中小企業のBCP策定、老舗料亭が準備した6ステップ コロナのさらなる拡大に備える
近年、企業経営でBCP(事業継続計画)策定の重要性が高まっています。自然災害や新型コロナウイルスのような感染症などの緊急事態が発生したら、どのような計画に基づき、事業継続を目指せばいいでしょうか。架空の料亭「月乃亭」を舞台に解説します。
近年、企業経営でBCP(事業継続計画)策定の重要性が高まっています。自然災害や新型コロナウイルスのような感染症などの緊急事態が発生したら、どのような計画に基づき、事業継続を目指せばいいでしょうか。架空の料亭「月乃亭」を舞台に解説します。
「緊急事態宣言の解除か・・・」。5月も半ばを過ぎたある日、地方都市にある月乃亭の専務取締役・Aさん(35)は、テレビニュースを見ながら言いました。月乃亭は地元で有名な老舗料亭で、Aさんの父親が代表取締役を務めます。幼少の頃から後継者と目され、喜び勇んで役員になったのは年明けのこと。新米専務として走り出した矢先のコロナ禍でした。
料理人だった父は30年前に、月乃亭を創業しました。今では従業員120人を誇り、市内で3店舗を展開しています。夜は企業の接待に利用され、お昼のカジュアルランチもツアー客に大好評です。中でも、料理人だった父が得意とする黒豆が好評で、店舗やデパートはもちろん、10年前から自社のECサイトで販売し、人気を集めています。
Aさんはコロナの影響が顕在化し始めた3月からの2カ月間、どのように危機対応したのでしょうか。まずは、3月後半からの動きを見てみましょう。
月乃亭では3月中旬頃から、少しずつデパートでの売り上げが落ち始め、仕入れの発注も少なくなりました。3月下旬からは旅行ツアーに組み込まれていたランチのキャンセルも目立ち始めました。
その頃、県内の感染者数が2ケタに近付きそうになりました。「緊急事態宣言が発動されるかもしれない」。そう思ったAさんは、まず総務部長と相談し、従業員向けの緊急連絡網とメーリングリストの作成、従業員への検温や一定程度の熱があった場合の出社停止を義務付けました。
さらに、2月上旬から開始していた手洗いやマスク着用、アルコール消毒などの励行、来訪者管理を徹底させました。特に、調理場には多くの発送業者も訪れます。各業者の責任者に連絡を取り、調理場に入る時のマスク着用、消毒、立ち入り場所の制限を求めました。
3密を避けるために、店舗勤務の従業員も、お弁当とおつまみ作り、販売に必要な最小限の人員でシフトを組みました。事務方の従業員はリモートワークに移行し、オンライン会議を導入しました。
そして、Aさんは、万が一の資金枯渇に備え、経理部長を呼び、ツアー客等の減少率を踏まえて、将来的な売り上げの予測、コスト、利益を計算し、現時点で受けられそうな補助金、助成金をピックアップしてもらいました。
4月7日に緊急事態宣言が発令され、Aさんの住む都市も対象となりましたが、これらの対策が終わったのは、発令から2週間が経過した4月下旬でした。
予期せぬ出来事に冷や汗の連続だったAさんは、緊急事態に遭遇した時の大変さを知りました。今回は何とか凌ぐことができましたが、Aさんはコロナウイルスの第2波も見据え、あらかじめ緊急事態に対応できる体制を本格的に構築しなければと痛感しました。
そこで、言葉だけは知っていたBCPを本格的に作成し、感染症対策にも応用したいと思い立ちました。では、月乃亭がBCPを策定するとしたら、何から手を付ければいいのでしょうか。最低限把握しなくてはならない事項を、順に見ていきましょう。
そもそも、なぜBCPが必要なのかを説明します。
災害や大きな事故が発生した場合、企業では稼働できる従業員や設備の数が少なくなり、平常時と同じ対応を顧客に行うことはできません。月乃亭だと、大地震が起きて店舗や調理場のガラスが割れ、食器や調理具が散乱し、出勤できる従業員も限られる事態が想定されます。
事故が起きて初めて、資金繰りの対策や人材育成の不十分さが露呈し、経営者自身も被災して判断ができなくなることもあり得ます。事態が起きてから、ダメージを回復する施策を打ち出しても、大きな効果は期待できません。
しかし、事前にBCPを策定しておけば、自社の現状について正確かつタイムリーに把握できます。緊急時に備えた施策が明らかになり、コロナ禍で資金繰りについて金融機関に相談する場合などにも、事業継続について説得的に提案し有利な交渉を実現することも可能です。
