会員の生業は様々に

 「跡取会」は2019年5月に発足しました。会員の生業は農林水産業や医療、老舗和菓子店、不動産業、運送業、税理士など様々です。会費は取らず、月1回の会合も食事代だけです。東海地方だけでなく、SNSで知った大阪府や岡山県からも参加者がいるそうです。

 発起人で会長の森朝奈さん(33)は、名古屋市で鮮魚卸業と居酒屋「下の一色」などを営む「寿商店」の常務です。最近は、YouTubeチャンネル「魚屋の森さん」で自ら発信しています。2人姉妹の長女の森さんが、跡取会を立ち上げた理由には、自身のキャリアが大きく関係しています。

ブリをさばいた父にあこがれて

 寿商店は父親が創業した会社です。「私が通っていた幼稚園で父がブリの解体ショーを行いました。友達から『朝奈ちゃんのパパはかっこいい』と言われて、いつか私も魚をさばいてみたいと思うようになりました」。森さんの「三つ子の魂」はぶれることなく、学生時代も後継者になることを意識していました。

 早稲田大学に進学して、ニュージーランドのビジネススクールに留学するなど、家業を継ぐために必要な経営学やマネジメントを学びました。いったん東京の大企業に就職後、1年余りで家業に戻りました。しかし、父親とは対等に話はできず、事業承継に関する話も全くしていなかったといいます。

「プライドずたずた」からの成長

跡取会を立ち上げた森朝奈さん
跡取会を立ち上げた森朝奈さん

 森さんが家業に戻って始めた仕事は、お店のいちホールスタッフでした。「社長の娘だからというのではなく、一生懸命頑張ることで、他の社員との信頼関係を作れると思っていました」

 とはいえ、お客さんから大学生のバイトと思われたり、「女のくせに」「お酌しろ」など心ない言葉をかけられたりしたこともあったそうです。「努力して大学も出て、親孝行のために戻ってきたのに、プライドは一度ずたずたになりました」

 それでも、森さんは接客だけでなく、魚の仕入れ、さばきも行うようになりました。元々、職人ではないので、YouTubeでさばき方を覚え、スーパーで魚を買って試して調理を勉強しました。「図鑑を買って魚の骨の構造を調べ、トイレに魚の種類が書かれた紙を貼って覚えることもありました」

 経営面でも、大学などで学んだ知識を生かし、労務面や発注システムの整備などマネジメントを整え、個人商店の色合いが強かった会社を強い組織に変えるのに貢献します。ECにも力を入れて、新鮮な海産物を全国に売り出しました。

後継ぎの悩み、SNSで殺到

 働きが認められ、約5年前に常務に就任しました。それでも、父から「帝王学」のような教えを受けるわけではありません。「周りに相談相手はいなかったし、このやり方で合っているのかと、孤独で不安になることもありました」

 森さんがメディアの取材を受けたり、自身のツイッターやインスタグラムで発信を重ねたりすると、SNSに同じような境遇の跡取りたちから、数多くのダイレクトメッセージが寄せられるようになりました。「すごく悩んでいます」「継がなければ親を裏切ることになるのでしょうか」という切実な声でした。

 「最初は一生懸命返事を送りましたが、長文のメッセージが100件、200件になっていきました。私もざっくばらんに話せる相談相手がほしかったので、それなら、みんなで集まって跡取りの悩み相談に特化した会を作ろうと思いました」

新型コロナ対策の勉強会も

 SNSなどで声をかけ、2019年5月、跡取会が発足しました。森さんが今まで会ったこともないような後継ぎが集まってきました。森さんは自身の体験談を話したり、マグロの解体ショーを行ったりしてもり立てました。

 寿商店の店舗が主な会場ですが、飲み会ではなく、勉強会や交流の場が主体です。森さんは特に後継ぎ予備群の若い世代の参加を促しています。「この人たちが後を継ぐか継がないかで、日本の後継者問題は決まります。後継ぎ予備群が、先輩たちを見て前向きになれるような会にしていきたいです」

 2020年4月の跡取会は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、初めてオンラインで開催され、約20人が参加しました。

 この日のテーマは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う中小企業の雇用調整助成金や持続化給付金の勉強です。森さんは「飲食店は特に新型コロナの影響を受けていますが、この苦しいタイミングで社会保険労務士が近くにいない会社も多く、ネットだけの情報ではよく分からない部分もあります」と開催を決めました。

 跡取会の会員でもある愛知県の社会保険労務士が、制度を解説しました。参加者からは「自治体から休業要請を受けていなくても、持続化給付金は申請できますか」「パート社員がコロナウイルス感染を警戒して、自分から休みを申し立てた場合、休業手当は支払うのですか」といった悩みが寄せられ、社労士が回答していきました。

「同じ境遇だからわかり合える」

 今後も月1回のペースで会合を重ねていく予定です。跡取会の中に運営チームを作り、徐々に活動規模を広げていくつもりだといいます。

 森さんは「跡取りという同じ境遇だからこそ、わかり合える部分があります。跡取会を、みんなの頑張っている姿を見て充電して奮い立てるような場所にしていきたいです」と話しています。

 跡取会の参加希望者は、「跡取会公式LINEアカウント」で受け付けています。