目次

  1. 台湾有事よりも現実的リスク高まる中東情勢
  2. フーシ派とは 世界の海上貿易の要衝に“飛び火”
  3. 米国とイランの直接衝突のリスクはあるのか
  4. ペルシャ湾の軍事的緊張、日本経済の死活問題に

 選挙イヤーと言われる2024年の先陣を切って台湾では総統選挙が行われ、蔡英文総統の後継者となる頼清徳氏が勝利しました。

 中国は両者が属する民進党を独立勢力と位置づけて敵視しており、今後も中台関係は冷え込んだ状態が続くことが濃厚です。

 しかし、総統選挙と同時に日本の国会にあたる立法院選挙も行われた結果、民進党は少数与党となり、国会ではねじれが生じることになりますので、親米派の頼新政権は対中でトーンダウンした姿勢で臨んでいくことになるとの見方もあります。

 また、現時点で中国軍に台湾侵攻を円滑に実施できる能力や規模は整備されていないとの見解が大筋で、今後すぐに台湾有事が到来する可能性は極めて低いと考えられます。

 一方、今日の世界情勢を見渡せば、それ以上に現実的リスクとして見るべきなのが中東情勢です。

 2023年10月7日、イスラム組織ハマスがイスラエル領内へ奇襲攻撃を仕掛けて以降、イスラエルによるパレスチナ自治区・ガザ地区への攻撃が強化され、パレスチナ側の犠牲者数は2万5000人を超えるなど現在でも増える一方です。

 そして、米国はイスラエル支持の姿勢を維持していますが、過剰な攻撃を続けるイスラエルに対する批判の声が諸外国から広がり、ハマスとの連帯を示す親イランのシーア派武装勢力がレバノンやイエメン、シリアやイラクなどで反イスラエル、反米闘争をエスカレートさせていきました。

 しかし、衝突が始まった秋ごろ、イスラエルとハマスの戦闘はあくまでも“局地的なもの”であり、それが中東の他の地域に飛び火するリスクは排除できなかったものの、その可能性は低く、日本企業、日本経済への具体的な影響も極めて限定的なものとみられてきました。

 ところが時間の経過とともに、イスラエルとハマスの戦闘は徐々に飛び火していくようになり、世界経済への影響も現実味を帯びていきました。

 その引き金が、中東各国に点在する親イランのシーア派武装勢力による活発的な攻撃です。

 おそらく多くの専門家もこのシナリオは想定していなかったはずですが、特にイエメンを拠点とするフーシ派がポイントになります。

 ハマスとの連帯を表明するフーシ派は、当初はイスラエル領土に向けてミサイルやドローンを発射していましたが、イエメン沖の紅海やアデン湾を航行する民間船舶への攻撃をエスカレートさせるようになりました。

 フーシ派を簡単に説明しますと、フーシ派はイスラム教シーア派の分派であるザイド派の武装勢力で、1990年代半ばにイエメンで台頭しました。その後、当時のイエメン政府との衝突やイエメン内戦を経て、2014年にイエメンの首都サヌアを掌握し、現在はイエメンで広範な領域を支配するに至っています。

 フーシ派はイスラエルや米国、その友好国を狙うなどとする声明を繰り返し発信していますが、紅海からスエズ運河にかけては世界の海上貿易の要衝であり、ここが遮断されるということは世界経済にとって大問題となります。

 そして、米軍と英軍は2024年2月、ついにイエメンにあるフーシ派の拠点への空爆を開始しました。

 このような状況で、日本郵船と商船三井、川崎汽船の海運大手3社は船舶への攻撃リスクを回避するため、全運航船を対象に紅海〜スエズ運河の航行を停止することを決定しました。その代替ルートはアフリカ最南端の喜望峰を経由することになるのですが、輸送コストが大幅に上昇し、輸送にかかる日数が延びるなど大きな影響が既に出ています。

