「特許なんて関係ない」で逃したチャンス 弁理士が特許権の基本を解説
特許権と聞いて「中小企業には無縁のもの」と考える経営者もいるでしょう。しかし、事業規模は小さくても特許の基本を理解していないと、せっかくの優れた製品・サービスによる事業拡大のチャンスを逃すばかりか、損害すら負いかねません。そこで、中小企業の案件を扱う弁理士らによる特許権の理解を深めるための連載を始めます。1回目は、特許権の基礎知識を解説しながら、特許への理解が浅かったばかりに失敗したメーカーの事例を伝えます。
特許権と聞いて「中小企業には無縁のもの」と考える経営者もいるでしょう。しかし、事業規模は小さくても特許の基本を理解していないと、せっかくの優れた製品・サービスによる事業拡大のチャンスを逃すばかりか、損害すら負いかねません。そこで、中小企業の案件を扱う弁理士らによる特許権の理解を深めるための連載を始めます。1回目は、特許権の基礎知識を解説しながら、特許への理解が浅かったばかりに失敗したメーカーの事例を伝えます。
目次
「A社長、『質問状』というものが届きました」
「質問状?何かのアンケートかな」
傘を製造する創業35年の会社を営むA社長が、質問状の内容を確認すると差出人はX社のY社長からでした。そこには、X社が保有する特許権の情報が書かれていました。
質問の内容は、A社長の会社で販売している傘と、X社の特許権との関連性についてです。しかし、A社長には「質問状」の意図が良く分からず、困惑しています。書かれている内容も難解で理解できません。
「特許なんてうちの会社とは無縁のはずなんだが…」と思い当たる節がないA社長。一体何があったのでしょうか(この事例の顛末は第3章で詳しく解説します)。
経営者や後継ぎの中には、「発明」や「特許」と聞いて「うちの会社とは無関係」と思う方も多いでしょう。筆者のクライアントも「こんなものが特許になるわけがない」と最初からあきらめているケースが多いです。
しかし、特許となる発明の多くは従来技術を改良した「改良発明」というものです。事業継続のために重ねた様々な工夫や改良の中には、特許を取得できるような技術が埋もれているケースも少なくありません。これらを権利化することで売り上げや利益を上げることが可能な場合もあります。
従って、中小企業も特許権への正しい理解が無ければ、ビジネスチャンスを逃すことになりかねません。本稿では、経営者の努力や工夫を適切に保護するための特許権の基本について、次章から詳しく説明します(※本稿では弁理士に依頼して出願手続きを行うことを前提としています)。
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ここからは、特許権について基本から解説していきます。
発明の保護においてもっとも良い方法は秘密にすることですが、せっかく発明しても製品として販売しなければ有効活用できません。また、既に完成されたことを知らない他人が同じ発明のために研究や投資をしていた場合、これらの活動は無駄となってしまいます。
特許制度はこのようなことを防ぐため、発明者には一定期間、一定の条件のもとに「特許権」という独占的な権利を与えて発明の保護を図る一方、その発明を公開して利用の機会を図ることで技術の進歩を促し、産業の発達に寄与することを目的にしています。
ここで有名な「餅」(特許4111382号)の発明品を紹介します。この特許は、側面に切り込みが入ったことを特徴とする角形の切り餅に関するものです。
切り餅に切り込みを入れて焼くと聞いて、そんなことは「当たり前」で「常識」だと思うかもしれません。しかし、切り込みをどのように入れるか、については開発の余地があり、特許になり得るのです。
実際、この特許を取得した企業は、多大なコストをかけてこの発明品を完成させています。裁判によって競業他社から多額の損害賠償を得ることに成功し、長期間にわたって独占的な販売ができました。
現在は特許切れとなっていますが(特許の期限は出願から20年)、事業の発展に大きく寄与したことは間違いありません。
このように、業界の常識として知れ渡っている技術や簡易な構造であっても特許の取得は可能であり、こうした特許の活用で事業成長につなげた企業はたくさんあります。
それでは、どのようなものが発明にあたるのかを説明します。特許法では、「発明」を「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの(特許法第2条第1項)」と定義しています。
耳慣れない表現が多いので、「発明に該当しないもの」を理解しておき、それ以外は発明にあたると考えましょう。
発明に該当しないものの例は以下の通りです。
次に特許を取ることが可能な発明について説明します(全ての発明が特許を受けられるというわけではありません)。
いくつかある要件の中でも重要なものは以下の3点です(細かな要件は次回以降に解説します)。
