実家の隣は工場「つくりたいな」

――小さな頃は、ご実家の隣がまだ工場だったそうですね。

 アイスの工場はすでに今の小城にあったんですが、製菓の工場はまだ実家の隣にありました。
 だから気づいたときには、うちはお菓子・アイスをつくって、お店に並べて、買ってもらって生活しているんだなと感じていました。
 「後を継ぐ」ことは特別なことではありませんでした。いつから意識していたかは難しいのですが、祖父や父と一緒にお菓子やアイスを「つくりたいな」とはずっと思っていました。

 事務所もありましたし、家に帰るときは、親じゃなくて最初に従業員が「お帰り」と言ってくれて家の中に入っていくようなかたちでした。カギもかかってませんでした。

――自宅で食べるお菓子も竹下製菓のものだったのでしょうか?

 祖父や父は、おいしそうなものや面白そうなものがあれば、たくさん買ってきて勉強していましたね。私も小さな頃からアイスは好きでした。

 でも、今でもそうなんですが、買うのはポテトチップスやおせんべい、塩気の多いものが多い気がします。
 仕事で甘いものばかりたくさん試食するので、おいしいんだけどつらくなってくるんです。何でうちはスナック菓子を作ってないんだろうとよく思ってました(笑)

(続きは会員登録で読めます)

ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。