過去の失敗作が看板商品へ 明治44年創業お麩屋の「マーケットの掛け算」
廣畑達也
(最終更新:)
愛知県岡崎市で、1000超の新規事業・新商品を生み出している「岡崎ビジネスサポートセンター(オカビズ)」の立ち上げセンター長で、現在チーフコーディネーターを務める秋元祥治さんは、ヒト・モノ・カネのない小さな会社、小さなビジネスであっても、新規事業を生み出す「ひらめき」は必ず起こせるといいます。今回は、明治44年創業の老舗お麩屋さんの過去の失敗作が「ある場所」で輝くまでを追うことで、自社の「強み」とマーケットの掛け算の仕方を明らかにします。後段では売上の悩み解決を目指すスクール「事業アイデアを量産できる”ひらめき”プログラム」もご案内します。
創業100年のお麩屋を悩ませる"夏"問題
お麩、中でも生麩と聞いて思い浮かべるものといえば、すき焼きなどの鍋物の具、という方は多いのではないでしょうか。
実際、お麩の売上は冬場がピークだそうで、この日相談に来た明治44年創業のお麩屋さん「麩屋万商店」の代表、峯田和幸さんによると、「夏場の売上は冬と比べると半分」。
それだけの差があるため、夏は従業員の勤務日数・時間の調整もせざるを得ないといいます。この課題を何とかしたいと、オカビズにやってきたのです。
オカビズでは、こうした相談を受けたときにこそ力を発揮する、ある「原則」を大事にしています。
それは、「強みは、普段の仕事の『当たり前』の中に隠れている」。
そのために、相談の席では、今まで何をやってきていて、どんなふうに顧客の信頼を勝ちとってきたのかを根掘り葉掘り聞いています。第1回で紹介した写真館ホタルヤの相談時に大須賀さんのキャリアを深掘りしたのもこうした理由からでした。
麩屋万商店は創業100年以上の老舗。当然、過去にこそヒントがあるはずです。
「夏の売上を伸ばすのために、これまで何をやってきましたか?」
すると、峯田さんはこう言ってお茶を濁しました。
「……いや、うまくいったものなんて何も……」
経験上、相談者が「うまくいったものがない」と言うならば、それは「うまくいかなかったもの」があるということにほかなりません。
何度か聞いていくうちに、麩屋万商店では夏に「麩まんじゅう」をつくったことがあることがわかってきました。
麩まんじゅうとは、生麩であんこをくるんだ夏のお菓子。岡崎でも、昔から夏の定番で、和菓子屋でよく販売されています。
すでに商品をつくっているなら話が早いと前のめりになる一方で、峯田さんの歯切れは悪いままでした。その理由はこうです。
- 1個150円で、工場の入り口で販売したけど全然売れない
- 和菓子屋ではないためにあんこも自家製じゃない
- 麩にレモンや紫芋、ごまなどで色と風味を加えてみたけど売上面での効果なし
ここで今回のお題です。この麩まんじゅう、後に大きな飛躍を遂げることとなりました。果たして、どんな手を打ったと思いますか?
ヒントは、「マーケット」。
ぜひ考えてみてから、読み進めてください。
ヒントは過去の失敗作にあり!
