「ほめちぎる教習所」に学ぶブランディング 経営理念を強みに変える
少子高齢化の中、生徒を「ほめちぎる」ことで成長を続ける自動車教習所があります。2代目が経営理念を磨き上げて差別化に成功。生徒数の増加と卒業生の事故率低下を両立させた取り組みには、ブランディングに悩む中小企業へのヒントが詰まっています。
少子高齢化の中、生徒を「ほめちぎる」ことで成長を続ける自動車教習所があります。2代目が経営理念を磨き上げて差別化に成功。生徒数の増加と卒業生の事故率低下を両立させた取り組みには、ブランディングに悩む中小企業へのヒントが詰まっています。
「ちゃんと止まれてすごいじゃん」「センスいいね」「あなたなら、必ずできる」。三重県伊勢市にある南部自動車学校では、生徒と「ほめて伸ばす」という約束を交わしています。
自動車教習所は衰退産業に位置づけられます。多くの人が免許を取得する18歳人口は1996年の171万人から2019年には118万人にまで減少しました。しかし、教習所は安全運転を教える義務があるため、どこも似たり寄ったりにならざるを得ず、コンテンツでの差別化は困難です。
それでも、南部自動車学校は「ほめちぎる教習所」を前面に出し、2013年に1750人ほどだった生徒数が、現在は2400人以上と37%もアップしました。
創業58年となる学校を率いるのは2代目社長の加藤光一さん(58)です。加藤さんは大学卒業後、商社に就職。28歳の時、先代社長の父に呼び戻されて入社し、36歳で社長に就任しました。
当時、同校はベテラン社員と若手社員が、激しく対立していました。原因は指導方針の違いです。ベテラン社員たちは、「〇〇が目印で、見えたらハンドルを切る、ギアをチェンジする」など、試験対策を主眼に置いた指導をしていました。
しかし、それでは応用力が身につきません。一般道路に出たら、標識はあっても目印はありません。若手社員たちは、免許取得後も生かせる運転感覚を養う指導をするべきだと主張しました。しかし、運転感覚を教えるのは容易ではなく、ベテランたちは激しく反発しました。加藤さんは経営者としてどんな一手を打ったのでしょうか。
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加藤さんは教習所の原点に立ち返り、新たな経営理念を策定しました。それが「心と技の交通教育を通じ、お客様に永遠の安全を提供する」です。
「技」は教習所を卒業後も高められますが、「心」はどうでしょうか。教習所を卒業した後で学ぶことはまずありません。「安全運転を心がけよう」という想いは教習所でしっかりと教え、自覚してもらわなければいけません。それこそが、経営理念の「永遠の安全」につながっているのです。
学生時代、担任の先生の言葉に影響を受けた人も少なくないでしょう。一人ひとりに「安全運転」への思いを残すには、生徒に寄り添う指導員をつけるのが最適だと考えました。そこで、1997年に教習所では異例の仕組みを導入しました。生徒1人に対して、1人の先生が最初から最後まで指導する「担任」を決めたのです。
担任制は「1人の生徒を同じ指導員が担当すれば、情が移って正しい指導ができなくなる」との理由で、周囲から猛反対されました。加藤さんは「経営理念に共感できない人は、辞めてもらって構わない」という姿勢を崩さず、価値観を共にする人だけが残りました。
他校が生徒数を減らす中、同校の数字は担任制の採用以来、横ばいで推移しました。しかし、そのままでは未来が開けません。「担任制だけでは生徒を呼べない」と考えた加藤社長は、教習所をブランディングできないかと考えました。
ブランドとは「お客様との約束の証」です。同校の近くにある伊勢神宮にあやかり、「三種の神器」として「南部自動車学校は絶対にこうします」という約束を三つ創ろうとしました。一つは担任制ですが、残りの2つもユニークなものでした。
加藤さんは生徒目線で自動車教習所を見つめ直すと、自分たちの想いと生徒が教習所に抱く印象に、大きな差があることに気づきました。
自分たちは、日々親切、丁寧に生徒に接していても、生徒は「教習所は厳しいところで、叱られたらどうしよう・・・」という怖いイメージがあります。ギャップを埋めるのは、容易ではありません。
加藤さんは、ハワイで水上スキーを習った時のことを思い出しました。初心者で上手く操作できない加藤さんを、インストラクターは「その倒れ方は素晴らしい」「あなたのように運動神経のいい方は見たことがない」と言って、徹底してほめちぎりました。加藤さんは、気持ちの良い時間を過ごすことができました。
生徒が怖がるのは、指導員がほめていないから――。加藤社長は「生徒をほめて伸ばす」と高らかに宣言した方がいいとひらめき、「ほめちぎる教習」が2つ目の約束になりました。
