目次

  1. 価格転嫁の現状と限界
  2. 既存商品の市場転換による価値創造
  3. ターゲットや売り場をズラした事例
  4. 市場をズラすときの成功のポイント
    1. 既存商品はなぜ選ばれているのか
    2. コミュニケーション戦略の刷新
    3. スモールスタートで始める社内体制の整備

 エネルギー価格や原材料費、労務費が上昇するなか、中小企業庁は中小企業が適切に価格転嫁をしやすい環境を作ろうと毎年9月と3月を「価格交渉促進月間」を設けています。

 中小企業庁の報道発表によると、発注企業から交渉の申し入れがあり、価格交渉が行われた割合が増加するなど、価格交渉できる雰囲気が醸成されつつあるとし、価格転嫁率は49.7%でした。コストの増額分を全額価格転嫁できた企業の割合が増加しているといいます。

価格交渉促進月間(2024年9月)フォローアップ調査の結果
価格交渉促進月間(2024年9月)フォローアップ調査の結果(中小企業庁の公式サイトから https://www.meti.go.jp/press/2024/11/20241129001/20241129001.html)

 もちろん、適正な利益を計上することは事業を続けていくうえで、大切なことですが、成熟期に入った市場で価格交渉する側の企業は、委託先が内製化を進めてしまうのではないか、ほかの企業・商品に乗り換えられてしまうのではないか、といったプレッシャーを受けながら価格交渉・価格転嫁しています。

 そこで、価格転嫁だけでなく、商品の付加価値を高め、新たな市場をつくることも同時に進めましょう。

 市場開拓のために、多くの企業が取り組んでいるのが、新商品・新サービスの開発です。

 新商品を開発したことで、市場での認知度が高まり、会社全体の売上が伸びるという事例はありますが、新商品単体で右肩下がりの売上高をカバーすることは簡単なことではありません。さらに、商品開発からパッケージデザイン、マーケティング、販売先の開拓など多大な時間とコストがかかります。

 そこで、まずは既存商品の強みを再定義し、使用シーンや対象顧客を変えることで、比較的低コストで新たな市場を開拓できる「市場をズラす」という考え方を紹介します。

 市場をズラすとは、既存の商品やサービスの用途、対象顧客、販売チャネル、価格帯などを意図的に変更し、新たな市場価値を提案することです。ツギノジダイで紹介した企業のなかから市場をズラした商品の事例を紹介します。

 創業70年の写真館「ホタルヤ」では、写真撮影サービスを「終活」というトレンドと組み合わせてターゲットをズラすことで、ヒット商品が生まれました。

 創業100年のお麩屋で売れていなかった「麩まんじゅう」をギフト市場、贈答品のマーケット向けに転換。売り場をデパートにズラすことでヒットにつながりました。

ガラスの器に盛りつけられたお麩スイーツ「たまかざり」
お麩スイーツ「たまかざり」

 このほか、秋田県湯沢市で、冬の始まる前に収穫された野菜や果物を、雪の中に埋めて冬の間でも食べられるように長期保存する「雪中モノ」は、売り物ではなく自分たちで食べるものだったのですが、都内のレストランに卸すと野菜の甘さが評判となって取引が始まったそうです。

湯沢市内の事業者が集まり、雪室に「蔵入れ」を行う

 「○○専用」もターゲットを絞った商品設計として有効です。国内外のOEM生産を手がけてきた洗剤メーカーが、コロナ禍で初のBtoC商品となる「マスク専用洗剤」として、商品化したところ、商品の開発に1ヵ月。2万本を売り上げるまで4カ月という結果につながりました。

 こうした事例を分析すると、新商品開発のリスクとコストを抑えながら、既存商品の市場転換をするための成功のカギは、以下の点にあると考えられます。

  1. 自社の既存商品はなぜ選ばれているのかという本質的価値の理解
  2. 新たな市場ニーズを的確に把握した情報発信
  3. スモールスタートからの段階的な展開

 ほかにも似た商品があるなかで、なぜ自社の製品が選ばれているのでしょうか。自分たちで強みと感じているところと顧客が購入している理由が違う場合もあります。

 顧客や消費者からどんな問い合わせが来ているのかを調べたり、顧客や取引先にヒヤリングしたりすることで気づけなかった価値が見つかるかもしれません。

 富山県西部にある氷見市で建物の解体工事会社「売木林業」には、社名ゆえ「屋敷林を伐採してほしい」という問い合わせがたびたび寄せられていました。そんな勘違いをきっかけに、本業の技術を生かし「屋敷林伐採サービス」として打ち出したところ依頼が殺到するようになりました。

屋敷林伐採の作業現場の様子

 商品価値の再定義できたら、新たなターゲット市場のニーズや競合状況を詳細に分析することが重要です。表面的なニーズだけでなく、潜在的なニーズも把握する必要があります。

  • 既存の競合商品はあるのか、あるなら、その商品が持つ本質的な価値は何か
  • 既存商品の「不」は何か。どのような顧客層に新たな価値を提供できるか
  • 既存商品とは異なる使用シーンはないか

 新しい市場でニーズあるか分からない場合は、普段とは異なる展示会に出てみて反応を探るという手段もあります。

 自社製品が新市場に出る価値(勝算)があるとするなら、どのように訴求すべきかを考えましょう。

  • 用途や強みが一目でわかるパッケージデザインの変更
  • 商品説明やブランドストーリーの見直し
  • 販売チャネルの最適化

 全国でも珍しいパン粉専門の製造工場「中屋パン粉工場」は、あえてアピールしていなかった「ミシュラン掲載とんかつ店の4割がうちのパン粉を使っている」を伝えるようにしたところ、値上げと新規顧客獲得ができるようになったといいます。

中屋パン粉工場のパン粉を使ったとんかつ(同社提供)

 「過去に門前払いされた飲食店も話を聞いてくれるようになり、徐々に注文が増えました。パン粉の値上げを提示しても『有名店と同じメーカーのパン粉なら』と納得してくれました」と話しています。

 新たな顧客層に、新しい商品をアプローチするには情報発信も必要になります。自社サイトできちんと誰にどんな価値を提供できるのかを明確に打ち出しましょう。SNSなども組み合わる方法も効果的です。

 一度に大規模な転換を行うのではなく、試験的な展開から始めることで、リスクを最小限に抑えることができます。

 スモールスタートから始めても、既存の部署からすると、新規事業のためにリソースが削られたり、業務負担が増し、反発も予想されるので、デジタル活用による業務効率化や、業務委託を活用した新しいチームを立ち上げるといったこともあわせて考えましょう。

 こうした要素を適切に組み合わせることで、新市場の切り口が見えてきます。今後も市場環境の変化に応じて、柔軟に戦略を見直してください。