売れなかったフルオーダーマスク「自己紹介」の使い道で全国から注文続々
1919年創業の愛知県の印刷会社から「名刺マスク」という新たな付加価値をもつ商品が誕生しました。女子プロテニス選手の大坂なおみ選手の姿に着想を得て、地道な経営改革を進めてきた5代目後継ぎが商品化に成功しました。伴走支援した岡崎ビジネスサポートセンター OKa-Biz(オカビズ)から報告します。
1919年創業の愛知県の印刷会社から「名刺マスク」という新たな付加価値をもつ商品が誕生しました。女子プロテニス選手の大坂なおみ選手の姿に着想を得て、地道な経営改革を進めてきた5代目後継ぎが商品化に成功しました。伴走支援した岡崎ビジネスサポートセンター OKa-Biz(オカビズ)から報告します。
長屋印刷は1919年創業で、今年は101年目。カタログやカレンダー、新聞の折り込み広告の印刷が主力事業です。そして、布に印刷できる特殊プリンターを導入しTシャツのプリントなども請け負ってきました。
また印刷機材を現場に持ち込み、バスケットボールの試合終了後やマラソン大会後、当日の結果が印刷されたTシャツを販売するといった企画も手がけてきました。しかし、新型コロナウイルスの影響で需要が激減していました。
そんななか、新型コロナのピンチをチャンスと捉えて投入した新商品がいま、全国的な注目を集めています。
その名もずばり「名刺マスク」です。マスクに顔写真や肩書などを印刷したこのマスクは「ビジネスを後押しする」という付加価値と、インパクトある見た目が話題を呼び、発売直後から全国から注文が殺到しています。機能性や意匠性を備えた付加価値あるマスクが市場を賑わせてきましたが、長屋印刷では「営業を支援する」第三の付加価値を出そうと意気込んでいます。
注文するときは、名前や肩書、アピールポイントや画像等を入れてカスタマイズするだけですが、完全なオリジナルデザインも指定できます。
長屋印刷の中川剛専務は、新型コロナの影響を受けるなか、布に印刷できるプリンターを生かして何かできないかと考え、まずは、オーダーメイドのデザインプリントマスクを企画しました。
2020年8月にフルオーダーマスクを1枚1500円でクラウドファンディングを始めたものの、反響はさっぱり…。
顧客からすれば、ゼロからデザインすることはやはりハードルも高いでしょう。そして、いざ「好きにマスクをデザインしていいよ」といわれても、具体的なデザインアイディアや活用方法が思い浮かぶ、という人はそれほど多くはないでしょう。
例えるならば、名刺もそう。自由にデザインを考えて…といわれると困ってしまう人がほとんどではないでしょうか。ある程度要素やテンプレートが示された中で選ぶのであれば可能でしょうが。
そのような中で、中川専務は私がセンター長をつとめる岡崎ビジネスサポートセンター・オカビズに相談に訪れました。
中川専務の相談を受けるなかで、オカビズのセンター長を務める筆者が思い出したのは大坂なおみ選手のマスク姿。ブラックライブズマターの一環で、黒人犠牲者の名前をいれたマスク姿が印象に残っている方も少なくないのではないでしょうか。
テニスの全米オープンで優勝した大坂なおみ選手は、過去に警察官らの手によって亡くなった黒人の犠牲者の名が記された7枚のマスクを大会に持参し、そのすべてを披露しました。決勝で紹介された少年の母親は、朝日新聞の取材に大坂選手への感謝を語りました。https://t.co/UN9sLAdGHD
— 朝日新聞 国際報道部 (@asahi_kokusai) September 14, 2020
テニスの試合会場にやってきた大坂選手は、言葉を発しなくてもマスクを通じてメッセージを伝えていたわけです。まさに「マスクも口ほどに物を言う」のか、と直感的に感じました。まさに、顔に文字を書くことができる時代になったんだ、とその姿を見たときに感じたことを思い出しました。
↓ここから続き
そしてイメージしたのは、営業マンが持っている「自己紹介シート」です。よく保険の営業の方が、自身の人となりを伝えようとA4サイズなどに、写真や経歴などをまとめているもの。あの自己紹介シートをマスクに印刷するイメージで商品化すれば、会話の糸口にもすることができるだろうと、考えました。
こうして、「名刺マスク」のアイデアが生まれてきたのです。
市場投入した直後から大きな話題となりました。フジテレビ・テレビ朝日・日テレ・TBSなど全国放送で取り上げられ、ネットメディアも話題に。朝日新聞デジタルに掲載された記事はツイッターでバズり、一時はトレンドランキング入りするほど。
全国各地から名刺マスクの注文が続々と寄せられました。また、大手ホテルや配送業者などからはスタッフの名札代わりとなるマスクを作って欲しい、と法人からの大口受注も入るまでになりました。
さらには、オリジナルでマスク印刷ができることをしった大手企業から、連携した商品開発の引き合いも来ている、といいます。
さてこの取り組みのポイントは、使ったお金はほぼゼロだということです。市場トレンドを捉えながら、オリジナルデザインマスクのあらたな使いみち=用途を提案したことで、大きな話題と売上につながりました。
マスクに限らず世の中には、ものというものがありふれています。そんななかで、画期的な新機能や特徴があればよいものの、そんなことはそうそうありません。では、誰がどんな用途であればこの商品をほしい、使いたいと思ってくれるのかがポイントでした。
中川専務は現在40歳、仮に社長となれば5代目となります。大学院では数学を学び、東京のテレビ局で技術者として勤め、両親の病気を機に37歳で地元に戻り、家業である長屋印刷に加わりました。
バブル期など最盛期には100名規模まで拡大した従業員も、業績の悪化から、帰ってきたときには40人規模まで縮小していました。
社会全体がデジタル化していくなかで印刷需要が低迷してきたこと、さらに好調時は待ちの姿勢でも経営がうまく行ったことが仇となり、自社から仕事を取りに行くようにシフトできない社内体制が原因でした。
中川専務が家業に戻ってから、最初に取り組んだのは掃除でした。とにかく職場や工場をきれいにすること。そのなかで、売上はみるみる減っているのに、社員がみな忙しそうなことに気づきました。
これまでの惰性と経験で事業が行われており、案件ごとの損益がまるで管理されていませんでした。顧客別・案件別の損益を全部だしてみると、売上は上がるものの赤字の案件も多々ありました。
そこで、利益が上がっていない案件は打ち切るか、価格の引き上げを行うか矢継ぎ早に改革。大きな社内変革を中川専務とともに行ったのが、経理課長の植松さんです。配置変えを行い、営業部長にし、各営業案件の損益管理を担当したのでした。
経営改革を行った上で大事にしてきたことは?との問いに中川専務は「現場の人は最後までいいものにしたい、顧客の役に立ちたいとやってしまいがちだが、それが売上や利益につながるかを徹底的に見直すことを大事にした。何かを辞める、という決断こそ、経営者がやるべきことだ」と話します。
従業員の残業も大幅に減りました。入社前の2016年と昨年を比較すると、残業時間は67%減となりました。さらに万年赤字体質を脱却して黒字化。
そこで経営を攻めに転じる人事に着手し、印刷工場で経理を担当していた鈴村さんを本社で新規事業や広報担当へと配置換えを実施。そんな中川専務と鈴村さんが中心となり、「名刺マスク」という新商品が生まれ、今回のヒットにつながったのでした。
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。