売り上げ10分の1でも雇用増加 酒問屋がメガFCに事業転換した理由
コンビニから飲食店まで多様なフランチャイズチェーンに加盟し、地域密着で運営している創業110年のファミリー企業が愛知県にあります。創業者のひ孫の4代目が酒類問屋から業態変換。売り上げを10分の1に落としながらも、高い利益率で雇用を生み、事業転換の成功事例となっています。
コンビニから飲食店まで多様なフランチャイズチェーンに加盟し、地域密着で運営している創業110年のファミリー企業が愛知県にあります。創業者のひ孫の4代目が酒類問屋から業態変換。売り上げを10分の1に落としながらも、高い利益率で雇用を生み、事業転換の成功事例となっています。
マルチ・フランチャイジーという業態をご存知ですか。様々なフランチャイズチェーン(FC)に加盟し、複数の店舗を地域密着型で展開している会社のことです。今回はフランチャイズビジネスへの大胆な転換で成功を収めた事例として、愛知県岡崎市の大岡屋を取り上げます。大岡屋は現在、地元を中心にファミリーマート5店、名古屋名物赤から5店、韓国料理の韓丼2店など計15店を経営しています。
特定のFCの店を10軒以上展開する業態をメガ・フランチャイジーと呼びます。しかし、同社のようにコンビニエンスストア(CVS)や外食産業など複数の業態を展開しているケースは稀です。他にも、美容院に特化した経営コンサルティング業や、セミナービジネスも展開しています。
大岡屋は1909年(明治42年)、今の社長である鈴木裕之さんの曽祖父が起業しました。戦前は、塩や蚕、海産物などを扱う問屋でした。戦後すぐに酒類の取り扱いを始め、ビール大手4社の特約店となり、東海北陸地域で五指に入る酒類問屋へと成長しました。
大岡屋は現在、年商27億円ですが、今から20年前は売上300億円を誇る三河地区ナンバーワンの酒類問屋でした。鈴木さんは2002年、36歳の時に4代目として、父から事業を引き継いでから、わずか数年で酒類問屋を、今のマルチ・フランチャイジーへと転換したのです。
鈴木さんは1988年に大学を卒業し、オーストラリアの大学院に留学しました。1年を過ぎた時に祖父が他界します。この時、父から「家に帰って手伝え」と言われ、急遽帰国。当時社長だった父と会葬のお礼に回りました。この時、父はある酒販店のお客様から「今年はもっともっとビールを売るからな!」と励まされました。
鈴木さんは逆に、この言葉に強い危機感を覚えました。本来、お客様の励ましはありがたいものです。ところが、当時の酒類問屋は、売っても売っても儲からない構造的な問題を抱えていました。年間取引額が大きな顧客が必ずしも「良いお客様」とは限らなかったのです。
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それは、まるでアリ地獄のような問題でした。
第一は、商品構成です。当時、売上の6割をビールが占めていましたが、大量に売るには倉庫やトラック等の設備を購入し、人材を雇う必要があります。しかし、小売店からは「どこで買っても中身は同じなのだから1円でも安くしろ」「去年は10万ケースを売ったぞ、今年は12万ケース売るからもっと安くしろ」と要求されます。問屋は安売りを余儀なくされ、儲けの出ない商材になっていました。
第二は、販売構造です。大岡屋の発展は「この地域での営業権を与える」というメーカーの特約制度に守られたものでした。ところが、東京の巨大商社が三河地区に進出。地元の大手スーパーが商社と直接取引するようになり、大岡屋は東京資本のガリバーと戦う小人になってしまいました。
第三は、財務構造上のギャップです。 大岡屋がメーカーから商品を仕入れて支払うまでの日数は30日。対して、お客様である酒販店から代金を受け取るまでの日数は、長いケースで100日になります。その差70日間分の支払いは、金利ゼロで肩代わりする必要がありました。大岡屋は金融機関からの借り入れでギャップを埋めていました。つまり、売上が大きくなればなるほど、借金が増える構造が、同社の財務を圧迫していたのです。
大岡屋はいくら売り上げをアップさせても、利益率は低いままでした。鈴木さんは当時の状況を「15トン車一杯にビールを運んだときの利益は、ロマネコンティを1本売ったときの利益より低かった」と振り返ります。
鈴木さんも手をこまねいていたわけではありません。例えば、取引先の酒販店に、地区最大のコンビニだったサークルKへの業態転換を勧め、東海地区のサークルKの酒類はすべて大岡屋が扱うことになりました。居酒屋には特定のビールメーカーから仕入れてコストを下げることを提案し、取引先を増やしていきました。大岡屋の売上は300億円を超えましたが、最終利益は売上100億円当時の方が大きいままでした。鈴木さんが30代半ばになっても、構造的問題は何一つ解決しませんでした。
