コロナ禍でも売り上げを更新 工場と服の購入者がオンラインで交流
質の高い洋服をつくる工場と使い手を直接つなぐ「ファクトリエ」を立ち上げた山田敏夫さんは、全国700超の工場を回り、提携工場は55まで増えました。サイトのコメント機能など、工場と使い手の双方向のやり取りも大切にしています。コロナ禍でも売り上げを更新した理由をどんな風に分析しているのでしょうか。
質の高い洋服をつくる工場と使い手を直接つなぐ「ファクトリエ」を立ち上げた山田敏夫さんは、全国700超の工場を回り、提携工場は55まで増えました。サイトのコメント機能など、工場と使い手の双方向のやり取りも大切にしています。コロナ禍でも売り上げを更新した理由をどんな風に分析しているのでしょうか。
――2012年1月、ライフスタイルアクセント株式会社を設立。10月に「ファクトリエ」をスタートさせましたが、はじめは一人で全国各地の工場を1軒1軒まわっていたんですね。
熊本のアパートで、資本金50万円、僕ひとりで始めました。
――これまで、工場はアパレルブランドの「黒子」のような存在だったそうですね。服は安く、工場に利益がいかず、ものづくりが大事にされていないという課題感があったのでしょうか。
工場を回っていくううちに「こうなっているんだ」と気づいた感じですね。
服の原価率が20-30%。1万円のシャツを売るとすると、2000~3000円でつくらないといけません。間に人がいたり、広告宣伝費がかかったり、セールが前提だったり……。2000円でつくるとしたら、「何時間かけられるか」「ここで手を抜かないと作れない」と相談している話を聞いたんです。
1万円そこそこの高いものが、手を抜いてつくらないといけないなんて、日本製の意味があるんだろうかと思いました。
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日本の技術力を生かした服をお客さんの手に届けたい。ただ、最初は一緒にやってくれる工場が見つかりませんでした。
――順調なスタートではなかったんですね。
夜行バスで行ってスーツに着替えて回っていたのですが、田んぼの真ん中を歩いていたら町内放送で「スーツを着た怪しい男性がいるから気をつけてください」と流れるんです。「誰だろう、怖いな」と思って見回したら、僕以外は農作業のおじさんしかいない。それで工場に行くと、「ゾンビが来た」みたいにみんな逃げこんでしまって……(笑)
――それは悲しいですね(笑)
ただ、そのときが不幸せだったかというと、幸せでした。僕は「ファクトリエをやりたい」と思ったときから、夢の中にいるんです。「夢」って大きいもので、夢を持った時点で「夢中」という状態になれます。
最初に就職した会社でテレアポや飛び込み営業を頑張れたのも、倉庫でバイトとして働けたのも、夢の中にいたから。自分のやりたいことを目指しているので、成功とか失敗とか関係なく、基本的には幸せです。
夢がかなったか、かなっていないかという話ではなく、ありたい姿に向かって歩んでいる状態になれるかどうか、ですよね。だって、結果って死ぬまで分からないですから。
後継ぎの皆さんにとっては、自分がそういう状態になれるものと、目の前の家業がつながっていたらめちゃくちゃいいですよね。どんな失敗をしても幸せなので。人って幸せになるために生きているので、もしつながっていない場合は、何かつなげるための一工夫は必要かなと思います。
たとえば、概念として考え方を変える。「服を売る」のではなくて、「豊かな生活を提案している」とか。切り口を変えて、自分の好きな概念と結びつけることも大事だと思います。そうすると、エンジンが無限に湧いてくるんです。
――工場を回っているときもつらくなかったんですか?
そうですね。2年半、食事も1食は缶詰だけ、ということも。携帯やガスが止まり、アパートでは洋服にはさまれて生きていましたが、自分の優先順位があるので、SNSなどでほかの人と比較してダメージを受けることもなかったですね。
――山田さんの中では「豊かな生活を提案する」が1位にあったんですね。
絶対的にありましたね。
マイナスをゼロにする「ペインの解消」の世界と、ゼロからプラスにする「ゲイン」の世界があると思うんですが、僕は、ファストファッションやおなかを満たすだけのペイン解消よりも、イミ消費(社会貢献や健康維持、文化の継承などの価値が付帯していて、それを意識的に選ぶ消費行動)のゲインの方がわくわくします。
皆さんの心の中にも、夢中になれるものってあると思います。
――苦労したなかで、始めて決まったのが熊本の「HITOYOSHI」のシャツでした。
2年前に親会社が経営破綻してしまい、銀行からは「自社ブランドをつくらないといけない」と言われていた工場でした。フラッと現れた僕が「直販したいので手を組んでください」と依頼し、「渡りに船」だったということもあり、ぜひやりましょう!と決まりました。
僕はここでがっちり握手したと思っていましたが、後日談として、工場長が実家の洋品店に来て、「山田敏夫さんは息子ですか」と聞きにきていたそうです。初めての契約は、実家の伝統や信頼に支えてもらったんだなと思います。
――このシャツの代金の支払いもなかなか大変だったそうですね。
翌月には200万円を支払わなければならず、資本金50万円はすでに手元にありませんでした。クラウドファンディングで100万円超は集まりましたが、残りは、行商ですね。
公園でタバコを吸っている人たちのところへ、「シャツ買いませんか?」と話しかけて……。マッチ売りの少女ならぬ、シャツ売りの男でした(笑)。
――会社に営業をかけて、「着こなしセミナー」も提案されたそうですね。
無償でセミナーをやるので、最後にシャツを売らせてください、と営業しました。100社に電話したら、3~4社でアポがとれて。そういう電話かけができたのは新卒で入った会社での営業の経験のおかげですね。
――順調にスタートしたわけではなかったファクトリエですが、いつごろから手応えが出てきたのでしょうか?
