「深い雑談」で悩みを解消

 共同運営者の1人が、宮治勇輔さん。自身も神奈川県藤沢市にある実家の養豚業を継承しています。「承継の悩みは、先輩後継者に相談するだけで解消されることも少なくありません。深い雑談ができるような場所を提供しています」と話します。

 「家業イノベーション・ラボ」は2017年に発足しました。宮治さんが代表理事を務めるNPO法人「農家のこせがれネットワーク」、全国の地場産業を支援しているNPO法人「ETIC.」などが共同で運営しています。宮治さんが企画のファシリテーターなどを務め、ETIC.は事務局として、全国各地の地域コーディネーターと後継者をつなぐ役目を担います。

セミナーや訪問ツアー、多彩な活動

 3年間で手がけた活動は多岐にわたります。東京で行ったセミナーでは、旅館業や和菓子屋など老舗企業の後継者を講師役に、事業承継や経営戦略などを学ぶ場にしています。イノベーションの土台作りとして、茨城県つくば市でアイデアソンを開きました。後継ぎ経営者らがグループに分かれて議論し、新規事業のアイデアを発表し合いました。

家業イノベーション・ラボが開いたイベント
家業イノベーション・ラボが開いたイベント

 宮治さんは「家業イノベーション・ラボは全国各地に協力団体がいて、全国の後継者を対象にしているのが大きな特徴です」と言います。活動範囲は首都圏にとどまりません。大阪、福岡、島根、北海道では、後継者同士が集う家業イノベーションカフェという取り組みを行いました。また、ANAの協力を得て「Journey +」という企画に参画し、北海道の観光産業やロケット開発に関わる企業への訪問ツアーを仕掛けました。

 宮治さんによると、これまでの参加者は40歳未満が多く、業種も酒蔵や旅館、建設、農業、不動産、タイル屋など様々です。「後継者たちは、経営者である親とは承継に関する話が、なかなか出来ません。親との関係や事業課題など、後継ぎ特有の悩みについて話し合える場を作りたいと考えていました」と言います。

出発点は農家の後継者ネットワーク

 宮治さん自身も農家の4代目です。学生時代、父親とはほとんど話をしたことがなく、慶応大学卒業後、30歳までに起業しようと、パソナに就職します。会社員として働く中で、生産だけで無く、流通や販売、マーケティングまで一貫してプロデュースできる新たな農業を展開しようと思いたちます。しかし、父親には「お前の言うことは地に足がついていない」などと言われたそうです。社会人になって約4年で退社し、家業に入ります。市場に出荷する既存の流通も続けながら、「みやじ豚」というブランドを立ち上げます。問屋の協力を得ながら、飲食店などとの独自の販路を開拓していきました。

 「1次産業をかっこよくて、感動があって、稼げる3K産業に」というミッションを掲げて、宮治さんが立ち上げたのが「農家のこせがれネットワーク」です。「農家は基本的に、家や土地は持っているし、食べ物も自分たちでまかなえる。可処分所得が少なくても、東京で過ごすよりも豊かな暮らしができるのではないかと考え、自分と同じような仲間を増やそうとしました」。全国各地を回り、農家の成功事例を紹介するイベントを開いたり、JAと協力して事業承継に関する冊子などを作ったりするうち、農業以外にも活動の輪を広げようと考えました。

後継者をつなげてイノベーション

 宮治さんは家業に戻る頃から、ETIC.とは交流がありました。事業承継の課題解決を進めようと手を組み、「家業イノベーション・ラボ」がスタートしました。宮治さんは「各地域ごとに後継者が集まる団体はあります。でも、自分のところの経営状態が知られてしまうので、同じ地域だからこそ相談しにくい話もあります。家業イノベーション・ラボで、全国から後継者を集めて、話しやすい場所を作るのが有意義だと思うのです」と話します。

 2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、オンラインで少人数の事業ブラッシュアップ会を開き、後継者の悩みを相談できる場を作ります。ETIC.のネットワークを活用し、地域のサポート団体や地場産業のコンサルタントなどの協力を仰ぎます。「家業イノベーション・ラボ」のホームページでは今年に入り、三重県の精肉店や大分県の縫製工場といった若手後継者のインタビュー記事も掲載するなど、全国の承継事例を伝える工夫を凝らしています。

 全国に張り巡らした後継者同士のネットワークこそが、団体の強みです。宮治さんは言います。「家業の事業承継には、先代や古参社員との関係をどう築いて、乗り越えていくかという問題がつきまといます。先代からビジネスモデルをそのまま引き継ぐと、時代遅れになっている場合もあります。どうやって切り替えてイノベーションを起こしていけるのかを相談できる場を作り、全国各地の後継者同士がアライアンスを組めるような仕掛けも行いたいです」

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