事業承継で相続争いを防ぐ「種類株式」経営者が事前に準備することは
事業承継で後々のトラブルを避けるため、会社の株式を後継者1人に集中させることが理想的ですが、ほかの相続人の権利も考慮する必要があります。そこで、司法書士で日本外部承継診断協会理事の近藤誠さんは、普通株式で認められている権利を制限したり、逆に優先した権利を付けたりした「種類株式」を用いる方法を提案します。
事業承継で後々のトラブルを避けるため、会社の株式を後継者1人に集中させることが理想的ですが、ほかの相続人の権利も考慮する必要があります。そこで、司法書士で日本外部承継診断協会理事の近藤誠さんは、普通株式で認められている権利を制限したり、逆に優先した権利を付けたりした「種類株式」を用いる方法を提案します。
苦労して建設会社を経営する赤羽社長は、後継ぎとして長男に会社を譲るつもりでいます。妻と次男も相続人になるはずですが、妻は専業主婦で、商社勤めの次男は海外で暮らしています。赤羽社長の財産は会社の株式が中心ですので、長男に株式をすべて承継させれば、相続を巡って争いになるのではないかと不安に思っています。
あるセミナーで種類株式を使って事業を承継させる手法を知りましたが、種類株式なんて今まで聞いたこともありません…
オーナー経営者が保有する自社株を後継ぎに円滑に承継させる方法としては、株式を生前贈与する方法や、遺言で株式を遺贈する方法などがあります。
しかし、兄弟姉妹以外の相続人(配偶者、子、直系尊属)には『遺留分』という強い権利があります。本来、自分の財産をどう処分するか、誰に承継させるかということは自分自身で自由に決めることができるのですが、そうすると全財産を生前に贈与してしまったり、特定の相続人に全財産を遺贈するという遺言があったりするようなケースでは、全く相続できない相続人が現れてしまうことになるわけです。このような場合に、相続人が最低限もらえる遺産のことを遺留分といいます。
遺留分は、被相続人の財産の2分の1(直系尊属のみが相続人の場合は3分の1)とされています。今回のケースでは、妻が4分の1、長男と次男は各8分の1の遺留分を有することになりますので、後継ぎ候補である長男に全財産を譲ることで、妻と次男が有する遺留分は合計8分の3ということになるわけです。
2019年7月1日以降に亡くなった方の相続については、遺留分を侵害された相続人は『遺留分侵害額請求』をすることができます。なお、これ以前に開始した相続の場合には『遺留分減殺請求』となり、生前贈与や遺贈を受けた人に対して遺産の返還を請求することになります。こうなると複雑な共有状態が生じてしまって不都合であることから、金銭を請求できる権利に改正されました。
つまり、今回のケースで赤羽社長が全株式を長男に生前贈与したり、遺言で全株式を長男に遺贈したりすれば、長男は遺産の8分の3に相当する金銭を請求されることも考えられます。株価にもよりますが、かなりの金額になるケースもあるでしょう。会社の株式以外に長男に資産がなければ、結局、せっかく譲られた株式を代物弁済という形で渡すという結果にもなりかねません。
このような結果にならないためには、種類株式を利用する方法が非常に効果的です。株主の権利はつぎの2つに分類することができますが、株主平等の原則と言って、すべての株式は全く同じ権利を持っています。(会社法109条1項)
剰余金配当請求権:会社の利益を分配してもらう権利
残余財産分配請求権:会社が解散する際に残余財産の分配を受ける権利
しかし、一定の事項について権利内容等の異なる株式(種類株式)を発行することができるのです。(会社法107条、108条)具体的には、つぎの9種類の株式を発行することができ、これらを組み合わせることも出来ます。
なかでも事業承継で重要な役割を果たすのは、③議決権制限株式と、⑧拒否権付株式(黄金株)でしょう。
株主総会で特別決議を成立させることができるのが議決権の3分の2以上であることから、オーナー経営者にとっては3分の2以上の株式を保有することが理想的です。このケースでも、後継ぎ候補である長男に3分の2以上の議決権を取得させることが目的となります。
そこで、遺留分に配慮しながら承継させる株式数を決定しながらも、長男に承継させる株式だけを『普通株式』として、妻と次男には③議決権制限株式を承継させることでこの目的を達成することが出来るのです。もちろん、議決権というのは株式の重要な権利のひとつですので、議決権を制限するだけでなく①配当優先株式や、②残余財産分配優先株式とすることで、配当や残余財産の分配で長男の普通株に優先させることも検討すべきでしょう。会社の経営権を長男がしっかりと確保する代わりに、他の相続人には金銭的な優先権を与えることでうまくバランスがとれるかもしれません。
冒頭の赤羽社長のケースでは、後継ぎである長男には8分の5の普通株式を、妻と次男にはそれぞれ4分の1と8分の1の議決権制限株式を遺贈することになりました。これがもしすべて普通株式であれば、長男は3分の2以上の議決権を確保することが出来ず、十分な会社支配ができないことになります。
なお、議決権のない株式を残されたことで妻や次男が不満を感じることのないよう、配当や残余財産の分配についての優先株式とすることとしました。
⑧拒否権付株式(黄金株)とは、株主総会や取締役会での決議事項について、種類株主総会の決議がなければならないとする株式のことです。たとえば、株主総会で取締役を選任したとしても、拒否権付株式を保有する株主は、種類株主総会の決議でこれを否決できるのです。
これは、後継ぎ候補がまだ未熟であるような場合に活用されます。現オーナー経営者が拒否権付株式を保有し続けることによって、合併等の組織再編や役員の選任などの重要事項についての拒否権を保有し、必要に応じて後継ぎの会社経営を支配することができるのです。ただし、拒否権付株式(黄金株)は非常に強力な権限がありますので、会社にとって望ましくない者の手に渡ることのないよう、④譲渡制限株式としておくことも忘れてはなりません。
後継ぎに円滑に会社を譲るためには、様々な手法を用いてしっかりと事前に準備することが重要です。残された者たちがちゃんとやってくれるだろう、という甘い考えでは会社経営が立ちゆかなくなってしまうなどの大問題にも発展しかねません。
また、遺言の中にどうしてこのような遺産の分配にしたのかという遺言者の考えを記載しておくことで遺族の不満をうまく和らげることができる場合がありますので、ぜひご検討いただきたいと思います。
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