シャツを買った人から、ちょっとずつリピートして頂けるようになった頃でしょうか。最初はアクセス数「1」で、僕しか見ていなかったサイトが、だんだんリピートの人が増えてきて、積み上がってきた頃ですね。
――今では提携工場も増えたそうですね。
700を超えるぐらいの工場を回って、いまは55工場と提携しています。
「思い」だけではなく、技術力や「5S」はもちろん、彼らにしか作れないものも必要です。そのチェックリストがあるので、それがクリアできている工場だけと提携しています。
――コロナ禍でも前年の売り上げを超えたそうですね。その理由はなぜだと思いますか?
なぜでしょうか……やることは変わらないですからね。ただ、オンライン診療や教育も含め、あらゆるものがコロナで「早まった」「進んだ」とは感じています。
もともと、ミニマリストや、ものを大切に使いたい人はいましたが、そういう考え方が高まってきたんだと思います。在宅ワークで家を片付けなければいけない時に、「長く使えるものをクローゼットに入れたい」という思いもあるんじゃないでしょうか。
――確かに、自分が心地のよいものを着ようというマインドの変化は私の周りでも感じます。
トレンドやファッション性、承認欲求を高めることが大切だったのが、「自分が好きならこれでいい」と、自己肯定感を高めてくれるものに身を寄せるようになった。ひとつの理由はそれじゃないでしょうか。
――先日、銀座のフィッティングスペースで、和紙でつくられた蒸れない靴下や、破れないよう加工された靴下「ライフロング」を拝見して驚きました。どんな製品が消費者の支持を集めているのでしょうか。
ライフロングは僕が今はいている靴下ですね。穴が開いたら交換できます。ほかにも、ワシオが製作した靴下は、南極大陸を制覇した登山家の植村直己さんがはいたことでも話題です。南極でもあたたかい。
話題になったのは、しょうゆもコーヒーもワインもはじく白いコットンパンツです。白いパンツって汚れたら捨てられがちですが、たった1ミリのシミで捨てるのってもったいないですよね。あとは岩手のUTOが製作している10年後、起毛してさらにフワフワするカシミヤのストール・マフラーですね。
――手にとったら本当に柔らかくてびっくりしました。
長く使ったことで価値が生まれるものっていいじゃないですか。これまでって最大だったものが下がっていく感覚でしたが、このマフラーは価値が上がっていく。2020年に買えば、2030年にフワフワになるんです。幸福感がありますよね。
しかもそこまで高くないんですよ。1~2万円で10年と計算すると、1年あたり1000~2000円です。
――質が高いのに、びっくりするほど価格が高いわけではないですよね。
安くも高くもせず、工場が値段を決めて、利益を適切に得られると言うことを大切にしています。
――私たちが安い服や価格に慣れ過ぎていることも考えさせられます。
生地がよくないとか、途上国でむちゃな生産の仕方をしているとか、安いことには理由がありますよね。
――「工場文化祭」やECサイトのコメント機能など、ファクトリエならではの取り組みについて教えて下さい。
工場文化祭は、お客さんと作り手が集うリアルなイベントで、学生の子には工場で働く選択肢を紹介しています。
ECサイトのコメント機能は4月につくりました。
コロナ禍のなか、医療ガウンをつくっている工場もあって、実は止まっていなかったんです。100人ぐらい工場に集まるので不安もあって、何かできないかとコメント機能を考えました。「応援メッセージを送りませんか?」と呼びかけたら、月に6000件が集まりました。
ひと工場に100ぐらい集まった計算です。作り手も喜んでくれて、工場の掲示板に貼って、「心が支えられた」と言っていました。
このコメントには、工場の作り手からも返事ができます。コロナの長い自粛期間に孤独や不安を感じていて、心の温度が下がっていたお客さんが、返事に喜んで「心の温度が上がった」と言っていました。
応援メッセージを送って、作り手が喜んで返事をして、より一層いいものをつくる。感謝と笑顔のサイクルと呼んでいます。そういうサイクルをつくっていきたいと思っています。
――リアルのイベントが難しいなか、オンラインでもつながりがより深まりますね。
「あの人から買いたい」は、いま販売員やコンシェルジュがメインになっていますが、この「あの人」を「作り手」にできたらいいなと思っています。
◆次回の最終回では、新たにファクトリエが踏み出した「食」分野への取り組みをうかがいます。「語れるもので、日々を豊かに。」というのに、境はない――。山田さんはそう語っています。
◆山田さんインタビュー前編【「あの人から買いたい」は最強 家業の洋品店での学びが紡いだ新事業】はこちらから
1982年熊本県生まれ。大学在学中、フランスへ留学しグッチ・パリ店で勤務。卒業後、ソフトバンク・ヒューマンキャピタル株式会社へ入社。2010年に東京ガールズコレクションの公式通販サイトを運営する株式会社ファッションウォーカー(現:株式会社ファッション・コ・ラボ)へ転職し、社長直轄の事業開発部にて、最先端のファッションビジネスを経験。2012年、ライフスタイルアクセント株式会社を設立。2014年中小企業基盤整備機構と日経BP社との連携事業「新ジャパンメイド企画」審査員に就任。2015年経産省「平成26年度製造基盤技術実態等調査事業(我が国繊維産地企業の商品開発・販路開拓の在り方に関する調査事業)」を受託。2018年より経産省「若手デザイナー支援コンソーシアム」発起人、毎日ファッション大賞推薦委員。著書「ものがたりのあるものづくり ファクトリエが起こす『服』革命(日経BP社/2018年)」
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