「ECサイトのPR不足」老舗コーヒー卸売業の悩みを解決した副業人材
猪尾愛隆
(最終更新:)
地方にはビジョンもアイデアもエネルギーもある魅力的な経営者がたくさんいるのに、そのアイデアに共感し実現させる人材と出会えず、実行すれば成果も出やすい事業が前に進まずに、もったいないと感じることにたくさん遭遇します。そんななか、神戸市灘区でコーヒーの焙煎・卸販売を手がける創業92年の「萩原珈琲」の4代目萩原英治さん(38)が、副業・兼業人材の力を借りてECサイト(インターネット通販)の強化を始めました。新型コロナウイルスで経営が厳しい環境下で、新しい人材は4代目の気持ちを前向きにもしています。(企画構成・国分瑠衣子)
萩原珈琲
1928年創業。関西圏を中心に北海道から長崎県まで喫茶店や菓子店、レストランなど約1千カ所にコーヒーを卸している。神戸、大阪市内の商業施設などに直営店6店舗を展開。初代・萩原三代治氏から受け継がれてきた炭火焙煎が特徴で、豆の状態に合わせて炭火を調整しなければならず、焙煎に時間がかかる一方で、コーヒーが冷めても味が落ちにくい。萩原孝治郎社長が3代目で、4代目の英治さんはマネージャー。
ECサイトがあってもPRできなかった
新型コロナウイルスが拡大する前から、英治さんが社長や社員に理解を求めてきたことがありました。それが消費者に萩原珈琲を知ってもらうことです。これまでは卸販売というBtoB事業でしたが、取引先の喫茶店のオーナーの高齢化も進んでおり、事業承継しない店も目立ってきていました。そこで「これからの人口減少社会では、これまでの経営方法とは変わってくる。消費者に知っていただくということが重要になる」と訴えてきました。
実は、10年ほど前からECサイトを始めていたのですが、これまできちんとPRしたことがありませんでした。英治さんは「卸売業のため、EC事業で消費者と直接つながることは、取引先にどこか遠慮のような気持ちがありました」と打ち明けます。社内にも「職人気質の会社が名前を売り込むなんて……」と保守的な考えが根強く残っていました。
コロナで変わった直販の意義
しかし、新型コロナウイルスが全国に感染拡大し、萩原珈琲の取引先や直営店が休業を余儀なくされました。そんななかで、英治さんは父の孝治郎社長と今後の事業について話し合う機会が増えました。
外出自粛や在宅勤務で自宅で飲むコーヒーの需要が高まっていました。しかし、英治さんはそれだけでなく「ECを通して多くの人に知ってもらい、『あの喫茶店に行けば、萩原珈琲のコーヒーが飲める』となれば、自社だけではなく、お得意さんも守ることになる。筋の通った事業に育てたい」と考えました。ECに力を入れてもこれまでの得意先が最優先であることは変わらず、今後、サイト上に取引先である喫茶店の情報を掲載する計画です。
神戸市の補助事業を活用
萩原珈琲が副業・兼業人材を活用するきっかけになったのが、神戸市とJOINSとの連携協定です。
協定では、神戸市が「業務の効率化によるコスト削減」や、「新商品や新しい販路開拓のための新事業の創出」などを模索している市内の会社を募集、JOINSのシステムを使い、副業・兼業人材とマッチングします。
神戸市の狙いは(1)高いスキルを持つ副業・兼業人材と地域企業のマッチングを通じて、地域企業と産業を活性化すること(2)神戸で働くことに対するプラスのイメージを醸成し、地域のブランディングを図ること――の2点です。マッチングした場合は、神戸市が人材の人件費の半額(最大3カ月間で15万円)を補助します。
また、神戸市が今年3月、東京・有楽町の「ふるさと回帰支援センター」に開設した移住相談窓口でも、JOINSのWebサイトを活用して就労をサポートしています。将来的に移住やUターンを考えている人に、副業・兼業人材として、まずはお試し移住をしてもらうという取り組みも始まっています。
業務提携の流れ
「珈琲豆を個人向けに販売するECサイトの強化」という萩原珈琲の業務で、約1600人が登録するJOINS内で4月2日~16日に募集したところ、大手IT企業でWebマーケティングやEC業務の実績のある人など14人から応募がありました。
業務契約までのスケジュールは、次の通りです。
- 1次面談:主にオンラインを通じて4人に実施
- 2次面談:オンラインを通じて3人に実施
- 契約条件合意:5月1日に1人と合意
- 業務開始:6月1日
契約を結んだのは東京都内のIT関連企業で働く30代の男性です。既にECとFacebookのデータ分析を始めていて、男性のアドバイスを基にEC内の表現や見せ方を変えています。英治さんは「初回のウェブ会議で約20ページの分析結果を提示してもらいました。指摘も鋭く、細かい部分まで突っ込んで話してもらえるので修正点を見出しやすい。資料には専門用語の解説も書かれていて、助かります」と評価しています。
英治さんは神戸市で4月に開かれた記者会見にも登壇し、この事業について「新型コロナの影響で、気持ちが落ち込む時もありました。でも、アイデアや意見をもらい、前に進みたいと思っています。いつかオンラインでの工場見学にもチャレンジしてみたいと考えています」と話しました。
働き方改革で副業・兼業が解禁、企業には買い手市場
働き方改革の一つとして、政府はいま、副業・兼業の普及を後押ししています。具体的には、2018年(平成30年)1月、会社員が副業や兼業をしやすくするため、就業規則の参考になる「モデル就業規則」を見直し、労働者の遵守事項の「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定を削除しました。副業・兼業について、企業や働く方が現行の法令のもとでどういう事項に留意すべきかをまとめたガイドラインも作りました。
人手不足と言われる中、副業・兼業市場は企業側から見て買い手市場となっており、地方の中小企業でも経験のある優秀な人材を確保できる可能性が十分にあります。
副業・兼業が経営者のアクションを後押し
魅力的な経営者がアクションを起こすときに必要なものが二つあります。一つが、アイデアを実現するために一緒に汗をかいてくれる人の存在です。もう一つが、きっかけです。本当はやりたいことたくさんあるのに、様々なしがらみなどで実行できなかったことが悔しい思いをしてきました人がたくさんいます。
しかし、コロナで今までと同じことができなくなったときだからこそ、しがらみを断ち切って前に進もうというきっかけが生まれています。新たな取り組みを加速させたいと考えている事業者をお手伝いしたい、一緒に自転車をこぐ人をつなぎたいと考えています。
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この記事を書いた人
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猪尾愛隆
JOINS代表取締役
1977年、東京都生まれ。2002年慶應義塾大学大学院修士課程修了。博報堂に入社し、法人営業を3年間経験。2005年クラウドファンディングのスタートアップに入社。事業立ち上げ・運営に12年間従事。2017年6月に退職し、大都市の副業人材と地域中小企業をつなぐ人材シェアリングサービスを提供する「JOINS」を創業。
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