新型コロナで介護施設を廃業「有休100%目指したが…」経営者の助言
過酷な労働環境に比して、待遇の低さが問題視されている介護業界。その待遇改善に挑んだものの、新型コロナウイルスによる影響で廃業を決意した企業があります。決定打となったのは、コメディアン・志村けんさんの死だったといいます。介護事業にチャレンジした理由や、廃業の理由、同じように運営に苦しむ業界への提言について聞きました。
過酷な労働環境に比して、待遇の低さが問題視されている介護業界。その待遇改善に挑んだものの、新型コロナウイルスによる影響で廃業を決意した企業があります。決定打となったのは、コメディアン・志村けんさんの死だったといいます。介護事業にチャレンジした理由や、廃業の理由、同じように運営に苦しむ業界への提言について聞きました。
廃業を決めたのは、スカイト(東京・新宿)です。2014年から、リハビリ型デイサービス施設を東京都内で運営していました。厚生労働省によれば、介護業界の初任給は平均17万円。一方、スカイトは23万円以上に設定していました。しかし、代表取締役の佐野順平さんは、2015年の介護制度の改定に加え、コロナショックによる利用者激減で2020年4月に廃業しました。
佐野さんが介護事業に興味を持ったきっかけは小学校時代にさかのぼります。大けがを負い、脳外科に入院をしていた佐野さんの周りには、同じく入院して医療リハビリを受けているお年寄りがたくさんいたそうです。
医療リハビリの保険適用期間は6カ月まで。病院で佐野氏をかわいがってくれたお年寄りの大多数とは、その後再会できなかったといいます。自宅に戻ったお年寄りのほとんどは、認知症を発症したり、もともとの症状が進行して寝たきりになったりして亡くなっていったからです。
「介護の世界では、動けなくなったお年寄りから寝たきりになり、死に近づいていくのが常識。これでよいのだろうか、自分にできることはないのか――。そう思った記憶がずっと残っていました」
大学卒業後、外資系コンサルティング会社を経て、マーケティング会社を設立。ずっと頭を離れなかった幼少期の経験から、お年寄りが自身で行動するための機能を維持する「機能維持リハビリ」のビジネスに挑戦すべく開業することになります。2014年、リハビリ型デイサービス施設をオープン。30坪、18人定員型の通所型施設で、初期投資額はおよそ4000万円だったといいます。
オープンから6年間、運営を続けてきましたが、決してその運営は楽なものではありませんでした。介護職員は、平均初任給がおよそ17万円弱とされますが、同社では23万円に設定。有給休暇もほぼ100%取得できる環境を作っていたといいます。
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「参入したころ、介護施設の求人を見ると、月額17~18万円からスタート、というものも珍しくなく『なんて安いんだ!』と衝撃を受けましたね。介護の現場で提供している医療技術は日本が誇るべきものです。そこで働く人がこんな低賃金では、とても誇りを持って働くことなどできない、経営者としてそれでは働かせられないと思ったのです」
その理念もむなしく、佐野さんの施設を直撃したのは、新型コロナウイルスによる外出規制でした。なかでも利用者が激減したのは、コメディアンの志村けんさん(享年70)の訃報が報じられた直後だったといいます。通所していたお年寄りやその家族から、休会の要望が続々と届くようになりました。
「もちろんご本人やご家族の気持ちは分かりますし、不要不急の外出は控えるべきです。しかし僕が子ども時代にこの目で見たように、お年寄りがリハビリに通わず、自宅に閉じこもっていてはすぐに動けなくなってしまう。そうすれば、待っているのは死です」
一時期120人から130人だった会員数も3月末までには半減。休会についても、志村けんさんが亡くなった3月29日だけでも、20人近くの休会連絡があったといいます。自治体との契約で、事前に合意した日以外には施設の休日を増やすことはできないため、運営コストを減らすことは難しく、利用者を勝手に増やすことも認められていません。休会者の分は報酬が入らない仕組みです。
運営が立ちゆかなくなり、自治体の承認のもと、3月30日に施設の閉鎖を決定。4月17日を最終営業日として完全に閉所しました。6年間、ほとんどスタッフを入れ替えずに運営してきました。
「良いスタッフに恵まれたおかげで、何とか運営してこられた。だから本当につらい決断でした。今後は、介護施設の倒産もどんどん増えていくのではないかと思いますね」
