガミ」というブランドコンセプトを掲げています。
西尾さんも最初からうまくいったわけではありません。トップダウン型で経営していましたが、コンセプトを従業員に落とし込もうとしても誰もついてきてくれませんでした。
そこで、従業員の話を聞く傾聴からやり直しました。コンセプト作りで一番のヒントになったのは、西尾さんに最も反発していた従業員による「小さくてもいいから自分が成長できる会社を目指したい」という言葉でした。
「反発されて面倒くさい」と思っても、辛抱強く耳を傾けたら、そうではありませんでした。もし、反発された経営者が反論したら、従業員は誰も本音を話しません。傾聴を繰り返してコンセプトを浸透させ、今でも続けているといいます。
ーー有名企業で思い浮かぶ事例を教えてください。
サンリオの経営理念「みんななかよく」は、奥深いです。「世界平和」を感じさせるコンセプトは、創業者の辻信太郎さんの戦争体験によるものです。キティちゃんのようなかわいらしいキャラクターの裏に、そんな思いがあったんですね。
デザイナーさんに発注するとき、一つひとつのプロダクトは違っても、そうしたコンセプトは恐らく外せないものとして伝えられていると思います。
ーーコンセプト作りの注意点はありますか。
作るタイミングは早ければ早い方がいいでしょう。ただ、そのときに先代がやってきたことへのリスペクトを忘れないでほしいです。
実は、後継ぎの方から「先代のやり方は古くて時代遅れ。早く退いて口を出させないようにしてほしい」という相談を受けることが、結構あります。
親子のように関係性が近いほどシビアな言葉遣いになってしまいます。しかし、親子といっても両方とも経営者なので、甘えを捨てて、互いにリスペクトを持たないと、通る話も通りません。
親子間で形式的な業務の話はできても、この会社をどう発展させていくかという、コンセプトに関わる根本的な話ができないという話を聞きます。でも、従業員はそうした姿を全部見ています。そして、居心地の悪さを感じるのです。
親子で話ができる状態なら、「社長(親)がどういう思いでこの会社を作って、これからどうしたいのか、歴史を踏まえて聞いてください」と伝えています。
そういう話は、親も喜んで口を開くんですね。人は傾聴してくれる相手には、絶対に好意を持つ生き物です。まず親の思いをしっかり落とし込んだうえで、一緒にコンセプトを作ることが重要です。
ーーコンセプト作りに成功した後継ぎの共通点は。
成功している後継ぎは、事業承継後も親から仕事を全て取り上げることはしません。新しい部署を作るなど、先代に「最後のミッション」として活躍を与えています。
もし親子が1対1で話ができなければ、ベテラン従業員のような方を間に入れて話すのもいいでしょう。
私は事業承継の相談で「相続」というキーワードは使いません。親は「自分が亡くなった後の話をしている」とかたくなになるからです。
後継ぎの皆さんも「相続はどうする?」ではなく、「なんでこの会社を作ろうと思ったの?」と聞くところから始めてください。そうして対話を重ねるうち、経営者から本質的な話が出てきます。それが、まさにコンセプトなのです。
コンセプトは一朝一夕にはできません。一人では無理で、長いスパンの草の根運動が必要になります。
例えば、マネジャークラスの従業員に役割を与え、「コンセプトが浸透するように、あいさつや整理整頓を率先させてほしい」と行動を促し、腹落ちさせていくのも有効です。
最初はあいさつする人もまばらでしょう。でも、後継ぎやマネジャークラスがやり続けることで、次第に増えていくはずです。
ーーコンセプトを作りながら、後継ぎへの権限委譲を促すイメージでしょうか。
ただ、後継ぎから「自分に権限委譲をしてくれ」と言うとスムーズに進みません。
後継ぎ自身が他の社員と、技術継承などの課題解決に向けたプロジェクトを組みながら、次世代リーダーを育てることが大切です。
「次世代リーダーが何人もいる会社は強い」というロジックなら、経営者も受け入れやすいですし、リーダーが育てば、後継ぎがトップになった時も圧倒的に経営が楽になるはずです。
ーーコンセプトを従業員に浸透させるため、後継ぎはどういう方法を取ればいいですか。
コンセプトを落とし込むのに、最も有効なのは採用活動です。