また、災害や事故だけでなく、コロナ禍のような事態が起きて経営資源が限られても、BCPの手順に従って迅速にオペレーションを実施し、店舗の再開ができれば、従来の顧客が離れるのを防ぐことにつながります。
したがって、以下の1~3を迅速に把握し、実行できる計画を作ることが必要です。
実際に計画が実行されるように、平時から従業員への周知やシミュレーション等をしなければなりません。これがBCPの本質です。BCPの策定は、顧客のみならず、株主、取引先、従業員といったステークホルダーの不利益を最小限に抑えて、企業の社会的責任(CSR)を果たし、被災後も事業を継続するために、不可欠な経営戦略であることを認識しなくてはなりません。
BCPの策定は以下の6段階のステップで行います。
今回は、中小企業庁作成の「中小企業BCP策定運用指針(PDF*1660KB)」入門コースのひな形を参考に、各ステップの概要を見ていきます。今回紹介する概要は最も基礎的な部分で、小規模企業を想定したものです。実際に策定する場合は、会社の規模に合わせて中小企業庁のホームページ掲載の中級、上級レベルのひな形を選び、士業やコンサルタントなどの活用をおすすめします。
まずはBCPの「目的」です。中小企業庁のひな形では、「本計画は、緊急事態(地震の発生等)においても、従業員及びその家族の安全を確保しながら自社の事業を継続することを目的として策定したものである」とあります。
次に「基本方針」です。ひな形には、以下の項目が掲げられています。
企業には、従業員とその家族の生活を守り、商品・サービスの提供で顧客の信用を失わず、さらには地域社会の一員としての役割も果たす必要があります。BCPの基本方針も、従業員の雇用、顧客からの信用、地域経済の活力(地域への貢献)の3つを守るために、どのように行動すべきかを考えるとより決めやすくなります。
自社特有の方針も入れておくと、より効果的でしょう。例えば、月乃亭の店舗は観光ツアーのランチに利用されているので、「地域の観光および文化の発展に貢献する」という文言を入れることが考えられます。ひな形の水色部分が自由記載欄なので、書き込んでみます。
緊急事態の発生時には、限りある人員やモノ、資金の範囲内で事業を継続させ、基本方針を実現しなければなりません。すべての商品、サービスの提供を目指すのではなく、停止されれば、自社の売り上げに大きな影響を及ぼす重要な商品・サービスをあらかじめ定め、優先順位を付ける必要があります。
例に挙げた月乃亭では、老舗料亭の他に、喫茶室を営業しています。しかし、あくまで全体の売り上げの半分を占める料亭の事業が主力です。そこで、ひな形の重要商品名の欄に、以下のように埋めました。
ひな形の項目にはありませんが、おおよその目標復旧時間も決めておくとよいでしょう。例えば、地震で輸送経路がストップし、原材料の仕入れも途絶えた場合、店舗での飲食サービスは提供できません。輸送経路が復旧して仕入れが可能になっても、客足がすぐに元通りになるとは限りません。
原材料の在庫の数や賞味期限を確認し、提供できるサービスの数をふまえ、営業時間の短縮等も視野に入れて再開することが考えられます。目標復旧時間については、ある程度大きな地震が来たと想定し、行政機関の発表資料等を踏まえながら、道路の復旧にどれくらいかかるか等を予想し、大体のメドを立てておきましょう。
例えば、料亭「月乃亭」で、お客様への飲食サービスの提供を実現するためには、30%の復旧に2週間、50%に4週間、完全復旧には6週間掛かると想定できます。
重要商品を提供するために必要な業務を、ピックアップしてリスト化すると、より実用的になります。例えば、「調理場・ホールの稼働可能な人員のチェック」「原材料の在庫の確認」「原材料の仕入れルートの確認」「調理場のガス台等の稼働チェック」「レジのお釣りの確認」などが挙げられます。なお、コロナのような感染症が発生した場合には、消毒液の設置等の感染予防対策を入れるなど、起こり得るアクシデントごとに、必要業務の内容を変えておくことも大切です。
