安易なSNS発信で特許のチャンスを喪失 弁理士が発明の要件を解説
画期的な技術やサービスを発明した中小企業は、特許申請が視野に入るでしょう。ただ、どんなに優れた発明も公表のタイミング一つで、拒絶される場合もあります。弁理士らが中小企業経営者に特許権の基本を解説するシリーズの2回目では、特許に必要な発明の5要件を紹介。中でも、経営者の安易なSNS発信によって、特許要件の一つである「新規性」を失った実例について、詳しく解説します。
画期的な技術やサービスを発明した中小企業は、特許申請が視野に入るでしょう。ただ、どんなに優れた発明も公表のタイミング一つで、拒絶される場合もあります。弁理士らが中小企業経営者に特許権の基本を解説するシリーズの2回目では、特許に必要な発明の5要件を紹介。中でも、経営者の安易なSNS発信によって、特許要件の一つである「新規性」を失った実例について、詳しく解説します。
目次
まずは実際の事例をベースに、特許につながりそうな新技術の開発に関する、A社長とB社長の会話を紹介します。
「A社長が新しい事業を始めるみたいだな」
B社長が閲覧しているSNSには、A社長の新事業に関する内容が投稿されています。2人は同じ商工会に所属し、それぞれ先代から事業を引き継いだ後継者仲間です。お互いに助け合いながら事業を盛り立ててきました。
「開発していた新技術が完成したみたいだな。商工会の仲間にも伝えてみんなで支えたいけど、この内容をSNSで拡散しても良いのかな。A社長に聞いてみよう」
A社長に確認すると、「情報を共有しても問題ない」との返事が返ってきたため、B社長は商工会の仲間だけでなく、商機につながりそうな関係者にもA社長の新事業に関する情報をSNSで宣伝しました。
A社長やB社長のSNSには、新技術に関する内容も含まれていましたが、本当に問題はないのでしょうか(このケースの顛末は後半で解説します)。
↓ここから続き
前回は特許制度全般について説明しました。今回は特許を受けることが可能となる発明についてさらに詳しく解説します(※本稿では弁理士に依頼して出願手続を行うことを前提としています)。
特許を受けることができる発明の要件は以下の五つです。
ここから、それぞれについて説明します。
例えば、医療行為そのもの、喫煙方法、学術的・実験的にのみ利用される発明などは、特許を受けることができません。特許法の目的が「産業の発達を図る」ことにあるためです。
ただし、特許法における「産業」には、サービス業のような生産を伴わない産業も含まれるため、この要件が問題となるケースはほとんどありません。
特許を受けることができる「発明」は、今までにない「新しいもの」でなければなりません。これを「新規性」と呼んでいます。特許出願時点で、以下の3点に当たらないことが条件です。
講演や学会発表などによって発明が公然と知られた状態となった場合です。ここで「公然」とは、発明者または出願人のために秘密にするべき立場ではない人に対して、公になることをいいます。
店頭での販売や製造工程において、不特定者の見学などによって発明が公然と実施された場合を指します。
特許公報や研究論文、書籍、CD-ROMなどに掲載された場合やインターネット上で公開した場合です。
なお、「特許出願時点」とは出願した日だけでなく、時・分も問題となります。例えばある発明について、他の研究者らが同じ日の午前に学会発表を行ったものを、午後に特許出願をした場合、新規性がないために特許を受けることができません。
上記1~3に該当する発明は、特許を受けられません。一方、特許を受ける権利を有する者(発明者など)の行為に起因して公開されたものについては、例外的に救済を受けられる場合があります。
これを「新規性喪失の例外」といいます。この救済を受けるためには、以下の要件が必要となります。
ただし、この制度はやむを得ぬ公開を救済する措置であり、できる限り特許出願前の公開は避けるべきです。また、すべての国においてこのような救済措置があるわけではないため、将来的に外国への特許出願を検討している場合には注意が必要となります。
すでに知られている発明を少し改良させただけの発明のように、誰でも容易に思いつく発明では特許を受けられません。
「容易に発明ができない」ことは「進歩性がある」と表現され、特許を受けるための要件となっています。
進歩性の判断は、「発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」(当業者といいます)からみて、その発明に至る考え方の道筋が容易であるか判断します。
