「酒蔵は変わらないままでいいのか?」6代目の意識改革が生んだヒット商品
京都府福知山市で、2018年1月に開設した「ドッコイセ!biz(福知山産業支援センター)」のセンター長を務めています西山周三です。センターで事業者の皆さんの経営相談を受けると同時に、福知山市に隣接する兵庫県丹波市で170年の歴史をもつ酒蔵「西山酒造場」の6代目蔵主として日々奔走しています。今回は、酒蔵の「後継者」として、歴史のある企業をどう変えていくのが良いかについてお伝えしたいと思います。
京都府福知山市で、2018年1月に開設した「ドッコイセ!biz(福知山産業支援センター)」のセンター長を務めています西山周三です。センターで事業者の皆さんの経営相談を受けると同時に、福知山市に隣接する兵庫県丹波市で170年の歴史をもつ酒蔵「西山酒造場」の6代目蔵主として日々奔走しています。今回は、酒蔵の「後継者」として、歴史のある企業をどう変えていくのが良いかについてお伝えしたいと思います。
美しい山々と川に囲まれた自然豊かな土地で、清酒蔵として創業。代表銘柄の「小鼓(こつづみ)」は、3代目蔵主の西山泊雲(本名:亮三)が、弟の泊月とともに俳句に傾倒し、高浜虚子に師事した縁による、俳人高浜虚子によって命名された。この繋がりから、文化人を中心に小鼓の名が全国へ広がった。竹田川の伏流水である、蔵内の井戸水「椿寿天湶(ちんじゅてんせん)」を使用した清酒は、やわらかな味わいが特徴で、料理を引き立てる食中酒として愛飲されている。
酒蔵の長男として生まれ、いずれは後を継ぐ身でしたが、大学卒業後には全く別業種の読売テレビに就職。営業マンとして5年間勤務し、ナショナルブランドの大手企業なども担当しました。そして、様々な企業と関わるなかで、自社を守るためには「常に変化すること」こそが、重要だと気づかされました。
伝統産業の多くは、「昔ながら」という言葉が先行し、変わらないことが重要であると認識されがちです。もちろん、「お客様への想い」や「こだわり」など、自社の柱となる、変わるべきではない、尊重すべきものもあります。しかし伝統とは、時代の変化に伴い、変わっていくことで、次世代に受け継がれていくものです。
変わることを恐れないのは、次世代の特権。故郷の止まった時間を動かすことが、自分自身の使命だと感じたのです。そして今から18年前に、故郷の酒蔵へ戻りました。
皆さんは、日本人口1.265億人のなかで、「日本酒を好んで飲んでいる人」が何割なのか、ご存知でしょうか。実は、8%程度で、今もなお減少傾向にあります。アルコールの国内需要が減少していく中、日本酒を取り巻く環境は衰退の一途をたどっています。変革は、必要不可欠です。
酒蔵へ帰った当時から、この問題は顕著に表れていましたが、製造現場には「伝統を守ること=変わらないこと」という考えが深く根付いていました。このままでは自社の伝統が途絶えてしまう、そう思い立ったが吉日、積極的に現場に顔を出し、時に対立しながらも、現場の職人たちと対話を重ねました。そして少しずつ、しかし確実に、自社の変革は始まりました。
まずは、酒造りの中心となる製造現場の意識を変えることから始まりました。
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清酒業界では、古くからのしきたりがあります。その一つが、製造する蔵を女人禁制とし、酒造りを担う蔵人を男性に限定するものです。しかし、良い酒を醸すことに、国籍や性別は関係ありません。明るい製造現場だからこそ、良い製品を造ることが出来るのです。
そこで、蔵人として女性や外国籍の人も積極的に採用しています。また、会社全体としても、正社員とパートを合わせて60人程度が働いていますが、その3分の2は女性です。さらに、これまで酒造りの技術は、職人の勘と経験に頼っていたところを、「誰がやっても安定した品質を保つ」ために、技術を数値化・データ化するよう徹底しています。
人の意識が変われば、モノづくりも変わっていきます。近年は、清酒だけでなく、焼酎、リキュール、ノンアルコール製品などを製造、特に「こうじ甘酒」を使用したノンアルコール商品の開発に力を入れています。清酒の製造が中心だった自社が、ノンアルコール製品に取り組むきっかけとなったのは「飲むヨーグルト」でした。
なぜ酒蔵が?と疑問に思われたように、そのきっかけは偶然でした。ある日、北海道に出張していた際に、無糖のヨーグルトを飲んでひらめいたのです。「自分たちの技術で、無糖でも甘いヨーグルトを造れるのではないか」と。早速そのアイデアを蔵へ持ち帰り、蔵人たちと協議を重ねました。そして、こうじ甘酒を砂糖の代わりに組み合わせる「甘酒ヨーグルト」の構想が生まれたのです。
