コロナで出荷先がない…マダイを売り切った水産会社3代目の「販売戦略」
新型コロナウイルスの感染拡大は、漁業にも大打撃を与えました。三重県の水産会社3代目が出荷が止まった養殖マダイを売ろうと、初めて産直通販アプリ「ポケットマルシェ」を活用。「5670(コロナゼロ)プロジェクト」と銘打ち、5670尾を売り切りました。
新型コロナウイルスの感染拡大は、漁業にも大打撃を与えました。三重県の水産会社3代目が出荷が止まった養殖マダイを売ろうと、初めて産直通販アプリ「ポケットマルシェ」を活用。「5670(コロナゼロ)プロジェクト」と銘打ち、5670尾を売り切りました。
養殖マダイを売り切ったのは、三重県南部の熊野灘に面した南伊勢町の「友栄水産」です。3代目で代表の橋本純さん(45)が、コロナの影響を感じ始めたのは春先でした。「志村けんさんが新型コロナで亡くなられた3月末くらいから、急に空気が変わりました。4月1週目を過ぎるあたりから、旅館やホテル、飲食店からの注文キャンセルが続くようになりました」
友栄水産は年間約24万尾の養殖マダイを出荷しています。出荷先は、宿泊業・飲食店、三重県漁連、釣り堀などのレジャー関係が、それぞれ3分の1ずつを占めます。4月に緊急事態宣言が発令され、県をまたいだ移動が激減すると、宿泊業・飲食店からの注文はほぼストップし、漁連やレジャー関係も大きく減りました。本来4月は歓送迎会などのお祝い事に使うタイのかき入れ時です。最悪のタイミングでのコロナ禍でした。
南伊勢町は2011年の東日本大震災で津波が発生し、友栄水産もいけすが壊れるなどの被害を受けました。しかし、橋本さんは「東日本大震災の時は出荷先はありました。コロナは売る場所自体が無くなったので、より深刻な状況でした」と言います。
これは今年だけの問題にとどまりません。タイは2年周期で養殖しており、4月は再来年に出荷する分の稚魚を入れる時期でした。
「出荷が止まり、タイがいけすに残ったままなら、再来年に出荷する分の稚魚を入れるスペースがなくなってしまいます。2年先の販売にも影響が出てしまうのです」
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販路の開拓は急務でした。4月上旬、三重県の鈴木英敬知事がコロナの影響を視察するため、友栄水産を訪れ、メディアの取材も来ました。橋本さんはその時、「養殖魚緊急事態宣言」というアピールをして窮状を訴えました。「誰も養殖業が危機的状況とは知らなかったので、インパクトを出せば分かってもらえると思いました」
さらに具体的な行動に出ます。農産物や海産物の産直アプリ「ポケットマルシェ」を通じて、一般消費者に直接タイを売ろうと考えたのです。主力商品は、下処理は済ませているものの、家庭でさばくことが必要な丸ごと1匹のタイでした。
消費者への直接販売はほとんど行っていませんでしたが、ToBからToCへと大きく舵を切ります。「コロナでこの先の商売が成り立つのか不安を抱きました。でも、やるからには希望を持ちたい。丸ごと1匹の魚をECサイトで売ることは難しかったのですが、もし魚をさばける人が増えたら、僕らの商売はコロナ収束後でも成り立つのではないかと考えました」
ポケットマルシェへの出品は生産者に限られるので商品が埋もれにくいこと、同社の創業者でCEOの高橋博之さんと交流があったことから、サービスを使うことになりました。
どうやったら思いを伝えられるか――。
ただ売るだけではなく、コロナが無くなってほしいという願いを込めて、5670匹を売りさばく「5670(コロナゼロ)プロジェクト」と名付けてアピールしました。「5670円で商品を売ったという話を聞いて、じゃあうちは5670尾を売ろうと考えました」
ちょうどいけす一つ分くらいの量です。空いたら稚魚を入れられるという狙いもありました。
タイの値段は1尾2138円(税込)から。決して安くはないそうですが、それでも「売ることだけを考えたら、安くすればいい。でも、今までの商売がなくなるかもしれない状況で、一時的に安く売って食いつないでも、次には続きません。未来への希望も込めた価格で、販売戦略を設計しないといけないと思いました」と言います。
魚の扱いが分からない消費者に向けて、Zoomを使ってオンラインでタイのさばき方や調理法を教えるプランも始めました。「魚をさばく楽しみを伝えたかったし、家で過ごす時間が増えたから、魚をさばいてみようという声もあると思いました」。さばき方教室がメディアで取り上げられたこともあり、注文が続々と入るようになりました。
ユニークな発想の下地には、従来の漁師の枠にとどまらない3代目のキャリアがあります。
橋本さんは高校卒業後、大阪の大学で建築を学んだ後、ハワイでイルカと一緒に泳ぐセラピーなどを手がけ、20代半ばで後継ぎとして家業に戻ってきました。過疎化が進む漁村に来る人を少しでも増やそうと、観光客を漁船に乗せる漁師体験のプランを提供し、ゲストハウスも運営。宿泊客らに魚のさばき方も教えてきました。
今年のゴールデンウィークはゲストハウスでの宿泊客の受け入れをやめましたが、画面越しにでも、魚をさばく体験をしてほしいという思いもありました。
「お食い初めにタイを使った」「親にタイを送ったら会話が弾んで絆が戻った」「コロナ休校でひきこもりがちの息子が魚を初めてさばいてくれた」。タイを買った人からは、ポケットマルシェを通じて、たくさんのコメントが届いたそうです。
6月中旬、5670尾を売り切り、プロジェクトは成功しました。「あくまで空想で始めたプロジェクトなので、反響には驚きました」
いけすのスペースができ、無事に稚魚を入れられました。販売個数も5670尾を大きく超えて、約6300尾に伸びました。ポケットマルシェ以外からの購入者や、友栄水産を訪れて買う人が増える効果もありました。
事態が一気に好転したわけではありません。「販売量は前年に比べて70~80%にとどまっています。まだもがいている状態に変わりはありません」
コロナで養殖業、ひいては漁業のあり方も変わるのでしょうか。橋本さんはこう話します。
「県をまたいだ移動が少なくなるので、流通が変わり、地産地消の動きが出てくるでしょう。生産量を落としても売り上げを維持するために、加工食品に力を入れる必要があるかもしれません」
「コロナが続けば、消費者も食べたいものが食べられなくなる可能性があります。ECサイトを使った個人販売で、生産者と消費者が直接つながる意識が広がりそうです。今回、魚を丸ごとさばいてもらったことは、命の大切さやSDGs(持続可能な開発目標)を知ることにもつながります。それを武器にした商品開発もやらなければいけません」
橋本さんは次の一手を打っています。県内で広く事業展開している豆腐店や、東京・日本橋にある三重県のアンテナショップでもタイを売りだしました。また、今年度のグッドデザイン賞に、5670プロジェクトの取り組みを応募しました。
今まで、新しく食のブランドをつくってきた生産者は、飲食店などへの直接販売で高い利益率を維持してきました。コロナで状況は一変しましたが、橋本さんは「ゼロからブランドを築いた人たちは、今は売り上げがなくても必ず次の一手が打てます。食を通じて新しい価値を作り上げるのは楽しいし、やれることはたくさんあります」と仲間に力強いエールを送っています。
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