特許庁の審査官は、出願時に提出する「明細書」の記載内容などから判断するため、明細書には従来技術との違いや有利な効果(実験結果等)などを細かく記載する必要があります。
進歩性が否定される例として、特許庁は以下のケースを挙げています。
別々の発明者が同一の発明を完成させた場合は、先に特許庁へ出願した者に特許が与えられます。これを「先願主義」といいます。
他の発明者が先に出願してしまうと、特許を受けられず、開発した新技術も自由に実施できなくなります。できるだけ早い出願を心がけましょう。
例えば、「遺伝子操作により得られたヒト自体」のように、公序良俗を害するような発明は特許を受けられません。ただし、このような発明が出願されるケースは皆無であるため、この要件が問題になることはほとんどありません。
では、冒頭に登場したA社長の話に戻ります。まずは、A社長の会社の事業概要を説明します(個人情報の特定を防ぐため、一部の内容は加工・修正しています)。
SNSの活用で、事業拡大に成功したA社長ですが、競合他社との価格競争に悩まされてきました。多忙になる一方で、収益はなかなか改善しません。
そこで高価格で取引される、特殊形状部品の製造販売を目指すことにしました。鋳造によって原価を抑え、収益改善が見込めるためです。時間はかかりましたが、失敗と工夫を重ね、従来品よりも性能が良く、原価の安い製品の開発に成功しました。
特許などの知財にも関心があったA社長は、「新規性」の大切さも「新規性喪失の例外」があることも認識。すぐに出願すれば問題はないと考えていました。
そして事業拡大に活用したSNSに、さっそく新技術のことを投稿したところ、B社長から連絡がきたというわけです。2人の間で次のような会話が交わされました。
A社長「色々なところへ情報を広めておいて欲しいんだ。すぐに特許出願するから大丈夫」
B社長「わかった。いつもお世話になっているから、商機につながりそうなところにも連絡しておくよ」
その後、B社長の尽力もあり、いくつかの会社から問い合わせを受けるようになったため、特許出願を弁理士に依頼することにしました。しかし、「新規性喪失の例外」をめぐり、弁理士からは次のように指摘されました。
弁理士「これは良い技術ですね。さらに調査をして強い特許にしていきましょう。ちなみに、この技術はちゃんと秘匿していますよね?」
A社長「実は最近SNSにアップしまして。でも『新規性喪失の例外』というのがあるんですよね?」
弁理士「えっ、SNSですか。それだと『新規性喪失の例外』が適用されない可能性もありますよ」
A社長「どういうことですか?だって公開したのはつい最近のことですよ」
弁理士「例外の適用は『特許を受けることのできる者(発明者など)による公開』が要件です。SNSで拡散された場合、『発明者等による公開』と認定されず、特許を受けることができなくなる可能性があります」
A社長「そんな要件があるとは知りませんでした…」
特許庁によれば、「公然」とは「秘密にする義務を負っていない者」に公開することと説明しています(特許庁「工業所有権法築城解説 特許法第29条」)。
「秘密にする義務を負う者」とは、従業員や弁護士・弁理士など守秘義務を負う者などを指します。商工会仲間との間に守秘義務はないのが一般的です。しかし、A社長は新技術について、X(旧ツイッター)やフェイスブックで不特定多数に発信していました。
結局、A社長の発明は、SNSでの公開が原因となり特許が認められませんでした。他社でも類似品が製造販売されはじめますが、特許がないため有効な対策が打てません。A社長は再び価格競争に悩まされることになってしまったのです。
それでは、A社長はどうすべきだったのでしょうか。
特許出願前に公開するべきでなかったのはもちろんですが、出願後の公開についても弁理士に相談するべきでしょう。
技術内容によっては、あえて特許出願せず秘匿しておく方が有利な場合もありますし、開発を続ければさらに効果の高い発明が完成するかもしれません。A社長は、SNSの使い方を誤ったばかりにせっかくのビジネスチャンスを逃してしまったのです。
発明が完成した際には、早く公開したいという気持ちをぐっとこらえ、今後の対応を近くの弁理士に相談することをお勧めします(日本弁理士会では無料の知的財産相談室を常設しています。弁理士には守秘義務もありますので、安心して相談できます)。
次回は、特許出願の流れと提出する書類について説明します。
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。