今までにない新しいものである必要があり、学会発表や研究論文の公開、インターネット上での公表などで一般的に知れ渡っていないことを要件としています。救済措置はあるものの、特許出願の際に最も注意すべき要件です。
既存の技術を単に寄せ集めたに過ぎない発明や、既存の発明の一部を置き換えただけの発明は特許となりません(このような容易に思いつく技術を「進歩性がない」と表現します)。
実務上は、既存技術との相違を示す実験結果を提出するなどして、進歩性があることを証明します。
同じ発明が特許出願された場合、先に出願された者に特許を与えます。できるだけ早く出願することが大切です。
特許出願手続きは、「特許出願」と「出願審査請求」の2段階で行います。必要書類を作成して「特許出願」を行ったのち、3年以内に「出願審査請求」を行うと特許庁での実体審査が始まります。
実体審査を経て拒絶理由がない場合、「特許査定」となります。「出願審査請求」から「特許査定」までの期間は1~2年ほどです。なお、3年以内に「出願審査請求」がない場合、特許出願を取り下げたものとみなされます。
特許出願にかかる費用は、案件によって大きく異なりますが、1件あたり30万円~70万円ほどです。なお、中小企業には手数料(印紙代)の減免措置があり、国や地方自治体による補助金制度が用意されている場合もあります。
では、第1章に登場したA社長の話に戻ります。A社長の会社の事業概要は以下の通りです(個人情報の特定を防ぐため、一部の内容は加工・修正しています)。
「質問状」が届く3~4年ほど前のことです。A社長のもとに友人のBさんが訪ねてきます。
Bさん「うちの母親の握力が急に落ちて、傘も持つことができないんだよ。A社長のところでいい傘は作っていないかい?」
A社長「うちで作っているのは男性用の大型の傘だからね。でもこれからの時代、弱い力でもしっかりと握れる傘は売れるかもしれないな」
こうして、A社長は持ち手部分を特殊加工し、力の弱い子供やお年寄りでも持つことのできる大きな傘を開発しました。
Bさん「A社長、すごい商品ができたね!特許を取ったらどう?」
A社長「特許?うちみたいな零細企業なんて関係ないよ。持ち手の形状を工夫した傘なんていくらでもあるし。特許なんてとれるわけないさ」
コロナ禍で設備投資が遅れたものの、1年ほど前に販売を始めました。小売店での評判が良く、卸売業者からの発注も増えてきたため、最近になってA社長は、ECサイトでの販売も開始します。B社からの「質問状」が送られてきたのは、そんな矢先でした。
質問状の内容が理解できなかったA社長は弁理士へ相談します。
A社長「X社から『質問状』というものが届いたのですが、どのように対応すれば良いでしょうか」
弁理士「これはA社長の商品がX社の特許権を侵害していることに対する『警告書』です。かなり丁寧な表現となっているので話し合いで解決したいということだと思います。おそらくECサイトで、A社長の商品に気付いたのでしょう」
A社長「こんなものが特許になるわけがないです。確かに持ち手部分の形状を工夫していますが、こんなことはみんな昔からやっています。何かの間違いでしょう」
弁理士「残念ながら有効な特許権ですし、この商品は特許権の侵害だと考えます。試作品ができた段階でA社長が特許出願をしていれば立場が逆になったのですが…」
その後、弁理士を代理人としてX社と協議し、地元卸売業者への販売の継続は許可されたものの(低額なライセンス料を支払う契約)、ECサイトからの撤退は余儀なくされました。
他方、X社は順調に売り上げを伸ばし、ブランド化にも成功。雑誌などでも取り上げられています。A社長は大きなビジネスチャンスを逃してしまったのです。
さて、A社長はどうすべきだったのでしょうか。
やはり、弁理士に相談だけでもすべきだったと考えます。悔やまれるのは友人のBさんのアドバイスに従わなかったことでしょう。
業界内で常識とされる技術であっても特許を取得できたかもしれませんし、先使用権などの特許侵害対策をすることもできたことでしょう。
遅くとも試作品が完成した段階で弁理士に相談しておけば、知財に関するアドバイスを受けることができて、異なる結果となったことは間違いありません。
X社による特許出願の時点でA社長が商品の製造販売の準備をしていたことを証明できれば、ライセンス料の支払いをせずにECサイトでの販売の継続が可能でした。
特許なんて関係ない、この程度の工夫で特許なんて取れない、といった思い込みは厳禁です。従来技術に工夫を凝らし新たな製品を開発した場合には、近くの弁理士に相談することをお勧めします。多くの特許事務所では、初回相談は無料で行っているケースが多いです。なお、日本弁理士会では無料の知的財産相談室を常設しています。
これから数回に分けて、中小企業経営者向けに、特許法の基礎知識を伝えていきます。事業継続のお役に立てれば幸いです。
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