地政学リスクの高まりと日米関係の新たなスタート

 米中による経済的な対立や台湾有事リスク、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとガザ地区を中心に緊張感が高まっている中東情勢など、世界各地での地政学リスクの高まりは、日本企業にとっても無縁ではありません。

 2025年1月に米国でトランプ大統領が就任。2月から中国に向けた追加関税を始めただけでなく、ほかの国に対しても相互関税を表明しており、関税を使った外交手段で国際的な経済情勢は一層混乱するリスクをはらんでいます。

 一方で、石破首相は2月7日にトランプ大統領と初めての日米首脳会談に臨み、対米投資を1兆ドル(約151兆円)規模に引き上げる意向を伝え、トランプ大統領から歓迎する言葉があったといいます。このように、表向きは良好な関係構築からスタートしました。

JETROの調査結果のポイント 輸出先として米国が増加

 国際情勢が大きく変化するなか、JETROの記者発表資料によると、JETROは2024年11~12月、日本企業9441社を対象に、オンライン・郵送形式によるアンケートを実施し、3162社から有効回答を得ました(有効回答率33.5%)。このうち、中堅企業は349社、中小企業・小規模事業者は2701社含まれています。

 JETROの調査で注目したい点は、「米国」を最重要輸出先と回答した企業が25.8%で首位となっていることです。この割合は、比較可能な2016年以降で最も高く、かつて首位だった中国との差がさらに拡大しています。

 特に、前年度調査からの連続回答企業約1100社の回答に絞ると、米国が3.3ポイント増加したのに対し、中国は4.0ポイント減少しており、この傾向はより顕著になっています。

輸出先選択理由で「販売先の多角化」が急伸
輸出先選択理由で「販売先の多角化」が急伸

 最重要輸出先を選んだ理由について、80%超の企業が「現地市場の需要拡大や引き合いの増加」と回答し、続く「販売先の多角化」(26.4%)は、前年から6.8ポイント増加しました。

 最重要輸出先として米国を選んだ企業は次のようにコメントしています。

  • 米国でEV車市場の拡大が見込まれる(自動車部品、大企業)
  • 顧客の日系完成車メーカーが北米市場に注力している(自動車部品、中小企業)
  • 米国新政権の発足により、資源関連プロジェクトの増加が予想される(その他輸送機器、大企業)
  • 米国は日本食レストラン数が多い。日本食の受容度も高い(飲食料品、中小企業)

事業拡大先も米国が1位を継続

 輸出先としての重要性だけでなく、海外で事業拡大を図る国・地域でも、米国(38.6%)の回答比率が最も高く、次点は中国(24.9%)でした。大企業の回答だけに絞ると、インドが首位となっていました。

今後の事業拡大先、米国が首位を継続
今後の事業拡大先、米国が首位を継続

 主要な事業拡大先として、特に米国での新規拠点設立に意欲を示す企業が300社を超え、前年から100社以上増えました。

最も重視する輸出先、中国は3年連続減少で14.8%

 一方、最も重視する輸出先として「中国」を選ぶ企業の割合は3年連続減少しており、2024年は14.8%となりました。2021年までは1位でしたが、2024年は米国(25.8%)、ASEAN(21.4%)に次ぐ3位となっています。

最も重視する輸出先で首位は米国
最も重視する輸出先で首位は米国(画像はいずれもJETROの2024年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査から https://www.jetro.go.jp/news/releases/2025/4657b6a03c5698e1.html)

 中国で既存ビジネスの拡充や新規ビジネスを検討する企業の割合は33.2%。過去最低を記録した前年(33.9%)からほぼ横ばいとなっています。一方、縮小や撤退を検討する企業の割合は10%未満にとどまっています。

 対中ビジネスの縮小・撤退の理由について尋ねると「地政学リスクの高まり」が59.5%に上り、コスト面での優位性の低下(38.5%)や需要減少の要因(33.2%)を上回りました。
また中国側の輸入規制(31.2%)、対中輸出管理の影響(21.5%)という回答もありました。

対中ビジネス縮小の理由
対中ビジネス縮小の理由

 縮小・撤退する理由に関する主なコメントは以下の通りです。

  • 中国での生産をベトナム、インドに移管。地政学リスクに対応し、中国生産→世界市場への輸出事業から撤退。米国の追加関税が、コスト削減を上回るため。中国国内向け販売は、日本やベトナムから継続対応(電気機械、大企業)
  • 中国拠点で調達した電子部品やゴムを米国拠点に輸出しているが、米国新政権の関税措置によるコスト増を懸念。(自動車部品、大企業)
  • 取引先の日系メーカーが、自動車関連を中心に不調。現地売上はピークから半減。既に生産事業は現地企業に譲渡。今後、商社機能を含め中国からは完全撤退し、東南アジア事業を拡張(ゴム・プラスチック、中小企業)
  • 競合中国メーカーの圧倒的なコスト競争力、品質・技術力の向上に、太刀打ちできない状況。インドなどの新興国へのリソース配分を高める(自動車部品、中小企業)
  • 中国産の原材料使用に対する顧客からのネガティブなイメージ(繊維・アパレル、中小企業)
  • 増値税の還付廃止など、現地における突然の法律制定や変更の通達・施行による負の影響(金属製品、中小企業)

 とはいえ、中国抜きにビジネスを継続するのも難しい現状もあります。

 主力製品・サービスにとって必要不可欠な主要原材料・部品の調達について、59.5%が海外調達を行っていると回答しています。海外調達している企業のうち、製造業、非製造業ともに、金額ベースで最大の調達先として中国を選んでいる企業が約半数に上り、他国を大きく引き離しています。

地政学リスクの高まりの影響

 最大の海外調達先からの主要原材料・部品の調達について、地政学リスクの高まりで「すでに調達に影響が生じている」と答えた企業が20.5%、「現在調達に影響はないが、今後の影響への懸念あり」と答えた企業が49.9%に上っています。

地政学リスクの高まりで、約半数が影響を懸念
地政学リスクの高まりで、約半数が影響を懸念

 地政学リスクは中国だけにとどまりません。EUからの調達ではスエズ運河の通航制限による納期遅れの長期化、米国からの調達ではトランプ新政権下における「米国第一」による供給混乱への懸念の声があったといいます。

欧米からの調達も地政学リスクの影響が大きい傾向に
欧米からの調達も地政学リスクの影響が大きい傾向に

 地政学リスクによる調達への影響を避けるための対策(検討中含む)としては、「調達先の分散・多元化」を行う企業の割合が61.2%と最も高くなっています。

 一方で、地政学リスクやサプライチェーンの混乱を背景に、海外ビジネスの一部を国内拠点に移管する動きも出てきています。海外ビジネス(一部含む)の国内拠点への移管を「実施済み/予定あり」とする企業は5.0%にとどまります。

海外ビジネスの国内移管、地政学リスク回避の意識高まる
海外ビジネスの国内移管、地政学リスク回避の意識高まる

 その背景には、「進出先のビジネスコストの増加」だけでなく、「地政学リスクの回避」を理由とする回答比率も上昇しています。