峯田さんが「失敗作」としてなかったことにされていた麩まんじゅうの試作品ですが、話を聞くうちに、まったく違うものに見え始めてきました。
「日本橋に本店のある和菓子屋、榮太樓總本鋪さんの『スイートリップ』って知っていますか?」
榮太樓總本鋪は創業200年超の老舗和菓子屋です。昨今も「あめやえいたろう」のブランドであめの概念を拡張し続け、伝統と革新を両立しています。
近年も、「あめやえいたろう」ブランドから生まれた「スイートリップ」が大ヒットしています。
中身はそれまでも同ブランド名で扱ってきた水あめですが、容れ物が化粧品のグロスリップになっていて、価格帯としては高い(30グラムで648円)ものの、「映える見た目」もあって大当たりした商品です。
このスイートリップ自体が、江戸の娘たちがくちびるをツヤツヤにするために榮太楼のあめを塗った、という自社の過去の歴史から生まれた商品です。
翻って、麩屋万商店が試作した麩まんじゅうを想像してみてください。9つの味で、9つの色の麩まんじゅう。これが映えなくて何が映えるというのでしょうか。
相談を受けた2016年は、まさにインスタグラムの大波が世間をさらっていた頃合いでした。これは生かさないと損だ、と思って、峯田さんに持ちかけました。
とはいえ、ただカラフルな麩まんじゅうをつくるだけでは、過去の二の舞になってしまいます。
ここで「スイートリップ」に着目したもう一つの理由が効いてくるのです。この9味9色の麩まんじゅうを、「ある場所」で販売することを提案したのですが、それはどこでしょうか。
峯田さんが納得してくれたその理由も合わせて考えてみてください。
「9味9色」の麩まんじゅうを輝かせたマーケットとは
もう一度、スイートリップに話を戻しましょう。
なぜ、スイートリップは価格を高くできたのでしょうか。その秘密こそが、マーケット選びにあるのです。この商品は、ギフト市場、贈答品のマーケットで売れているのです。
ギフトは、相手を思いやると同時に、自分のセンスのPRの場でもあります。また、老舗というブランドが最大限生かせる場でもあります。伝統を受け継ぎつつも華やかな見た目のスイートリップは、贈答品としてうってつけだったのです。
麩屋万商店を見てみましょう。明治44年創業の老舗がつくった、見て楽しい、食べて楽しい「9味9色」の麩まんじゅう。ギフト市場のために生まれてきた商品に見えないでしょうか?
ではこの商品、お麩スイーツ「たまかざり」を販売すべき「ある場所」はどこでしょうか。
じつは、百貨店やデパートだったのです。価格競争のあるスーパーマーケットでも、ましてや工場の入り口で売るのでもなく、贈答用というマーケットを切り拓くことで、1個150円だった麩まんじゅうは、9個で2200円と1.5倍の値付けでも大ヒットしました。
夏のお中元カタログのメイン商品に採用されるなどして今ではさらに高価格帯で販売されているほどの商品となっています。そして、夏場の売上がないと悩んでいた麩屋万商店の売上は、相談前の1.5倍となったのでした。
マーケットをずらせたアイデアの源泉とは
麩屋万商店のケースを話すと、「これはオカビズで3800社の相談を受けてきた秋元さんだからできるんでしょ」という言葉をいただくことがあります。
しかし、振り返ってみてください。私がしたのは、あめやえいたろうの「スイートリップ」を思い出し、麩屋万商店の麩まんじゅうの強み「9味9色」に基づいてマーケットをずらして掛け算しただけです。
そしてなぜそれが可能だったかというと、日常的に、雑多で圧倒的な情報収集をしていた結果、頭の中にスイートリップがすり込まれていたからにすぎません。
マーケットで何が受けているのかを、日頃から常に観察し続けること。これこそが、強みを別のマーケットで活かす大きなポイントなのです。
★やってみよう★
・あなたが過去に失敗したと思っている商品やサービスを掘り返してみよう。
・その商品・サービスの強みがどこにあるのか、世間のトレンドをもとに読み換えてみよう。
・読み換えた強みが活きるマーケットはどこか、探してみよう。
「事業アイデアを量産できる”ひらめき”プログラム」開講します
本連載で秋元氏が述べた「強み」に気づいてリフレーミングする手法や、トレンドと紐付けるための8つの「ちいさな習慣」について、2024年4月から体系立てて学べるスクールをオンラインで開講する予定です。
全5回で20万円 (税込22万円)。
ご関心のある方は、ツギノジダイの問い合わせフォームからご連絡ください。登録いただいたアドレスに講座詳細やお支払いについてのご案内を差し上げます。