熱海の老舗漬物店になぜ若者が集まった?きっかけは後継ぎのアイデア
山崎浩平
(最終更新:)
かつて年間500万人以上の宿泊客を迎えた一大温泉地「熱海」。ですが、観光客は少しずつ減り、東日本大震災のあった2011年には246万人にまで低迷しました。しかし、地元を知り尽くした市職員がテレビ番組の制作を支援する「ADさん、いらっしゃい!」などの取り組みで観光客が戻りました。訪れる若者も増えています。そんな地域の事業者を元気にしようと立ち上がったのが、熱海市チャレンジ応援センター(A-biz)です。今回はA-bizがピクルスの商品化を支援した事例を紹介します。
熱海の活気を支えるA-biz
A-bizは、これまで財務・金融中心だった産業支援から大きく舵を切り、コストをかけずに売り上げアップにつながるアイデアを地域の企業のみなさんと一緒に生み出すことを目的とし、2012年に市職員を中心に開設しました。開設から5年、一定の成果は出してきました。ですが、回復した観光客数をさらに引き上げ、市長が打ち出す「日本でナンバー1の温泉観光地づくり」をさらに加速させるために、2017年11月にチーフアドバイザーを外部から招き、相談体制を強化しました。市職員もスタッフとして運営に携わり、現在は年間に1千件以上の相談を受け、活気の戻った熱海を下支えしています。
漬物店の新商品にピクルス
今回は、1946年創業の老舗漬物店「岸商店」の新商品づくりをサポートした支援事例を紹介します。岸商店は、熱海の隠れた名物「七尾たくあん」を中心に、季節の野菜を素材本来の味を生かして漬けた漬物を常時40~50種類を扱っています。そんな岸商店で、季節やイベントに合わせて様々な形にカットしたカラフルなピクルス「vegepickA(ベジピッカ)」を発売したところ、若い観光客が漬物店に訪れるようになり、合わせて漬物も買ってくれるようになりました。
岸商店は駅から徒歩5分ほどのところに本店を、そして熱海駅の駅ビル「ラスカ熱海」の中にも直営店を構え、他に東京の有名百貨店に催事出店をしたり、商品を卸したりしています。そんな岸商店が最初に相談に訪れたのは2019年4月でした。扱っている商材から客層は中高年が多く、近年熱海で増えている若い女性の観光客を取り込むために本店の改装も考えているのですが、アドバイスが欲しいという内容でした。
改装を考えているという本店は白と黒、そして七尾たくあんをイメージした黄土色を差し色にした趣のある店構えで、決して悪くないと感じました。もし若い女性を意識し過ぎた店構えにしてしまった場合、既存ターゲットの客離れのリスクがあります。また、今の店舗に合わせて作られた商品がそのままで、店舗の雰囲気のみを変えてしまうと店舗イメージと商品の不一致によって売上にも悪影響が出かねないと考え、まずは若い人をターゲットにした商品づくりからしてみてはどうかとアドバイスしました。
スイーツ以外の食べ歩きグルメを提案
提案したのは、食べ歩きピクルスでした。根拠は、海外から始まった若い女性のピクルスブームと熱海駅周辺の食べ歩きスイーツブーム。古くは温泉まんじゅうに代表される温泉地の食べ歩きグルメが熱海駅周辺で盛んですが、最近では「熱海プリン」に代表されるスイーツ系の店舗が増えて盛況です。
しかし、スイーツ以外はまだまだ少なく、また、4月から企画を進めれば夏に間に合わせることができ、塩分の取れる漬物であれば夏の熱中症対策としても受け入れられる可能性があると考えました。早速、相談に訪れた岸秀明社長に国内外のカラフルなピクルスの商品例を見せると「なるほどこれなら自社で作れる、ぜひチャレンジしてみたい」ということになりました。
新商品開発を進めるにあたり、岸社長から「若い女性をターゲットにするので2人の娘を相談に同席させたい」との申し出がありました。そこで、次回から社長に加えて2人に相談に入ってもらうことになりました。
その2人とは、岸商店の後継者で、長女の橋本千乃さんと次女の岸久美子さんです。それぞれ東京の大手旅行代理店と有名コーヒーチェーン店で活躍した後、千乃さん10年ほど前から岸商店に入り経営企画を担当。久美子さんは5年ほど前に戻り、ラスか熱海店の店長を務めています。そこで、ピクルスの商品の形態やパッケージ、ネーミング、店頭サインに至るまで2人を中心にA-bizでアドバイスを行いながら検討、作成していきました。途中から社長も「2人がこんなにできると思わなかった。この商品に関しては口を出さない方が良さそうだ」と中身の製造以外はすべて2人を信頼し、任せることになりました。
