世界的メーカーがカイゼンできる組織に 4代目は現場をどう動かしたのか
船舶用ディーゼルエンジンで世界トップシェアの「マキタ」4代目社長・槙田裕さん(36)が常務就任1年後から始めた、現場目線で生産の効率化を図ろうという「カイゼン」活動は、年間2億円超のコスト削減につながる成果を生みました。どのようにして現場を動かしたのでしょうか。
船舶用ディーゼルエンジンで世界トップシェアの「マキタ」4代目社長・槙田裕さん(36)が常務就任1年後から始めた、現場目線で生産の効率化を図ろうという「カイゼン」活動は、年間2億円超のコスト削減につながる成果を生みました。どのようにして現場を動かしたのでしょうか。
徹底的に無駄を省くトヨタ生産方式の主要な考え方の一つです。作業時間を縮めたり、工具に改良を加えたりと日本の製造業の強さの源泉とされています。無駄を見つけ、なるべく費用をかけずに迅速になくし、全員参加が特色です。
――「カイゼン」活動に社員から反対はありませんでしたか。
おそらく大部分は当初「そんなことをやっても意味がない」と思っていただろうと思います(笑)。「現時点で何の問題もないのに、なぜわざわざ新たなことに取り組まなくてはいけないのか?」という疑問の声も聞こえてきました。
確かに現場にかかる負荷は大きいですし、ベテラン社員の中には「長年自分が取り組んできたことが否定されるのではないか」と不安に感じる人もいたかもしれません。
私が入社する以前にもコンサルタントに依頼して取り組んだ過去があります。そのときに大した成果が出せなかったという経験もあって、「カイゼン」活動には否定的な見方が多かったのです。
社長の強い意思を示すことが大切でした。「どうしてカイゼン活動をやらなければいけないのか」を自分自身でも改めて考え、社内に積極的に発信しました。動機付けが必要だと考えたのです。
――なぜ「カイゼン」活動が必要なのでしょうか。
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生産性は競争力に直結します。よく言われるのは「売上」と「仕入価格」が「利益」を決めるということ。それも確かに大きな要素の一つですが、外部要因によって左右されやすい部分です。
競争相手が強くなれば売価は下げざるを得ません。仕入価格はまだ交渉の余地もありますが、石油・スクラップ価格など原材料が高騰すれば、値上がり分を上乗せした価格を提示してきます。外部要因のリスクは自社のみではコントロールしにくいのです。
一方、生産性はこのような外部要因とは直接関係がありません。自社でコントロールが可能です。社内の生産性が1%でも向上すれば、そのまま会社の強みとなります。そしてそれがずっと継続していくのです。
さらに一人ひとりが自分で考えながら改善に向けて活動をする中で、皆が「考える集団」に成長することができるのではないか、人としてもステップアップするのではないか。そんなことも期待していました。
実際の活動では、まずは生産現場から汚い・不便・きついというところをあげていってもらい、あとは部署間の連携もスムーズにいくよう改善を進めていきました。製造現場の作業性を高める治具や工具、組立しやすい設計デザイン、物品梱包の仕方や納入の仕方など、一つ一つの生産の流れに沿って変えていったのです。
――どのような成果が生まれましたか。
明らかに変わったのは、製造にかかる作業時間が激減したというところです。1台完成させるのに3,000時間かかっていたエンジンが、3分の2の2,000時間でできるようになりました。
今までは繁忙期になると人手が足りなくなり臨時の派遣工員に入ってもらっていたのですが、派遣工員が少なくても対応できるようになりました。年間コストで2億数千万円が削減された計算です。しかもこれがずっと継続されていく。会社の強みとしてこれからも続いていくのです。
――マネジメントで特に難しいと感じるのはどんなところですか。
人材管理、人材育成ですね。人はトップがやれと言うだけでは動きませんし、簡単に変わりません。それまで培った「自分のやり方」からはなかなか抜け出せないものです。
