目次

  1. 台湾の頼新政権の対中姿勢
  2. 中国、頼新政権にけん制
  3. 台湾有事の可能性と中国の立ち位置
  4. 現時点で日本企業が取るべき対応とは
  5. “今抑えないと台湾統一ができなくなる”に要注視

 1月13日に台湾の総統選挙の投開票があり、与党・民進党の頼清徳氏が558万6019票(得票率40.05%)を獲得し当選しました。野党の国民党の侯友宜氏は467万1021票(33.49%)、民衆党の柯文哲氏は369万466票(26.46%)という結果となりました。

 ただし、投票率は71.86%で、前回4年前より約3ポイント下回りました。

 今回の選挙結果を受けて、頼氏は台湾海峡の平和と安定は総統の重要な使命であり、引き続き民主主義陣営のパートナーと協力していく意志を示しました。

 また、中国との関係について、中国も両岸関係の安定において責任を負っており、将来は健全で秩序ある交流が復活できることを願っていると述べました。

 頼氏は蔡英文政権で副総統を務めていますので、基本的には蔡英文氏の対中姿勢を継承していくことになります。

 すなわち、自由や民主主義など価値観を共有する米国を始め民主主義陣営との関係を重視し、台湾統一を目指す中国の習政権に屈しない姿勢を続けます。中国は民進党勢力を独立勢力と捉え敵視していますので、今日の冷え込んだ中台関係が基本的には続くことになるでしょう。

 では、中国はどのように対応するのでしょうか。

 中国政府で台湾政策を担う国務院台湾事務弁公室は、今回の選挙結果は民進党が台湾内で主流の民意を代表したものではないことを示したとし、これからも引き続き独立勢力や諸外国の介入には断固として反対し、祖国統一という大業を押し進めていくとけん制しました。

 蔡英文政権の8年間で中台関係は冷え込み、中国は経済的、軍事的な圧力を台湾に示し続けています。

 たとえば、中国は台湾産の柑橘類やパイナップルなどの輸入を突然全面的に停止するなどしました。また、中国軍機が両国の事実上の境界線である中台中間線を超えたり、台湾の防空識別圏に侵入したりするなど、中国は軍事的にも台湾へ圧力を加え、こういった軍事的威嚇は現在でも続いています。

 2022年夏には、当時のペロシ米下院議長が台湾を訪問した際、それに強く反発した中国は台湾周辺海域で大規模な軍事演習を実施し、大陸側からは弾道ミサイルを発射するなど、これまでになく軍事的緊張が高まりました。

 頼新政権下でも同様の圧力が仕掛けられることは間違いないでしょう。台湾の輸出入双方の最大の貿易相手国は中国であり、今後あらゆる形で経済や貿易面で中国から揺さぶりが仕掛けられる恐れがあります。

 では、日本企業の間でも懸念の声がある台湾有事の可能性はどうなのでしょうか。

 2005年に中国の全国人民代表大会で可決された反国家分裂法(国家分裂防止法)では「『台独』分裂勢力がいかなる名目、いかなる方式であれ台湾を中国から切り離す事実をつくり、台湾の中国からの分離をもたらしかねない重大な事変が発生し、または平和統一の可能性が完全に失われたとき、国は非平和的方式その他必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる」と記しています。

 もちろん、今後の頼新政権の対中姿勢にも影響しますが、現時点で台湾有事の可能性が突然高まっているわけではありません。これにはいくかの理由が考えられます。

 まず、現時点で中国軍が台湾へ上陸し、全土を支配下に置けるかというとそういった能力や規模は整っていないというのが大筋の見方です。

 米軍が台湾防衛に関与する可能性もあり、その決断は習政権にとってもハードルが高いものです。仮に軍事侵攻を決断すれば、失敗は許されないものとなるでしょう。台湾侵攻で失敗すれば、習政権の権威は大きく失墜することになります。

 また、軍事侵攻を行動に移せば、世界経済が混乱するだけでなく、米国など諸外国から中国に経済制裁が発動される可能性が十分にあります。

 今日、習政権は経済成長率の鈍化、不動産バブルの崩壊、経済格差や若者の高い失業率、外資の中国離れなど多くの経済的難題に直面していて、正直なところ米国との間で経済的な揉め事を大きくしたくないのが本音です。

 習政権にとって最も重要なのは国内の安定であり、台湾問題がそれより優先順位で高くなることは現時点で考えづらいです。

 では、頼新政権が発足する中、台湾に進出する、台湾と取引がある日本企業の状況はどうなっているのでしょうか。

 外務省の2022年10月時点の海外進出日系企業拠点数調査によれば、日本企業は台湾に1502拠点(日本企業の海外支店、日本企業の現地法人や支店、合弁企業や支店、日本人が海外に渡って興した企業など)あるといいます。

 近年、台湾有事を巡って日本企業の間で懸念の声が広がっていますが、数として多数派になっているわけではないものの、台湾に在住する駐在員の退避基準を決定したりするなど危機管理体制を強化する動きが広がっています。

 現時点で脱台湾に動いている企業は筆者の周辺ではありませんが、今後少なくとも4年間中台関係の冷え込みが続くことから(その間に2022年夏のような軍事的緊張の高まりにより、大韓航空やアシアナ航空など台湾からの唯一の安全な退避手段がストップする可能性もあります)、今後も台湾有事を見据えた危機管理体制を強化する企業の数は増えていくことが予想されます。

 実際、筆者は企業に対して今後4年間で有事が発生するシナリオも排除はできないので、現時点で実行に移す必要はないが、駐在員の数を削減する、事業のスマート化を図る、調達先で代替国を確保することなども検討はしておくべきだと提言しています。そして、逆に一部の企業からも同様の声が聞かれます。

 日本企業がこれから注視するべき戦略的ポイントがあるとすれば、頼政権の対中姿勢、具体的に言えば、中国に対してどのような言動や振る舞いを示し、どれほど中国を刺激するかという点です。

 今回の台湾の選挙結果では、国民党が立法院で第1党となり、民進党が少数与党となりねじれが生じる形となりました。法案や予算案の審議で野党が抵抗し、政権運営が不安定化する可能性もあります。

 今日の中国軍に台湾侵攻をスムーズに行える能力は備わっていないとの見方が大筋ですが、“今抑えないと台湾統一ができなくなる”と中国側が判断した時が極めて懸念されます。

 その動向を探って行く意味で、今後の頼氏がどのような言動や振る舞いを具体的に中国に示していくか、その動向を日々チェックしていくことが極めて重要になるでしょう。