 国際通貨基金(IMF)のレポートも次のように指摘しています。

 「2023年上半期に、紅海と地中海を結ぶスエズ運河を経由する貿易は世界の貿易の約12%を占めています(中略)。しかし、1月21日時点でスエズ運河を通る10日間の累積輸送量は前年同期比50%近く減少しました。さらに、欧州~中国を結ぶ輸送費は、安全保障リスクの高まりによる保険料の上昇や迂回路よるコスト上昇により、2023年11月以降400%以上急騰しているのです」

 そんななか、もう1つのリスクが浮上してきました。

 2024年1月下旬、シリア国境に近いヨルダンにある米軍基地に対してドローンによる攻撃があり、米兵3人が死亡しました。2023年10月7日以降、シリアやイラクにある米軍関連施設に対しては、両国を拠点とする親イランの武装勢力による攻撃が毎日のように続いていましたが、実際に米兵が犠牲となるのはこれが初めてでした。

 これに対し、バイデン政権は報復として同勢力への攻撃を強化し始め、今日イスラエルやイエメンだけでなく、シリアやイラクでも「米国、イスラエルVS親イランのシーア派武装勢力」の構図が色濃くなってきています。まさに、イスラエルで発生した衝突の影響がイエメンやシリア、イラクなどに飛び火している状況です。

 そして、今後懸念されるのが、米国やイスラエルとイランとの直接衝突です。無論、どの国も戦争することは当然望んでいません。

 米国はイランと直接戦争することになれば、対中国や対ロシアで必要な時間や労力、コストを中東に向けなければならなくなり、また米国に3正面に向き合う余裕はないはずです。

 また、イランも各地に点座する親イランの武装勢力が反米闘争をエスカレートさせていることを危惧していることでしょう。確かにイランは各武装勢力を軍事的に財政的に支援していますが、それぞれの武装勢力は独自の判断で活動しており、イランが完全にコントロールしているわけではありません。

 しかし、米議会内ではイランへの直接攻撃を求める声が少なくありません。今後さらに親イランの武装勢力による米国権益への攻撃がエスカレートしたり、米軍がシリアにあるイラン革命防衛隊の幹部や重要権益への攻撃を継続したりすれば、双方とも“もう一歩踏み込んだ”攻撃(米軍によるイラン領土への空爆など)に踏み切る可能性も排除できず、それが引き金となって状況が一気に悪化する恐れもあります。

 また、そうなれば米議会でもイラン攻撃を呼び掛ける声が強まり、バイデン政権もその影響を受けるかも知れません。今後の選挙戦でトランプ氏優勢の流れが色濃くなれば、緊張が続く中でバイデン政権が一歩踏み込んだ行動に出る可能性もあるでしょう。

 また、米国やイランと違い、イスラエルは今日自らが“有事”であると自認しています。イスラエルもシリアにあるイラン関連の施設への攻撃を続けていますが、今後イランにとイスラエルの間で何かしらの軍事的衝突、暗殺事件などが生じれば、イスラエルが専制的な行動に出る可能性もあるでしょう。

 今日のイスラエルにとって、軍事的ハードルは米国やイランより明らかに低いと考えられ、それが引き金になって3ヵ国間の軍事的緊張が高まるかも知れません。

 こういった状況は、日本経済にとって死活的問題となります。イラン絡みの緊張が激しくなるということは、それは同時にペルシャ湾周辺の緊張が高まることを意味します。

 要は、日本へ輸送される石油の出発点の安全が脅かされる事態となり、それは日本経済にとって深刻な問題となります。

 国際社会はこのシナリオを何としても回避する必要がありますが、2023年10月7日の出来事はすでに飛び火し、現在では上述のような懸念も考える必要があるでしょう。

 石油の確保が難しくなるような状況が突然訪れるとは考えにくいですが、石油価格の上昇や不安定化など我々の身近な生活にも影響が出てくることが考えられます。

 日本経済全体や我々の日常生活という部分においては、紅海よりペルシャ湾の緊張の方が深刻な問題となるかもしれません。