後継ぎと学園都市とのコラボ

 家業イノベーション・ラボのアイデアソンは、2019年8~12月に、つくば市で5回開かれました。家業などで新規事業を考えている後継ぎと、研究学園都市のつくば市が誇る研究者や学生たちが、一緒に議論しました。

 アイデアソンをコーディネートしたTsukuba Place Labの堀下恭平さんは「つくばの学生起業家たちによる柔軟な思考やアイデア、そして爆発的な実行力を家業と組み合わせることで、価値創造を狙いました。つくばの参加者にとっては、普段はあまり触れることのない家業の課題や可能性に触れ、自身のアイデアをビジネスに実装できるチャンスとなります。家業のイノベーターにとっては、先端技術や若い柔軟なアイデアに触れられる機会になります」と狙いを話します。

 6月の報告会では、全国の後継ぎ5人がオンラインで「登壇」し、アイデアソン発の新規事業の経過報告をしました。

竹製歯ブラシを個人向けに販売

 名古屋市の店舗プロデュース会社「豊和」の2代目、山本美代さんは自社で開発した竹製の歯ブラシを広めようと、アイデアソンに参加しました。同社は山本さんの母親が1975年に創業し、飲食店に割り箸やプラスチックのカップを卸す事業から始めました。今では店舗の改築やプロデュースにも幅を広げています。

 山本さんは環境に配慮した持続可能な商品づくりを行おうと考えていました。「ホテルにアメニティーの販売をしていましたが、歯ブラシも夜と朝使ったら捨てられてもったいないと思い、竹製歯ブラシを開発しました」

 しかし、アイデアソンの前は、竹製歯ブラシの販売・マーケティング戦略や、パッケージをどうするかなどの課題を抱えていたそうです。

山本美代さんは竹製の歯ブラシのアイデアを膨らませました

 山本さんは「アイデアソンでは超理系の研究者から、競合との差別化や特許取得など鋭いアドバイスをいただき、商品開発室のようでした。会社だととっぴなアイデアは否定されがちですが、多様なバックグラウンドを持った皆さんと議論できて、アイデアが広がりました」と振り返ります。

 最初は竹製歯ブラシをホテルに卸すBtoBビジネスを考えていましたが、販売戦略のアドバイスも受けて、SNSやECサイトを通じて、個人客に認知してもらうようにしました。

 新型コロナウイルスの影響でホテルの稼働率が大幅に落ちる中でも、個人客から毎日注文が入るようになりました。パッケージも竹でできた紙を使い、箸袋の金型を利用。プラスチックを大幅に削減しました。山本さんは「アイデアソンに参加したことで、サステナブルな事業に舵を切っていこうと改めて決意しました」と話しました。

ゴルフ場をヘルスケアビジネスに

 栃木県さくら市のゴルフ場運営会社「セブンハンドレッド」社長の小林忠広さんは、減少傾向のゴルフ市場で生き残りをかけて、ゴルフ以外の事業に乗り出しました。その一つが、ゴルフボールの代わりにサッカーボールを蹴ってコースを回る「フットゴルフ」です。大人気サッカー漫画「キャプテン翼」の作者・高橋陽一さんが監修した常設コースを作り、話題を呼びました。

小林忠広さんはゴルフ場でゴルフ以外の事業を仕掛けています

 そして、アイデアソンから生まれた発想が、ゴルフ場を使ったヘルスケア事業です。小林さんは「平日の利用が多いアクティブシニアは、老後2千万円問題や、突然死、事故死といったリスクも抱えています。無料でゴルフをしてもらいながら、健康に関するデータを取得して、企業や行政に提供するような取り組みができないかと考えました」。

 小林さんのアイデアに、地元のさくら市が興味を示し、2020年に健康増進事業に関する連携協定を結びました。具体的な取り組みはこれからですが、小林さんの構想は広がります。

 「市民が健康マイレージ事業というアプリを使うことで、健康データの活用につなげたいです。例えば糖尿病予防のイベントを開き、自治体の運動会やランニングイベントなどにも広げて、健康イノベーション企業になりたいです。僕ら自身でプラットフォームを作り、全国のゴルフ場にも新しい事業を提案していくことも考えられます」

デザイナーやエンジニアも参画

 他の参加者からもアイデアソンでの出会いを活用した取り組みが、次々と発表されました。

 福岡県朝倉市にある徳田畳襖店の4代目、徳田直弘さんは平日は畳職人、週末はラッパーとしてユニークな活動を続けています。アイデアソンに参加して、新しい発想が生まれました。畳に使われるイグサの消臭・抗菌効果を活用しようと、筑波大学内の銭湯に、イグサをおしゃれに束ねて置きました。また、筑波大生のデザイナーとコラボして、畳を使った収納スツールも製作しようとしています。徳田さんは「自分のできる範囲からコツコツと頑張っていこうと思っています」と話しています。

池田航介さんは、農業と地域をつなぐビジネスに取り組もうとしています
池田航介さんは、農業と地域をつなぐビジネスに取り組もうとしています

 明治大学農学部の池田航介さんは静岡県沼津市にある青果物卸売会社の後継ぎで、いずれ8代目として家業に戻るつもりです。今は「warmth」という学生団体で、フードロスの問題に取り組んでいます。

 池田さんはアイデアソンをきっかけに、農家と地域住民をつなぐプラットフォーム作りに取り組み始めました。地域住民がアプリを通じて近くにある農家を検索し、繁忙期に農家を手伝ったり、野菜の提供を受けられたりできます。農家はフードロスや人手不足を解消し、消費者も農業に触れて食育も体験できるという狙いです。

 池田さんは「もっと農家の声を集めて、ビジネスモデルの構築や資金調達に動き、アプリを開発できるメンバーも募りたいと思っています」と意欲を高めています。

 養豚農家の後継ぎで、家業イノベーション・ラボ共同運営者の宮治勇輔さんもアイデアソンに参加し、15周年を迎える自社ブランド「みやじ豚」のサイトリニューアルを計画しています。「販売を担当しているのは、僕とパート2人だけで、アイデアソンで協力者を見つけたいと思いました。既存のサイトが古くさかったので、エンジニアと組んでサイトをリニューアル中です。みやじ豚の価値を見直し、お客さんに伝えていきたいと考えています」

アイデアが形になる過程に価値

 アイデアソンを企画した堀下さんは、大きな手応えをつかみました。「家業イノベーターと参加者が一緒に作り込んだビジネスアイデアが、事業として成果が出たり、さらなる課題が生まれたりしました。人と人との出会いから生まれたアイデアが形になる過程そのものに、改めて価値を感じました」

 2020年度のアイデアソンは、すべてオンラインで開催します。8月26日にキックオフイベントを開き、9~11月に計3回、参加者にフォローアップやメンタリングの場を設けます。堀下さんは「アイデアソンは家業イノベーターと、興味を持って参加してくれる人との共創が生まれることが再認識できました。今回は家業イノベーターが抱える経営課題の事前ヒアリングをより丁寧に行ったうえで、いい意味での偶然性も大切にしながら、アイデアソンを進めていきたいと思います」と話しています。