3つ目の約束は「親への感謝プログラム」でした。生徒の大半は親が教習費を負担しますが、運転には交通事故という危険を伴います。もし、生徒が交通事故で亡くなったら一番悲しむのは親です。同校では特別な卒業式を行い、生徒が親に手紙を書き、自分を育ててくれたことへの感謝と交通安全を誓います。
加藤さんは2013年2月から「ほめちぎる教習」をスタートさせるため、その半年前から、社員へのほめるトレーニングを開始しました。 当時、ほめ方の指南書は国内にほとんどなく、海外の文献等を取り寄せました。
具体的には、朝礼を15分から30分へと拡大。その時間に社員同士がお互いを1分間ほめ合う「ほめワーク」を行います。さらに1人の良いところをみんなでほめ合う「ほめシャワー」も取り入れました。最初は相手の外見しかほめることができなかった人が、徐々に内面をほめるようになりました。毎日の朝礼でのルーティンで、観察力を高めたのです。
笑顔の度合いを判定する顔認証システム「スマイルチェックシステム」も導入し、笑顔が生まれる職場環境作りにも努めました。
加藤社長は「社員は経営理念につながる取り組みならば、必ず素直に受け入れてくれます」と言います。日々の努力を積み重ねた社員は「ほめる達人」へと進化していきました。
加藤さんは、社員たちと育てた南部自動車学校のブランドを視覚化できないかと思いました。パンフレットなどを見た顧客に「ここがよさそう!」と一目で伝えることは、選ばれる秘訣だからです。
約5カ月をかけて、「ほめちぎる教習所」の商標登録、ロゴ、シンボルマーク、看板や車両ステッカーの作成、制服の刷新などを重ねました。電話の第一声も「ありがとうございます。ほめちぎる教習所・南部自動車学校です」にしました。
2013年2月1日、リブランディングを一斉に始め、様々な仕掛けをしました。専門のコンサルタントからは、メディアに取り上げられるためには以下の4つが必要だとアドバイスを受けました。
「意外性」はほめちぎる教習、「ユーモア」は顔認証のスマイルチェックシステム、「努力」は毎朝の30分の朝礼。そして「公共性」では「ほめる達人検定」の公開講座の開催を織り込みました。
これらをニュースリリースに盛り込んだところ、有名専門紙に1面トップで取り上げられました。それ以来、同校は月に1度の頻度でメディアに登場します。加藤さんは「テレビに取り上げられると、ホームページのアクセス数が通常の3倍になり、合宿の予約がどんどん入ります」と目を細めます。
中小企業でも理念に基づいて、他にはない約束を生み出して実践し、セオリーに則って発信すれば、ブランディングに成功するのです。
「ほめちぎる教習所」だからといって、安全運転への意識が緩むわけではありません。2012年に1.76%だった卒業生の事故率は、2018年には0.43%にまで下がりました。
効果が出たのは、ほめられることで生徒に主体性が生まれたからです。ほめられた生徒は「もっと運転したい」と感じ、心のコップが上を向きます。すると、指導員の言葉を素直に聞き、実践に生かすことで、事故率の低下につながるといいます。
他校にはない3つの約束でブランディングに成功した同校は、コロナ禍で一時休校を余儀なくされながらも、成長し続けています。これまでは県外からの合宿免許に力を入れていましたが、緊急事態宣言で県外への移動が自粛。そこで三重県内へのプロモーションに力を入れました。その結果、四日市市や津市など県内各地から生徒を呼び込み、対前年比で生徒数を約1%伸ばすことに成功したのです。
資金力に乏しい中小企業のブランディングは難しいと言われています。製品力やコンテンツで差別化できなければ「価格競争するしかない」と、短絡的に考えがちです。しかし、理念に基づいた経営を行い、ぶれずに具現化していけば、必ず差別化はできます。
人をほめることは誰にでもできそうに思えます。しかし、南部自動車学校の約100名の社員全員が、同じレベルで行うことは簡単ではありません。
もし、自社の経営理念を大切に想うのなら、南部自動車学校のように経営理念を具現化する取り組みを考えましょう。他社にはないアイデアが生まれ、実践を約束すれば、お客様は支持してくれるでしょう。
どうしても大切に思えない経営理念なら、加藤さんが就任直後に行ったように、思い切って改めましょう。経営理念はあらゆる取り組みの発端で、土台になります。南部自動車学校のブランディングは「他社を見るな、経営理念を見よ」という言葉の大切さを教えてくれます。
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