「大根が梨のように甘い」驚く高級レストラン ”厄介者”の雪が地域資源へ
秋田県は全域が国から「豪雪地帯」に指定されています。その中でも、南部の内陸に位置する湯沢市は特に降雪量が多く、冬の長い期間雪に閉ざされます。農作物への被害や毎日の除雪作業など地元住民にとっては「負の資源」でしかない雪を、湯沢市ビジネス支援センター(ゆざわ-Biz)では、地域の事業者とともに地域ブランディングをする上での一つの材料に変えようとしています。
秋田県は全域が国から「豪雪地帯」に指定されています。その中でも、南部の内陸に位置する湯沢市は特に降雪量が多く、冬の長い期間雪に閉ざされます。農作物への被害や毎日の除雪作業など地元住民にとっては「負の資源」でしかない雪を、湯沢市ビジネス支援センター(ゆざわ-Biz)では、地域の事業者とともに地域ブランディングをする上での一つの材料に変えようとしています。
湯沢市は雪の多い秋田県内の中でも特に降雪が多く、多いときは2mを超える積雪にもなります。
夏場の大雨や大地震といった自然災害も少ないため、地元住民は「雪さえなければ湯沢市は住みやすくてとてもいいところ」という言葉をよく口にします。豪雪地帯の中でも特に雪の多い地域として国から「特別豪雪地帯」に指定されている湯沢市で、2020-2021年の「令和3年豪雪」は、特に近年まれにみる大雪と、それによる甚大な「雪害」をもたらしました。
市内では、降り積もった雪の重みによる家屋倒壊が相次いだほか、湯沢市の主力産品であるりんごの樹木の枝折れや、ビニールハウスの倒壊も相次ぎ、農業への大きな被害が生じました。
このように毎年地元住民を苦しめる雪を「黙っていても降る雪を使って、何か利益の出るような取り組みはできないだろうか」と、農業などにたずさわる若手事業者が2021年2月にゆざわ-Bizに訪れました。
筆者は雪のない地域で育ち、大人になってからも湯沢市に来るまでは雪国に住んだことはありませんでした。豪雪地帯に住む人たちにとっては、確かに雪は「厄介者」ですが、雪の降らない地域の人たちにとっては、雪がもたらす景色は時に美しく、非日常を味わえるものです。
雪が日常的でない地域の人たちが持つ、この雪に対する非日常感と憧れという感覚のギャップを利用し、雪そのものを、地域ブランディングをする際の材料として使えないかと筆者は考えたのです。
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ヒントは、農作物を販売する直売所にいた高齢者の「湯沢は冬に野菜が取れないので、冬の期間は『雪中モノ』しか売るものがない」という声にありました。
雪国で暮らしたことがなかった筆者は当初この話を聞いた際に、「雪中モノ」という単語を理解できませんでした。
冬に厚い雪に閉ざされる湯沢市では、古くから、冬の始まる前に収穫された野菜や果物を、雪の中に埋めて冬の間でも食べられるように長期保存する習慣があります。
すなわち、雪を「天然の冷蔵庫」として使うわけです。
雪中で貯蔵している農家や家庭に話を聞くと「長い間雪の中に置いておくと、甘みが増して美味しくなる」と口をそろえて言う一方、地元の人たちからすると、自分たちが食べるために保管する野菜であって「野菜は新鮮なうちに売るもの。雪中モノは売り物ではない」とも言います。
確かに文献などで調べてみると、通常の冷蔵庫と異なり、雪の中は温度が常時ゼロ度、湿度も90~100%と一定。こうした特別な環境で長期間保存することで、食物がみずみずしい状態を保ちながら糖度が増していきます。こうした保存方法とそれによる「熟成」は、雪国、とくに豪雪地帯でしかできない方法です。
先人たちの知恵によって当たり前に行われてきた貯蔵方法で生まれた甘みのある野菜や果物は、雪が非日常なエリアでは、十分付加価値を生む商品になると感じ、相談に訪れた若手事業者に「いろいろな事業者を巻込んで、雪中貯蔵商品を作って」と提案しました。
