目次

  1. 労働者が50人以上となったときの義務
  2. 産業医とは
  3. 産業医が関わることで期待できること
  4. 法律改正による産業医の機能強化とは
  5. 産業医の選び方
  6. 産業医の届け出
  7. 産業医の活用に生かせる助成金
  8. 経営者が社員の健康を守る意義

 50人以上が働く本社、支社、営業所などには労働法令上の義務があります。

  • 衛生委員会の設置
  • 産業医の選任
  • ストレスチェックの実施
  • 定期健康診断結果報告書の提出

 「50人」という条件は、支社、営業所などの事業場ごとであり、企業単位ではありません。「50人」のなかには短時間労働者や契約社員だけでなく、自社に派遣されている労働者も含むので注意しましょう。
 このなかでは、労働者と使用者がともに職場の安全衛生について話し合い労働災害防止について取り組む「衛生委員会」の設置から進めましょう。ストレスチェックなどは委員会を通じて労使間で合意しておく必要があるためです。安全衛生委員会については、厚生労働省のリーフレット(PDF形式:164KB)を参考にしてください。

厚生労働省のリーフレットから引用

 産業医とは、労働者が健康に働けるよう支援する医師です。野尻さんは「以前は安全衛生委員会と健康診断のチェックが主な仕事でした。今はメンタルヘルスチェック、過重労働のフォローアップなど業務が多岐にわたります」と話します。産業医には、プライベートな悩みを伺う「保健の先生」の役割もあるといいます。この悩みが、会社のなかでの問題に関係していると思われる場合は、相談者の了解を得た上で問題解決にも動きます。

 50人未満の職場であっても安全管理の努力義務があります。野尻さんは「残業が100時間を超えた場合、産業医への報告義務があります。また、健康診断、就業制限の有無などは、毎月ではありませんが、産業医に相談していただき、健康管理をする必要があります。50人を超えていなくても、これはやる必要があります」と指摘します。

 従業員50人未満の会社の経営者向けには「小規模企業の経営者のための産業保健マニュアル」(PDF形式:4.83MB)が、参考になります。

小規模企業の経営者のための産業保健マニュアル

 医学的な立場から労働者の健康保持増進や職場環境の改善などについて助言してもらうことで期待できることがあります。労働者健康安全機構のパンフレット<PDF形式:1.78MB>からいくつか例示します。

健康診断とその結果に基づく措置

 健康診断を実施するだけでなく、労働者の診断結果が届いたら産業医に確認してもらい、これまでと同じ働き方で問題ないか意見を聞くことができます。健康上の課題がある場合には、労働者の治療や労働者の働き方を変えるべきかについて助言を受けましょう。

治療と仕事の両立支援

 以前は、病気の治療中は仕事を休むと考えられがちでした。しかし、今は治療をしながら仕事をする労働者が増えています。産業医は、こうした労働者と面談し、専門的な見地から就業の可否・適正な配慮の必要性などについてアドバイスができます。

ストレスチェック制度や長時間労働者への対応

 ストレスチェックについて、産業医は実施者の役割を行うことが望ましいとされています。ストレスが高いと判断された労働者が申し出た場合、医師による面接指導が必要となります。日ごろから社内の健康管理をしている産業医がいれば、対応がスムーズです。

 働き方改革関連法が2019年4月からスタートし、その関連で労働安全衛生法が改正され、「産業医・産業保健機能」が強化されました。
 たとえば、厚生労働省によると、産業医が専門的立場から労より効果的な活動をしやすい環境をつくるため、事業者は次のような情報を提供しなければなりません。

  • ①健康診断、②長時間労働者に対する面接指導、③ストレスチェックにもとづく面接指導実施後に講じた措置または講じようとする措置に関する情報
  • 時間外・休日労働時間が1カ月あたり80時間を超えた労働者の氏名・超えた時間に関する情報(高度プロフェッショナル制度対象労働者については、1週間当たりの健康管理時間が40時間を超えた場合におけるその超えた時間)
  • 労働者の業務に関する情報であって産業医が労働者の健康管理等を適切に行うために必要と認めるもの
健康診断のチェックシート

 医師が産業医になるためには、養成研修・講習を修了するといった対応が必要です。この養成研修・講習を修了した医師は約10万人ですが、厚生労働省によると、実働は約3万人と推計されています。
 労働者健康安全機構のパンフレットでは、産業医を探す方法として次の5つを紹介しています。