もともと、施設の運営は厳しい状態にありました。その理由の一つが2015年の介護保険報酬の改定です。厚生労働省がとりまとめた経営実態調査結果をもとに、社会保障審議会などで、介護福祉施設の収益性がほかの業種より高いことが指摘され、2015年の改定で、デイサービスの要支援の利用者に関する売上が大幅カットになりました。
これに対し、佐野さんは「そもそも、介護施設の経営者が決算を黒字にしているのは、施設のオープンや機器の調達などで、銀行から資金の借り入れと返済が必要だからです。赤字続きでは、いざという時に銀行には相手にされません。オーナーがもうかっている、という施設は私の知る限り一つもありませんでした」と反論します。
佐野さんによると、定員18人程度の施設で、稼働率が80%とすると、売上は月に約250万円程度。しかし介護保険法の決まりで介護職員2人、相談員1人、看護師1人、施設長1人の5人は必ず配置をする必要があります。人件費で月間130万円以上、さらに、施設の店舗賃料やスタッフの採用費なども支払うと、オーナーの利益はほとんど残りませんでした。
そのほか、大きく利益を圧迫していたのが看護師の有給休暇でした。代替の看護師を施設に滞在させる必要があり、看護師の人材派遣会社などを経由すると、給与として1日1.5万円、更に派遣会社などに支払うもろもろの手数料などで別途3万円が発生したそうです。
「介護事業を経験して思うのは、成功させるには施設の規模をかなり大きくするか、社長がお金を取らずにがんばるか、しかないのではないかということです」
介護施設の規模自体が大きければ、看護師の在籍数も多く、休暇で不在の看護師の代替人材も、同じグループ内で融通できる可能性があります。事実、佐野さんの役員報酬は6年間ゼロでした。他に経営しているマーケティング関連会社からの給与があるため、役員報酬を取ることなく、無給で運営していました。
今後、当面は介護業界に再度参入する予定はない、という佐野さん。結局、初期投資の4000万円は回収できないままでした。介護の世界を変えていくにはどうしたらいいのでしょうか。
「事業者自身が声をあげていくことが必要だと思うのです。国に対して事業者が戦っていかないと、この国は変わりません。だめなら、介護ストをやるくらいの勢いが必要かもしれません」。まだまだ過酷な待遇についても、誇りを持って働けるようにするべきだと訴えています。
「うちが運営していた施設で、ボーナスも入れて平均年収が350万円くらい。日本の平均年収にこれでも届くか届かないか、くらいです。そこにいい人材が集まるでしょうか。国の事業で、準公務員と言ってもいいような人たちが、これで誇りを持って働けるでしょうか。私にはとてもそうは思えません」
佐野さんは、「介護は世界に輸出できる、日本の輸出産業になると思っています」と語ります。人口が先細りし、高齢者がますます増えていくなか、新しい収益源を生み出していかなければならない日本。「しかしこのままでは、介護大国としてのメリット、先行者利益も逃してしまうのではないかと危惧しています」
新型コロナの影響は多方面に及び、戦後最大の経済危機が訪れる可能性もあります。やむなく廃業を決断しなければならない経営者に対して、佐野さんはこのように話しました。
「悩んでいるなら、一度振り出しに戻してみることも一つの手段ではないでしょうか。こと介護業界に関していえば、率直なところ、介護業界の中ではデイサービスは経済回復が最も遅い分野になるかもしれません。新型肺炎の死亡率が高い高齢者にとって、デイサービス施設はクラスター発生の恐怖から逃れることができないからです。たぶん、2年近い戦いになると思います」
「本音を言えば介護業界は、新型コロナの影響による廃業が1件でも多ければ多いほど、良い待遇・環境に変わるかもしれません。国の事業なので、消滅しては困る業界に変わりはないからです。『自分も介護業界の改善のために辞めるんだ』。そう思えば、自身への名分も付くでしょう。この先数年、もしかしたら良い状況下に転ぶかもしれないという希望を持つことも否定はしません。しかしその一方で、経営者にとって最も重要な判断の一つは『損切り』であることもまた事実です。損をしたときには、損を確定させて次の一歩へ進む。その行為がいずれ、この国の介護業界の基盤を築き直すかもしれないと思うと、それも悪くないのではないでしょうか」
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