以下は、中小企業庁作成のひな形にある震度5弱以上の「被害想定」です。このひな形を、自社に起こり得る新型コロナ、インフルエンザ等の感染病や、大型台風に書き換えることで、被害に応じたBCPを策定できます。 特に自然災害の場合、自治体のハザードマップ等を利用し、避難所への避難ルートを確認するとともに、自社に起こり得る影響を客観的に把握、予測することが大切です。
被害が発生した場合、会社は従業員等の安全を確保した上で、重要商品(サービス)を顧客に提供しなければなりません。そのためには、従業員や設備等、様々な経営資源(人、物、情報、資金等)が必要となります。緊急時に経営資源をどうすれば確保できるのかを、平時から検討することが大切です。
中小企業庁のひな形の「重要商品提供のための対策」に基づき、順に記入していきます。まず、重要商品を<料亭「月乃亭」におけるお客様への飲食サービスの提供>と定めます。
ノウハウの見える化を
月乃亭における重要商品「お客様への飲食サービスの提供」を続けるには「人員」の確保が不可欠です。
したがって、以下の「何をやる?」の欄には、災害時において従業員の状況を把握し、必要な従業員の出勤・勤務を確保する対策を記載する必要があります。ここでは、地震等の自然災害を想定した対策の一つとして、従業員の携帯電話を用いた緊急連絡網による安否確認について記載します。なお、人数が多い企業の場合、スマホアプリ等で各従業員に一斉に通知を送れる既存の安否確認サービスの利用もおすすめです。
また、電話がつながらない場合に備え、LINE等のSNSアプリを各携帯にインストールし、非常時にはチャットで連絡を取れる状態にしておくことも一案です。災害の影響で帰宅できない従業員の食料と水、簡易トイレなどを3日分程度備えておくことも忘れてはなりません。
中小企業にとって大切なのは「あの人がいないとできない」という事態を、いかに防ぐかです。一部従業員しかやり方を把握していない業務が複数あるなど、ノウハウが偏っているようでは、健全とは言えません。 会社を永く存続させるには、ノウハウを見える化し、いざというときにその時いる人員で業務を回せることが必要です。
物不足や電源確保への備え
「物」への事前対策は、まず調理設備の固定が考えられます。道路の断絶で原材料の調達が不能になったり、地震によって工場が倒壊したりする等の場合も、 原材料という「物」の不足が生じる恐れがあります。代替策を考えておきましょう。ひな形にはありませんが、通信手段やパソコン使用のため、電力の確保も重要です。自社で必要な電力を計算し、発電機の導入などを検討してもよいかもしれません。
顧客と連絡が取れる体制を
「情報」への事前対策も必要です。重要データのバックアップは当然ですが、重要書類の原本の保管は各法令上で義務付けられていることから、火事等で重要書類が滅失しないよう事前の対策が必要です。なお、データの保管は外付けハードディスクやCD-ROM等の外部媒体に頼る企業も多いかもしれませんが、地震や火事の場合は破損、紛失リスクが避けられません。セキュリティの高いクラウドシステム導入の検討をおすすめします。
緊急時には、取引先にすぐ連絡が取れる体制にしておくことが重要です。特に月乃亭であれば、ツアー客を集める旅行代理店は重要な顧客です。コロナ禍はもちろん、地震等の災害によってツアーのキャンセルが相次いだ場合のキャンセル料金や支払いのタイミング、ツアー客の復調の見込みなどについても、密に連絡をし合う関係を築くことが必要です。また、一般顧客の信用を維持するためにも、営業時間の変更等について、ホームページですぐに発信できる体制を整えておきましょう。
緊急時の融資元をリスト化
今回のコロナ禍のように、事業が停止した場合の資金繰りは、企業にとって生命線です。事前の対策としては、収入の減少、復旧費用の両面から考え、災害時に利用できる日本政策金融公庫などの融資をチェックすることはもちろん、保険によるリスクヘッジの検討も必要です。そして、実際に事業が停止した場合、経営維持のため、1カ月間にいくらが必要なのかを調べ、行政機関等のホームページにアクセスして緊急の融資を受けられる金融期間等も把握し、リスト化しておきましょう。
外部との連携も視野に