原料は、新鮮なヨーグルトと、米だけで造るこうじ甘酒のみ。試行錯誤の末に、砂糖不使用・無添加・ノンアルコールの飲むヨーグルトが完成しました。こうじ甘酒の甘味と、ヨーグルトの酸味がほど良く調和し、それぞれのクセが苦手な人から「これなら飲める」という声もいただいています。
この「こうじ甘酒」と「ヨーグルト」の組み合わせですが、実は、製造においては相当なリスクがあります。酵母菌を扱う酒蔵と、乳酸菌を扱う乳業メーカー。お互いの製造ラインに、菌を持ち込むことは許されないのです。そのため、類似製品の参入障壁となっています。この壁を乗り越えることが出来たのは、「新たな挑戦が必要だ」ということを、製造現場から営業課まで、全員が信じていたからです。
また地元の乳業メーカーに丹波を盛り上げていくためには、共に困難な商品開発に立ち向かい新たな商品を世に出すことを理解してもらえたことが大きな要因です。自社だけでなく他社と協力することで、厳しい品質管理と慎重な取り扱いにより、リスクを回避することが出来たのです。それまでの「今まで通り」で安心する意識のままでは、決して得ることの出来ない結果でした。
こうして、2011年に販売を開始した甘酒ヨーグルトは、初年度には3万本の売上、そして今では累計売上で200万本を超えるようになりました。子供からお年寄りまで、幅広い世代の方々にご愛飲いただいています。また、関西圏を中心に、スーパーやコンビニなど、これまで清酒だけでは得ることの出来なかった販路を獲得しました。これも、ノンアルコール製品であること、そして類似製品の少ない、特徴的な製品だからこそ。引き続き、あらゆる分野での新規開拓を進めています。
挑戦はノンアルだけではありません。酒蔵の要である清酒は、「フレッシュ」にこだわり、四季醸造での製造に切り替えました。一般的な酒蔵では、冬の間に醸造し、1年を通して販売しています。そこで自社では、製造、仕上げ、出荷の工程を2か月前後でローテーションし、常にお客様へ「フレッシュな清酒」を提供しています。清酒が苦手という方の多くは、貯蔵の過程で発生する独特の香りをイメージしています。フレッシュな清酒はそのイメージを一新する力があると考えます。
さらに、清酒だけではなく、地元・丹波の特産品である栗や黒豆を使った焼酎、酒蔵初となるホワイトブランデーを製造。製品を通して、丹波という土地の素晴らしさを発信することが、酒蔵の使命だと考えています。
また、市場を広げるため、海外のコンテストに積極的に出品しています。今では、地元丹波から飛び出し、世界35カ国への輸出も実現しました。
蔵に戻るまでの私は生まれ育った蔵に絶大なる信頼をおいていました。しかし、大学卒業後、東京で会社員を経験し、田舎でゆっくりと時が流れている蔵の常識と世の中との乖離を感じました。そこで大きな改革のためには、自分が嫌われ役になってでも新しい風を蔵に入れることにしました。
父、古くから頑張ってくれていた社員たちに、企業として生き残るためには今の時代何が必要なのかを何日も何時間も話しました。私も若かったので話というより喧嘩でした。次にお客さま目線を大切にするため外からの目線をいれることにしました。積極的に女性、Iターン、別の職種からの転職者を採用し、新しい視点で蔵を動かしてもらいました。
私が入社したとたん、新しいことはしないといけない、色んな人間が増える、戸惑い、反発がたくさんありました。みんなのベクトルをお客さまに向ける、そのために私が講師として勉強会をしたり、外部研修、他社見学と教育に力を入れました。また部署異動も積極的に実施し、皆で造り、皆でお客さまに喜んでいただく、という体制を作りました。みんなが一つにまとまったと感じるまで何年もかかりました。
自分たちの仕事の中で、理由なく「当たり前」になってしまっているものは、時間が止まっている証拠です。自社を守り、伝統を次の世代にも引き継いでいくためには、止まった時間を動かすことが、我々経営者の使命です。現状を見つめ直し、変化を恐れず、行動すること。そしてこの意識を全社で共有することが、何よりも大切なのだと深く感じています。
福知山産業支援センターには、「変わりたい」という強い意思を持った方々が、たくさんいらっしゃいます。自分自身が悩んできた課題だからこそ、痛いほど気持ちが分かりますし、皆さんの力になりたいとより強く思うのです。今後もセンターでは、相談者の皆さんと共に、現状を分析し、時間を動かし、変化するためのサポートを続けていきます。
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