目次

  1. コロナ禍で海外事業が支えに
  2. ビジネスモデル変革を呼びかけ
  3. 販路を特約店から量販店に
  4. ECサイト限定商品を開発
  5. インバウンドを意識した「体験型蔵」
  6. 「世界中をワクワク」をミッションに
  7. 日本酒も海外事業も成長を目指す

 日本酒造りを祖業とする梅乃宿酒造は、吉田さんの父で4代目の暁さんの時代に梅酒に乗り出し「あらごし梅酒」などの新商品を積極的に展開しました(前編参照)。

 業績も順調に伸ばしてきましたが、2020年の新型コロナウイルスの拡大で飲食業の需要が急減。同社の2020年6月期の売上高も前年同期比で83%に落ち込みました。

 ただ、他の酒蔵に比べると落ち込み幅は比較的緩やかで、最初の緊急事態宣言が発出された2020年4月も、単月で黒字を確保できていました。

 これは、海外での売り上げがコロナ前とほぼ変わらず下支えしたからです。海外、特に欧米市場では日本とは違い、家庭を中心とした酒類の需要があまり落ち込みませんでした。2021年6月期と翌2022年6月期は、梅乃宿酒造の海外での売り上げ比率はともに4割を超えました。

 輸出は日本の酒販店などに比べて注文のロットも大きく、まとまった売り上げが立つのに加え、大口取引のため、送料や営業コストも効率的で利益率が高いことも、黒字を確保できた要因でした。

 輸出は2002年に米国から始めていました。海外旅行が趣味だった暁さんが手がけ、その後も積極的に輸出先を増やし続け、今では計25カ国・地域に日本酒や梅酒など多様なラインアップを輸出しています。国内需要が回復した2023年6月期は海外での売上高が全体の約3割に戻りましたが、海外事業は梅乃宿酒造のもう一つの強みになっています。

梅乃宿酒造はコロナ前から積極的に海外展開していました(米ロサンゼルスでの販促イベント、梅乃宿酒造提供)
梅乃宿酒造はコロナ前から積極的に海外展開していました(米ロサンゼルスでの販促イベント、梅乃宿酒造提供)

 コロナ禍でも何とか利益を確保できていたこともあり、当時の社内は何となく安堵した雰囲気が漂っていたといいます。社長の吉田さんは逆に危機感を覚えます。

 「酒造・酒販業界全体が危ない状態だったのに、うちの会社の中だけは『何とかなりそうだ』と、のんびりしていました。ここであえて大きな挑戦をしないと、コロナが長引いたりまた別の危機が来たりした時に生き延びられないと思ったのです」

 社員が大きな挑戦に及び腰だった背景には、吉田さんは日本酒業界に当時根強かった風潮があると考えました。それは、「幻の酒」のような希少性こそが商品価値で、大量に造らず限定的な販路を通じてコアなファンに届けることがよしとされるというものです。そして、そんな風潮に影響される社員がまだ多かったといいます。

 ずっともやもやしていたという吉田さんはある時、「まず私が覚悟を決めて全社をリードしないといけない」と吹っ切れました。

 そして全社の朝礼の場などあらゆる場で、長年慣れ親しんできたビジネスモデルだけに頼ってばかりではいけないと説き、「このタイミングにこそ、これまで角が立ってできなかったようなチャレンジをしよう」と呼びかけました。

吉田さんは安堵した社内の空気を変えようと動きました
吉田さんは安堵した社内の空気を変えようと動きました

 その後、社内で議論を重ね、取り組んだことの一つが販路の新規開拓でした。

 それまで中小・零細規模の酒販店が中心の「特約店」に出荷先を限っていましたが、全国規模で店舗を展開する大手量販店やスーパーなどにも新たに売り込むことに。こうした大手の一部からはコロナ前にも「扱わせてくれ」と打診はあったものの、特約店に配慮して断っていたのです。

 販路開拓にあたっては、社内に残っていた大手の担当者らの名刺を集め、新たにクラウド型の名刺管理サービスを導入してアップロード・登録しました。別のクラウド型の顧客管理システムとも連携しながらデータベース化し、営業先を分担して効率的に開拓し、徐々に出荷量を増やしていきます。

 こうした取り組みで、現在は人気商品の「あらごし」シリーズを中心に全国展開する量販店チェーンの約350超の店舗で、梅乃宿酒造の商品が扱われることになりました。

 売り上げ回復にも大きく寄与し、大手量販店を通じた売上高はあらごしシリーズだけで2023年に約1億円を記録。2023年6月期の梅乃宿酒造の売上高は、コロナ禍前の2019年6月期を上回ることになりました。

梅乃宿酒造の販路はコロナ禍以降、大きく広がりました
梅乃宿酒造の販路はコロナ禍以降、大きく広がりました

 大手量販店や中小零細の酒販店を通じたいわゆるBtoB型のビジネスに加え、消費者に直接お酒を販売するBtoC型ビジネスにも本格的に乗り出しました。これもコロナ前は特約店に配慮して積極的に打ち出してこなかった施策でした。

 まずECサイトを2022年に大幅にリニューアルしたうえで、EC限定商品の開発にも乗り出しました。そのため、吉田さんはECやマーケティングの知見がある専門人材を採用しています。