私は社員との信頼関係を大切にしてきました。「この人となら一緒にやりたい」と思ってもらえるような信頼作りです。
創業者の曽祖父の代から築かれてきた「マキタは槙田一族が引っ張っていくものだ」という社内全体の考え方が後押ししてくれる部分もありました。100%同意できなくても基本的には協力するという「トップダウン」方式が、ある意味で財産となったのですね。
一方、これは弊害でもありました。いざボトムアップで現場から行動を起こしてほしい、主体性を持って考えてほしいとなったときになかなか上手くいかないのです。
それもそうですよね。今になって突然、自分で考えろ、新しい取り組みをやってみろと言われても現場は戸惑うばかりでしょう。まずは私が実際に手を動かしてその様子を見てもらい、皆が慣れてきたらその業務を移譲するという形で徐々に進めていきました。
たとえば3年間の中期経営計画を作成しようと取り組むときも、何もないところからいきなり「さあ、作ってください」と言っても誰もイメージが湧かないわけです。
そこでまずは私が枠組みを用意して、各部署に数値目標や取り組みたい内容を出してもらい、私がさらにそれを文章の形に仕上げる……という形を取りました。
目標管理制度も2015年から新たにスタートさせたのですが、当初は管理職による目標設定の指導や実行度合いのフォローが上手くできていませんでした。
それも私が直接、対象となる全管理職と毎月直接面談して目標設定、目標達成へのアプローチ方法とPDCAサイクルが回っているかについて話し合いました。こうした2年間の「一人一人との向き合う期間」を経て、2020年からは再び担当役員に役割を委譲することが出来ました。
――これだけの規模の会社で社長が直接手を動かすという例は珍しいのではないでしょうか。
人事コンサルタントから、「これは本来、担当役員がやることではないですか?」と指摘を受けることもありました(笑)。
それはその通りなのですが、口頭で言うだけではどうしてもイメージが湧かないという場合はこのようなステップを踏むのも必要かなと感じています。
逆に実務ができるからこそ、言葉に説得力が生まれると思っています。じゃあ社長はできるのですかって言われたときに「やりますよ。私がやってもいいのですね」と言えるくらいの覚悟、そしてそれを聞いた側が「ああ、やらなきゃいけないのだな」と思うくらいの迫力があってこそ経営者の言葉に重みが出てくるのだと思います。
今は営業本部長や企画経営室の室長も私が兼任し、人事・総務・経理の分野は社長マターが多いので直接関わるようにしています。人を引っ張る側になればなるほど、一番働かなくてはいけませんよね。実際に先頭に立って取組む姿勢を見せないと、周りの人もついてこないだろうと思うのです。
――今後はどのような会社を目指したいですか。
やりがいと誇りを持てる会社にしたいですね。朝起きたときに「ああ、会社に行かなきゃいけないのか」ではなくて「よし、今日も会社に行って頑張ろう!」と思ってもらえるような環境。そして友人知人に「どこで働いているの?」と聞かれたときに「マキタという、とても良い会社で働いているよ」と自信を持って言ってもらえるような会社です。
そのためには、社内のコミュニケーションと処遇の両面を高めていく必要があると思っています。以前、頑張った社員に報いるような新しい制度を取り入れようとしたら、こちらの意図が上手く伝わらずに大反対にあってしまうということがありました。そのときに部署間の信頼関係や互いのコミュニケーションの重要性を痛感しました。
仮に社長個人が社員にとって「良い人」であったとしても、それが即ち「良い会社」とはなりません。結局は、それぞれが所属している上司や関わりのある社員との人間関係が「良い職場」かどうかを決めると思っています。そしてその「良い会社」かどうかが一人ひとりのモチベーションに影響し、さらには生産性にも関わってくるのではないでしょうか。
今後は「会社のファン」作りを進めていきたいと思っています。会社は社員一人ひとりの行動の積み重ねの結果が業績になります。社長一人ですべてできるわけではありませんからね。
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