  1. 都道府県医師会や郡市区医師会に相談する
  2. 近隣の医療機関 に相談する
  3. 健診を依頼している機関に相談する
  4. 医師を紹介する会社に相談する
  5. 同業他社や近隣の会社で選任している産業医を紹介してもらう

 このときに、「産業医に何を期待するか」をできるだけ明確にしておくと、企業側と産業医の目線が合いやすくなります。

 野尻さんは一緒に、快適な職場環境づくりを考えてくれる、会社に寄り添う産業医が良いと勧めています。「しっかり産業衛生の仕事を理解し、一緒に会社を安全に大きくするための情熱がある人が良いでしょう」

 産業医の選任には、どの頻度で会社を訪問するか、どんな業務を担ってもらうのか、支払う報酬などについて契約書を取り交わしておきましょう。産業医との契約書の参考例については、日本医師会のサイト(PDF形式:1.51MB)で公開しています。

 労働安全衛生法により従業員が50人を超えたら14日以内に労働基準監督署に産業医の選任届を提出することが必要です。「総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医選任報告」という用紙に記入して、労働基準監督署に提出してきました。ただし、産業医選任の届出は2019年から、厚生労働省のサイトからオンライン手続きができるようになっています。

総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医選任報告

 産業医の選任や業務に関係する助成金には次のようなものがあります。会社の状況に応じて活用してください。さらに詳しく知りたい方は、労働者健康安全機構のサイトを確認してください。

ストレスチェック助成金

 50人未満の職場で、医師・保健師によるストレスチェックを実施し、また、ストレスチェック後の医師による面接指導を実施したときに、事業主が費用の助成を受けることができる制度です。

職場環境改善計画助成金

 事業主が専門家による指導にもとづいて、ストレスチェック実施後の集団分析結果をふまえて職場環境改善計画書を作成し、職場環境の改善を実施したときに指導費用の助成を受けることができる制度です。2019年(平成31年)からは「建設現場コース」が追加されています。

心の健康づくり計画助成金

 事業主が産業保健総合支援センターのメンタルヘルス対策促進員の助言・支援にもとづいて心の健康づくり計画を作り、計画をふまえたメンタルヘルス対策を実施した場合に助成を受けられる制度です。

小規模事業場産業医活動助成金(産業医コース)

 労働者が常時50人未満の事業場が、産業医の要件を備えた医師と産業医活動の全部または一部を実施する契約を結んだ後、実際の活動に対し実費を助成するものです。2018年度(平成30年度)から「産業医コース」「保健師コース」「直接健康相談環境整備コース」の3つのコースに分けられています。

治療と仕事の両立支援助成金

 がん、脳卒中、心疾患、糖尿病、肝炎などの疾病を抱える労働者が治療を受けながら働き続けられるための取り組みを進めることを推進する制度です。「環境整備コース」と「制度活用コース」があります。

副業・兼業労働者の健康診断助成金

 事業者が副業・兼業労働者に対して、一般健康診断を実施した場合に、費用の助成を受けることができる制度です。

そもそも産業医を選任することは、従業員の健康を守ることにつながります。野尻さんは次のように伝えています。

 仕事は、人生で非常に大事なことで、プライベートな時間以外は、仕事が1日の3分の1を占めています。そもそも、従業員がいなければ、会社は成立しません。「快適な職場環境作り」をすることで、従業員が辞めるのを防ぐことができます。このほか、過重労働や、ハラスメントなどにもチェックをしておく必要があります。
 大切なことは、経営者が、従業員との信頼関係を結び、心と体の健康を守ることです。それは、仕事のクオリティコントロールにもつながります。産業医の仕事は従業員に対してだけではありません。経営者がすごく疲れている、会社に行きたくないといった場合に対応することができます。

野尻紀代美さん

ウエストフィールド・コンサルティング代表

医師免許証1997年習得、認定内科医2000年習得、労働衛生コンサルタント2012年取得。 産業医としては、労働衛生コンサルタントとして、10社のクライアントを定期訪問。労働安全衛生上のリスクマネジメントや講演、ストレス・マネジメント講座なども行っている。京都大学と共同でのベンチャー起業者に対するメンタルヘルスチェック、講義を年に4回行っている。