 開発にあたっては、SNSを通じた広がりを意識して「ユーザーがワクワクして思わず誰かに話したくなる」商品を狙いました。

 そうして生まれたのが「PARLORあらごし 大人の果肉の沼『いちご』」です。

 この商品はリキュールとして飲むだけでなく、ローストビーフやかき氷にかけることができる楽しみ方、超自由」がコンセプトです。商品のネーミングやボトルのデザインなども広告会社に提案してもらうなど、洗練したものにリニューアルしました。

 2022年7月の発売直後には偶然、SNSで「とんでもない名前のイチゴのリキュール見つけた!」とツイッター(現X)の一般ユーザーによる投稿が拡散したこともあり、広告を回していないにもかかわらず約5万件の「いいね」を獲得しました。

 この商品は鮮度を高くする代わりに賞味期限が短く、製造数も限られており、発売から半年ほどはECサイトで販売開始すると数分で完売する状況が続きました。その後は量産体制を整え、「発売・即完売」の状況からは脱しています。

ECサイト限定商品「PARLORあらごし 大人の果肉の沼」シリーズ(梅乃宿酒造提供)
ECサイト限定商品「PARLORあらごし 大人の果肉の沼」シリーズ(梅乃宿酒造提供)

 2023年には「噛むリキュール」をコンセプトにした新商品「超あらごし ほぼみかん」を発売しました。梅乃宿酒造のECサイト経由の売上高は、2023年6月期に約2億円を記録しています。

 かつての本社兼蔵(工場)が手狭になり、2022年には同じ葛城市内の広大な敷地へ移転。直売所を新設するとともに、酒造りの様子が見学できたり梅シロップづくりやワークショップに参加できたりする「体験型蔵」として観光客らを呼び込む施設に衣替えしました。

 この頃、コロナ禍で途絶えていた海外からの観光客も徐々に戻りつつありました。輸出先で梅乃宿酒造の酒を知った外国人消費者が関西空港経由で訪問しやすいように、大型観光バス3台が停められる駐車場スペースを確保しました。

 BtoC事業マーケティング活動は高く評価され、梅乃宿酒造は2023年5月、日本マーケティング大賞(公益社団法人日本マーケティング協会主催)で奨励賞を受賞しました。

本社兼蔵を移転した際の除幕式(梅乃宿酒造提供)
本社兼蔵を移転した際の除幕式(梅乃宿酒造提供)

 梅乃宿酒造ではこの時期にミッション、バリュー、パーパス(MVP)を策定しました。toC事業など新しい取り組みを進める際は常にMVPに立ち返ることを意識しています。

 もともと、吉田さんの社長就任が発表された2013年の創業120周年記念式典に合わせて「新しい酒文化を創造する蔵」というブランドコンセプトをつくっていました。

 日本酒の酒蔵としての誇りを守り、リキュールなどの新しい醸造文化を土台にした新商品を生み出す――。そんな意気込みが込められています。

 ただ、その後10年近く経っても、具体的な事業戦略や施策に落とし込めていないという課題感がありました。

 そこで、幹部陣を中心に議論しながら2022年1月に「驚きと感動で世界中をワクワクさせる」というミッションと、「私たちの挑戦が世界の新たなスタンダードを創り出す」というビジョンを策定したのです。

 「年1度の部長合宿でしっかりと時間を取り、時には夜にお酒を酌み交わしながら夢を語り合って、梅乃宿のあるべき姿、理想の姿を言語化していきました」

 ミッションについては、「超あらごし」シリーズを展開する際に打ち出した「#ワクワクの蔵」というキーワードにもつながりました。

 2023年1月にはブランドコンセプトを「新しい酒文化を創造する」という企業パーパスに改めました。

 パーパスやミッションなどは月初の朝礼で、担当者が輪番で読み上げ、浸透を図っています。

 「MVPを社内で議論しながら言語化して決めたことで、BtoC事業を進める際も『私たちはなぜ取り組むのか、どこに向かうのか』という問いに対する共通認識ができました。今ではMVPが社員一人ひとりの判断・行動基準になってきたと感じています」

梅乃宿酒造の酒樽。祖業の日本酒事業の成長も目指します
梅乃宿酒造の酒樽。祖業の日本酒事業の成長も目指します

 梅乃宿酒造は今後、祖業の日本酒事業でも新しい取り組みを計画しています。まだ詳細は明らかにできないとのことですが、リキュールとは販売戦略や市場を明確に分けて、日本酒の付加価値を高めることを狙っています。

 日本酒の売り上げ比率は全体の1割を切ったものの、吉田さんは今でも自社について尋ねられると「日本酒の酒蔵です」と答えるようにしています。

 「日本酒は祖業であり梅乃宿酒造のコア(核)でもあります。梅酒などリキュールも日本酒あってのビジネスです。コアを守りながら、新しい時代に合わせて変化していきたいと思っています」

 もちろん今後も「超あらごし」シリーズのような新商品や、リキュールに限らない新ジャンルの酒造りにも挑戦するつもりです。海外事業にも注力する考えです。

吉田さんは祖業の日本酒も新ジャンルも成長させる決意です
吉田さんは祖業の日本酒も新ジャンルも成長させる決意です

 吉田さんには小学生の長男、長女がいますが、「後を継ぎなさい」などとは一切言っていないとのことです。

 「もしかしたら将来、後を継ぎたいと言うかも知れませんが、私の父がそうだったように、あくまで後継者候補の1人としか考えないつもりです。誰であれ、いずれは後継者として梅乃宿酒造を発展させ人材が出てくると思うので、その人をしっかり育ててバトンタッチすることも、いつか私が果たすべき大事な役目だと思っています」