若手事業者の人たちは筆者の提案に早速乗り、すぐに任意団体「秋田・湯沢雪中貯蔵協会」を結成しました。結成を呼び掛け、自らが協会の会長として活動の中心となったのが、青果卸業を営む「吉村」の2代目の吉村和幸さん(36)です。
創業約30年の吉村は、主に青果を秋田県南部のスーパーマーケットなどに卸しています。大型店舗相手の場合、利益率がどうしても低くなりがちで、近年は和幸さんが中心となって、ECサイトを利用して消費者に秋田県産の新鮮な青果を直接届けるようなBtoCの取り組みを積極的に行っています。
しかし、全国的にも野菜や果物は競合が多いため、ちょうど「野菜や果物自体に付加価値をつけ、差別化をできないものか」と考えており、ちょうどこの雪国ならではの貯蔵方法を経た「雪中貯蔵」の商品は吉村さんの目指すコンセプトとも合致しました。
今回、協会の活動には、農業のブランディングを専門とし、デザインも手掛ける若手も参画。雪をイメージしたロゴを一から作成し、ブランディングの礎を築きました。1年目は、隣町の雪室を間借りし、りんごやネギ、米といった商品を試験的に雪室の中へ1ヵ月程度入れ、試験的に協会の会員メンバーのECサイトなどを通じて販売したところ、即完売となりました。
2年目は、湯沢市の商工会議所の協力を得て、試験的に独自に雪室を設置しました。予算もそこまで取れないため、文献や各地の活動を調査して結果、コンテナに雪を詰め、上からかぶせる手法での雪室を作り、吉村さんや筆者の呼びかけにより、お米や味噌の生産者、珈琲の焙煎を手掛ける事業者から地元酒造メーカーまで約10の事業者が集まり、自分たちの商品をおもいおもいに「雪室」へ埋めました。
確かに食べて甘いものの、それを証明するデータは手元になく、販売をしていくうえでの正確なデータの取得はかかせません。協会が、糖度計を使って雪中に約2ヵ月間貯蔵したりんごの糖度を計ると、通常は14度を超えると「甘い」とされるりんごの糖度が17を超える甘さとなり、手ごたえを感じました。
こうした街全体の事業者の活動が目に留まり、「一緒に販売していきたい」というパートナーも増えています。
地域の特徴的な産品を県外に積極的に販売している地域商社「詩の国秋田」もその一つです。首都圏の高所得者層向けの販路拡大を一緒に模索するなかで、2022年2月には東京都のイタリアレストラン「代官山ASOチェレステ日本橋店」へ雪中貯蔵品を提案する機会を得ました。
湯沢市と東京を結ぶオンラインミーティングの前に、協会はレストランに雪中で熟成したりんごや大根、ニンジンを郵送。実際にミーティングの際に料理長に食べてもらいながら商品を提案しました。
りんごの甘さももちろん、菊池恒毅料理長が驚いたのは野菜の甘さでした。「大根が梨のような甘さと食感で瑞々しい」と食材を高く評価し、今シーズンに雪中貯蔵した商品が流通する2023年3月にレストランでメニュー化をすることが決まりました。
菊池料理長は2023年1月、雪の中で貯蔵した野菜や果物などの食材をその場で調理しようと湯沢市を訪れました。
実際に自分の手で調理をし、味見をした菊池料理長は食材の甘みに触れ、「雪中貯蔵を行うと食材の味がガラッと変わり、特徴が顕著に出るのは本当に衝撃的。ぜひこの野菜たちを表舞台に立たせたいと思う」と意気込みを見せました。
「雪中熟成りんご」をはじめとする雪中貯蔵商品は、ふるさと納税やECサイトなどでも販売好調です。
また、雪中熟成した青果を使った惣菜やスイーツなどの開発と販売も現在考えており、和幸さんは「これまで『不要なもの』としか考えてなかった身近な存在の雪が、見方を変えることで地域資源の一つと考えられるようになった」と手ごたえを感じています。
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