最後に「その他の事前対策」ですが、最初から外部と連携するBCPを策定することは難しいかもしれません。しかし、地域貢献という観点から、避難者の受け入れや食事の炊き出しで協力体制の構築を提案し、その延長で調理具などの備品が破損してしまった場合には、一時的に借りる約束をすることなどは比較的容易ではないでしょうか。
コロナ禍にアレンジする場合は
自然災害等による物損や交通手段の断絶等の物理的な被害を前提としたベーシックなBCPが出来上がったら、コロナ等の感染病対策にアレンジしたものを用意しておけば、いざという時に安心です。コロナ禍で営業自粛が要請され、テイクアウトの営業を開始する場合の例を見ていきましょう。
この場合は、まず「重要商品の提供」には看板商品、例えば月乃亭であれば、和牛サーロインステーキの提供を記載します。そして「被害想定」は店舗営業の自粛、人数制限、時間制限による売上の減少が該当します。
事前対策については、「人」が接客担当の従業員をデリバリー担当にする等の配置転換を前提にしたシフトの作成、「物」が容器の確保、「情報」はUber Eatsやタクシーを利用したデリバリー等の実施に備えた各会社への連絡体制、「金」は緊急融資や持続化給付金等の給付金、「その他の事前対策」は冷めても美味しいメニューの開発、熱々のままで料理をデリバリーする工夫、酒類販売の免許取得、自社配送の場合は、配送体制の整備や配送途中に事故に遭った場合の保険加入などが考えられます。
緊急事態発生の際、対応にあたる意思決定機関と、指揮を行う統括責任者を決めることが重要です。統括責任者が不在だったり、被災したりする場合もあるので、代理責任者も決める必要があります。
緊急事態が起きた場合、会議室などを利用して災害対策本部を立ち上げます。例えば、月乃亭の場合、招集メンバーは社長と専務のAさんにして、「震度5強以上の地震が起きた場合には、災害対策本部を立ち上げてBCPを発動する」というルールを決めておけば、BCPは実効的になります。
入門編のひな形に追加して、テレビ・ラジオ、ホワイトボード、ヘルメット、軍手、懐中電灯等の災害対策本部の備蓄品もリスト化しておきましょう。
BCPは策定して終わりではありません。緊急事態発生時に従業員がBCPを活用し、適切な対応をして顧客にサービスを提供できて初めて効力を発揮します。策定後も、従業員に内容や重要性を理解してもらうことが何よりも大切です。例えば、毎年9月1日に防災訓練を行い、緊急連絡網を確認し、BCP研修も設けて、ウェブテストなどで緊急時にどのような行動を取るべきかを、従業員に知ってもらう方法もあります。
BCPの内容は、必要に応じて見直すことが重要です。月乃亭であれば、旅行代理店等の取引先情報のアップデート、日々の売り上げ管理、原材料の仕入れ先ルートの再確認、従業員に対する業務マニュアルの周知などです。変動があれば、その都度BCPの見直しを行うかを検討し、必要があれば反映します。
事前対策の進捗や問題点も定期的にチェックし、内容や実施時期を再検討してもいいでしょう。策定したBCPの中に見直しの基準を記載し、随時確認しましょう。課題の抽出→改善策の検討→実行→評価→改善を繰り返してBCPはより良いものとなります。
2020年に入ってから、世界中を襲ったコロナ禍。日本では「災害に備えてBCPを」と言われてきましたが、これからは感染症対策も視野に入れなくてはならない時代です。そして、他にも事業継続の脅威となるアクシデントが起こらないとも限りません。
「何が起こっても事業継続ができる」という体制を事前に構築しておくことが、これからの経営には必要です。BCPの策定は、中小企業庁のホームページに詳細なマニュアルがあるので、ご自身でも目を通すなどして理解を深めましょう。
何よりも大事なのは、従業員の皆さんに緊急事態に備えた対策が必要であることを理解してもらうことです。研修はもちろん、日常会話やランチタイム等に、非常事態が起きた時の備えについて話し合ってみるとよいかもしれません。(取材協力:東京双和法律事務所代表・大宅達郎弁護士)
※参考資料:中小企業庁編「中小企業策定運用指針」、中小企業庁編「中小企業BCP支援ガイドブック」、「中小企業と小規模事業者のBCP導入マニュアル~事業継続計画策定ですべきことがわかる本」(阿部裕樹著、中央経済社)
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