鈴木さんが36歳になったとき、父からこう言われました。
「これではまるでビール会社の奴隷だ。俺のやり方ではもう通用しない。お前がやれ。新しいことをやるなら早い方がいい。さっさと代わろう」
社長に就任した鈴木さんは、その意を汲んで、矢継ぎ早に改革を断行しました。酒類販売以外の業態を次々と立ち上げたのです。
まず、サークルKの加盟店になり2店舗をオープンしました。問屋からメーカーに売れる方法を提案するには、自ら小売店舗を経営するのが一番だからです。次に外食産業に参入します。多くのFCから「ファミリーダイニングとりあえず吾平」を選びました。「家族連れでも行ける居酒屋」というコンセプトが必ず受け入れられると確信したからです。ただ、1店あたり約1億円の資金調達が課題でした。
鈴木さんが原資として目を付けたのが、ビールメーカーに預けてある保証金でした。取引保証金とは、特約店がメーカーに予め預けるお金です。大岡屋はビール大手4社の特約店だったので、保証金総額は10億円以上でした。解約すれば返還され、大きな原資が手に入ります。ただ、解約にあたり、メーカーがこの問屋が申し出を受け入れてくれるか、大岡屋の販売先である酒販店への商品供給をどうするかが、課題でした。
鈴木さんは、サントリー創業家の佐治信忠さんを訪ね、「特約を返上し、外食産業等の新規事業に参入したい」と伝えました。すると佐治さんは、サントリー創業者である鳥井信治郎のエピソードを話してくれました。
松下電器(現パナソニック)の創業者・松下幸之助が自転車店の丁稚だった頃、寿屋商店(サントリーの前身)に自転車を届けました。幸之助は、生まれて初めて見た葡萄酒のボトルに、つい見とれます。そんな丁稚に信治郎はこう言いました。「今までのやり方だけやったら大きな店にはかなわん。誰も人がやってへん、どこの店にも置いていない、新しい品物を見つけるんや。作るんや」
佐治さんはこのエピソードを引用し、「この流れは誰も止められないね」と理解し、鈴木さんの背中を押しました。これは、サントリーがファミリービジネスで成り立っていたことと無縁ではないでしょう。創業家が代々続けてきたファミリー企業は、長期的な時間軸でビジネスを考えられる強みがあります。大岡屋はそれに救われたのです。
酒販店へのサポートは、勢力を増してきた東京本社の商社の2次店になることで解決しました。2次店として商品を調達すれば、マージンは少なくなりますが、これまで通り酒販店に商品を提供することができました。
大岡屋は、その後問屋業を徐々に縮小する一方、様々なFCに加盟し、事業の多角化を進めます。そして、マルチ・フランチャイジーという全く新しい業態へと進化しました。
鈴木さんは酒類問屋の仕事を通じて「誰のためのビジネスで、本当のお客様は誰か」を常に悩んでいました。達した結論は「お客様は地域の人」でした。
ただ、地域の人を相手にするビジネスは簡単ではありません。特に外食系は、お客様の嗜好の変化が激しく、スクラップ&ビルドが必要です。そのため、パッケージ化されたフランチャイジーになるというリスクの少ない戦略を選択しました。
どこのFCに加盟するかは、収益力はもちろん「地域の人に喜ばれるか」という視点で選んできました。世間で流行っている業態でも「この地域には合わない」と感じたら、手掛けませんでした。
自社がいくつかの外食産業を手掛けるうちに、パートやアルバイトの皆さんの自己肯定感が弱いことに気が付きました。そこで「一般社団法人ほめる達人検定」の愛知県支部も引き受け、教育事業も活性化させました。今では愛知県警や消防署の職員も受講しています。
ドラスティックな事業転換にためらいはなかったのか、鈴木さんに改めて聞くと、次のように語りました。
「創業110年の中で、酒類問屋だったのは戦後からです。それまでは別の食品事業で、地元に喜ばれてました。大岡屋は創業以来、地域の人たちが求めるものを提供し、地域と共に発展してきました。この本質だけは絶対に守る必要があります。それを貫けば地域の人たちのために、FCビジネスに転換してもいいと考えたのです」
大岡屋の理念は「社会と響きあい人々の快適な生活を創造する」です。創業以来変わらぬ思いを、鈴木さんが言語化したものです。
事業承継の本質は、事業をそのまま引き継ぐことではありません。後継者が承継すべきは理念です。大岡屋の売上高は20年前の10分の1以下の27億円になりました。しかし、パート社員を含む従業員数は約3倍の350人で、より多くの雇用を生み出しています。今も昔も、地域から強く必要とされているのです。
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