当初はきゅうりの一本漬けやカップにスティック野菜のようにピクルスを入れ、その場ですぐ食べられる形態を検討しましたが、生産性と衛生上の課題があるため、初年度はスティック状に切ったカラフルなピクルスをパウチに入れた商品にすることで最終的に落ち着きました。ネーミングはA-bizで出したいくつかのアイデアと2人のアイデアを合わせ、野菜とピクルス、そして熱海の頭文字を組み合わせた「vegepickA(ベジピッカ)」と決まり、パッケージシールのデザインやPOPも作成し、7月中旬から本店とラスカ店でいよいよ販売が始まりました。期待していた通り、今まではあまり立ち寄ってくれなかった若い観光客が興味を持ってくれ、vegepickAだけでなく、岸商店のほかの漬物も買って行ってくれるようになりました。
社長は当初、2人の娘に対し「今まで商品の企画はさせたことがないのでどこまでできるか分からない」と少し不安もあったようですが、ふたを開けてみれば今回の新商品で狙うターゲットに近い年齢の2人は大活躍でした。季節ごとに中身の旬の野菜を入れ替えるのに加えて、2人のアイデアで中に入れているニンジンをハロウィンのときはコウモリ型に、クリスマスのときはツリー型にカットするなど、カラフルさに加え、見た目の楽しさも追加して評判となっています。現在は、三島駅の新幹線と東海道線にあるキオスクや銀座三越でも常設販売されるなど販路の拡大にも成功しています。
岸社長からは「娘たちがまた新商品を考えていると言っていたので、また相談に乗ってほしい」と言われ、千乃さんからも「母の日、父の日の風呂敷包みをしたギフトセットを考えたい」と相談の予約を頂きました。一つのチャレンジが新たなチャレンジを生むという好循環ができようとしています。
老舗漬物屋の変化と、社長が事業承継を意識
今回のサポートですが、変化している熱海の客層に対して、老舗漬物屋が柔軟に変化を受け入れて変わっていこうということに対し、まずはお金を掛けずに新しいターゲットを狙った商品開発をしてみてはという提案を行いました。新たな顧客層の獲得と販路拡大に繋がった事例ですが、同時に将来の事業の引継ぎを社長に意識してもらうきっかけにもなりました。
家族という近い関係、ましてや自身の子息となると「いつまでたっても子どもは子ども」と言われるように成長に気付かず、任せることができない経営者も多いのではないでしょうか。岸商店は社長が古いやり方にこだわらず新しいものを取り入れようとする先見の明に優れ、また自分の得意、不得意を明確に認識し、不得意なものは次世代の後継者に任せてみようと即断したことでビジネス上の良い結果をもたらすことができました。
将来的に事業承継のタイミングで投資を伴う大きな変革が必要な場合も多いですが、その前にお金を掛けずとも試す方法はいくつもあります。私が在籍していた外資系企業のギャップジャパンでは、部長になったその年からSuccession planning(後継者育成計画)として人事と連携して後継者育成を計画します。転職者の多い外資系企業ならではの発想かもしれませんが、家族経営であろうとなかろうと、中小企業の経営者もいつ自分が最前線に立てなくなってもいいように、経営者になったその日からSuccession planningを始めることをおすすめします。
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この記事を書いた人
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山崎浩平
熱海市チャレンジ応援センター(A-biz)チーフアドバイザー
1974年7月東京生まれ。大学卒業後、オリエンタルランドに入社し、東京ディズニーランドのお土産菓子の企画開発担当として、1日に2000万円売ったチョコレートの企画や2001年の東京ディズニーシーオープン時のお土産菓子全体の企画開発をリードした。2006年にギャップジャパンへ転じ、ディレクターとして商品の発注、在庫管理、販促施策を担当した。20年以上に渡り商品の企画開発、販促に携わってきたスキルと経験をもとに、A-bizチーフアドバイザーに選ばれた。
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