中小企業庁が注意を呼びかけるきっかけとなったのは、都内の投資会社による一連の悪質なM&A事例です。約30社の中小企業に対して不適切なM&Aを行ったとされており、朝日新聞デジタルの連載「M&A仲介の罠」では、2021年10月以降、10社を超えるM&A仲介業者を通じて約30社と買収などの契約を結び、一部の買収先は多額の現預金を持ち出され、資金繰りの悪化で給与や取引先代金の遅延、融資返済の延滞、税金や年金の未納が多発。少なくとも11社が営業を停止し、5社が倒産した様子を報じています。
クロージング後、売手経営者の個人保証について、売手から買手に何度依頼しても契約に基づいた移行がなされなかったといいます。その上で、買手が売手の現預金等の資産を回収したが、必要な事業資金の送金がなされず、売手は倒産。この結果、経営者保証が残っていた売手経営者が債務を負うこととなり、個人破産に至ってしまっています。
M&Aの成立時点での譲渡対価は低額でしたが、成立後一定期間後に相当程度の退職慰労金が支払われる契約を結びました。しかし、契約に定める期日が訪れても退職慰労金が一向に支払われないといいます。
M&A仲介をめぐる課題、営業手法やDMも
M&A仲介をめぐる問題は、こうした「不適切な買手による悪質なM&A」にとどまらず、M&Aを希望しない経営者に対する強引な営業や、根拠が不十分なDMなどたくさんの問題が指摘されています。
中小企業庁、中小M&Aガイドラインを改訂
こうした問題に対応するため、中小企業庁は2024年8月末「中小M&Aガイドライン」を改訂しました。
改訂理由について「不適切な譲り受け側の存在や経営者保証に関するトラブル、M&A専門業者が実施する過剰な営業・広告等の課題に対応し、中小M&A市場における健全な環境整備と支援機関における支援の質の向上を図る観点から、中小企業向けのガイダンス及び仲介者・FA向けの留意事項等を拡充しました」と説明しています。
経済産業省の公式サイトから、ガイドライン改訂の主要ポイントのうち、いくつかを紹介します。M&A仲介会社の対応で疑問を感じた場合は、中小M&Aガイドラインに則った対応なのかを確認してみましょう。
中小企業庁は、情報提供受付窓口を設けており、中小M&Aガイドラインへの違反が認められた場合は、M&A支援機関登録制度の登録の取消しを可能としています。
仲介者・FAの手数料・提供業務に関する事項
中小企業向けに、手数料と業務内容・質等の確認の重要性、手数料の交渉の検討等について追記しました。
仲介者・FA向けに、手数料の詳細説明、プロセスごとの提供業務の具体的説明、担当者の保有資格や経験年数・成約実績の説明等を求めています。
広告・営業の禁止事項の明記
仲介者・FA向けに、広告・営業先が希望しない場合の広告・営業の停止等を求めています。
利益相反に係る禁止事項の具体化
仲介者向けに、追加手数料を支払う者やリピーターへの優遇(当事者のニーズに反したマッチングの優先実施、譲渡額の誘導等)を禁止し、情報の扱いに係る禁止事項を明確化しました。加えて、これらの禁止事項について、仲介契約書に仲介者の義務として定める旨を明記しました。
最終契約後の当事者間のリスク事項について
中小企業向けに、最終契約・クロージング後に当事者間でのトラブルとなりうるリスク事項を解説しています。仲介者・FA向けに、当事者間でのリスク事項について、依頼者に対する具体的説明を求めています。
譲り渡し側の経営者保証の扱いについて
中小企業向けに、M&Aを通じた経営者保証の解除又は譲り受け側への移行を確実に実施するための対応として、士業等専門家・事業承継・引継ぎ支援センターや経営者保証の提供先の金融機関等へのM&A成立前の相談や最終契約における位置づけの検討等の対応について明記しています。
仲介者・FA向けに、士業等専門家・事業承継・引継ぎ支援センターや経営者保証の提供先の金融機関等への相談が選択肢となる旨の説明、最終契約における経営者保証の扱いの調整を行うことを求めています。
金融機関向けに、M&Aの成立前又は成立後に経営者保証の解除又は移行について相談を受けた場合の「経営者保証に関するガイドライン」等に留意した適切な対応の検討が求められる旨を明記しました。
不適切な事業者の排除について
仲介者・FA、M&Aプラットフォーマー向けに、譲り受け側に対する調査の実施、調査の概要・結果の依頼者への報告を求めています。また、不適切な行為に係る情報を取得した際の慎重な対応の検討を求めています。
加えて、業界内での情報共有の仕組みの構築の必要性を明記するとともに、当該仕組みへの参加有無について、依頼者に対して説明することを求めています。
中小M&Aガイドラインの限界も
中小企業庁によると、事業承継・引継ぎ補助金(専門家活用型)など、M&A支援機関の活用に関係する費用の補助については、あらかじめM&A支援機関に係る登録制度に登録された機関の提供する支援のみが補助対象となるといった仕組みづくりにより、中小M&Aガイドラインに対し一定の効力を持たせようとしてきました。
しかし、元々、法的拘束力がなく、M&A支援機関に係る登録制度は、FA・仲介業者の支援の品質を保証する制度でもないため、今回問題となっているような不適切なM&Aや過剰な営業を未然に防止する役目としては限界が見えてきています。
M&A仲介協会も「特定事業者リスト」運用へ
M&A仲介業自主規制団体である「M&A仲介協会」も、2024年10月1日より悪質な譲受け事業者の情報共有の仕組みである「特定事業者リスト」の運用を開始すると発表しました。
特定事業者リストとは、M&A協会会員限定の悪質な譲受け事業者の情報について照会が可能なシステムのことを指します。会員が悪質な譲受け事業者の情報を得た場合、協会に通報され。協会が悪質な譲受け事業者であると判断した場合に「特定事業者リスト」に該当する事業者の情報を登録します。
すると、会員は譲受け事業者のチェック機能の一部として活用するといいます。
特定事業者リストを作った背景について、協会幹部は「協会として、M&Aを使った詐欺的で悪意のある譲り受け事業者が出現したということに対して、大変なショックを受けています。模倣犯のリスクは警戒しており、今回の問題の手口をヒントにして、悪質な譲り受け事業者がこれから増えてくる可能性があります」と回答しました。
ただし、協会に加盟するM&A仲介会社は、顧客との関係で秘密保持義務を負っているため、10月1日以前の案件に関して協会に通報することは困難であるため、当面は協会が独自に判断したリストしか活用できません。さらに、日々増えているM&A仲介会社がすべてM&A協会に加盟しているわけでもないので、中小企業に営業してくるM&A仲介会社は玉石混交だと考えた方がよいでしょう。
協会幹部は「特定事業者リストだけが悪質な買い手対策ではありません。同時に、自主規制ルールの改訂を検討しており、この両者が車の両輪のような関係になって、初回の被害の防止が図られていくことを想定しています」とも回答しています。
中小企業のM&Aトラブル相談先
中小企業をM&Aのトラブルから守る抜本的な予防策はありません。今のところ、経営者一人ひとりがM&A開始前に、十分なリテラシーを高めることが一番の予防策ですが、日々の業務に追われるなかでは難しいこともあります。
そこで、中小企業庁は少しでも取引に怪しさや疑問点を感じる場合は早めに、日本弁護士連合会(ひまわりほっとダイヤル)や、全国の事業承継・引継ぎ支援センターに相談するよう勧めています。
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