中小企業が賃金など待遇面で大企業に勝つのは難しいでしょう。しかし、「このコンセプトに共感する人に入ってほしい」と求職者に伝えることで、従業員にも浸透していくはずです。
今は、私欲よりも公欲を大事にする会社に、魅力を感じる若い人が多い印象です。私が新人向けにコンプライアンス研修を行う際も「自社だけ良ければという考え方はだめ」という話に、すごく共感してもらえます。
中小企業がコンセプト作りのために、プラスアルファの時間を取るのは難しいでしょう。なので、優秀な求職者を集めるためにコンセプトを考える、というロジックだと取り組みやすいのではないでしょうか。
リソースが限られる中小企業は、経営施策の取捨選択も必要です。コンセプトをその選択基準に置けば、企業のあり方に一貫性が出てきます。
ーーコンセプトの策定が、後継ぎ不足問題解決への糸口になるのでしょうか。
コンセプトが社内で共有されていれば、たくさん育った次世代リーダーから、後継ぎを選ぶことができます。見つからなくても、コンセプトを軸に強い組織になった会社は、M&Aの買い手もつきやすくなります。
逆に、創業者というスーパーマンがいなければ成り立たない会社は、業績が良くても買い手としての魅力はありません。
ーー事業承継では、株の相続がハードルになることも少なくありません。
相続対策は本来、現経営者の仕事です。ただ、実際は経営者が病院のベッドで意識不明になっている脇で、後継ぎから「このまま死なれたら相続が困るんです」と相談されることもあります。
社長にとって会社は、子どもみたいなもの。「自分がいなくなったら、あとは野となれ山となれ」と思う方はほぼいません。自分がスーパーマンなので、相続対策を後回しにしがちなだけです。
ただ、後継ぎが真っ向から「遺言を書いてね」というと、言われた側はへそを曲げます。
なので、後継ぎがコンセプトを作る過程で、経営者から会社のルーツや思いを聞くことが重要です。聞かれるうちに、経営者も会社がいとおしくなり、残すための行動を取ろうと思うからです。
実は、経営者が相続を考えるタイミングは、自分自身や身内の死を意識したときや、経営者仲間の相続問題を見聞きしたときが多いです。
経営者が不安になったときも、会社のコンセプトが定まっていれば、「後継者や株の行方を考えなければいけない」という思考回路になりやすいです。
無理やり相続対策を求めると波風が立ちます。コンセプト作りを働きかけることで、経営者が動ける土台をつくる。それこそが、後継ぎの仕事なのです。
ーー事業承継税制など支援制度の活用だけでは、不十分ということですか。
弁護士目線で言うと、節税がうまくいっても、お家騒動になるケースはたくさんあります。節税はあくまで手段なのに、そればかり目が行き、コンセプトの落とし込みができていないからです。
ーー弁護士である青代さんがコンセプトの重要性を説くのは、裏を返せば、法律ではカバーできない問題が多いということでしょうか。
株の行方は、最終的には遺産分割調停を経て機械的に決まります。前述した会社のように、株式譲渡後にM&Aで赤の他人に渡しても、適正な手続きなら法的には何の問題もありません。
ただ、法律を形式的に適用するだけでは、円滑な承継は実現できないというケースを何件も見てきました。
中小企業の事業承継のトラブルは、単なるお家騒動では済まず、従業員や取引先、地域社会といったステークホルダーに及ぼす影響が甚大です。だからこそ、後継ぎの役割は重大ですし、弁護士として法律以外の面も警鐘を鳴らし続けたいです。
ーー最後に、後継ぎがコンセプト作りを進めるために、明日からまずできることを教えてください。
まず、自分自身が仕事をしている理由や、なぜ後を継ぎたいのかを掘り下げてください。それができている人は意外と少ない印象ですが、明日にでもできることですし、いずれ親や従業員にコンセプトを共有する時も、役立つと思うんです。
経営を引き継いでも、いずれは次の代を育てなければいけません。コンセプトがしっかり定まり、社長がイキイキと働いている会社からは、次世代リーダーが自然と生まれてくると思います。
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