父の大病で急に承継を準備 恐怖心を乗り越えて事業を広げた3代目
業務用スパイスの専門メーカー、ケー・アイ・エス(東京都文京区)は、創業90年を目前にした老舗企業です。現社長で3代目の飯野顕之さん(49)は13年前、先代の父の大病をきっかけに、急ピッチで事業承継を進めました。就任後は迷いもありましたが、事業拡大やコーポレートアイデンティティーの刷新に取り組みました。
業務用スパイスの専門メーカー、ケー・アイ・エス(東京都文京区)は、創業90年を目前にした老舗企業です。現社長で3代目の飯野顕之さん(49)は13年前、先代の父の大病をきっかけに、急ピッチで事業承継を進めました。就任後は迷いもありましたが、事業拡大やコーポレートアイデンティティーの刷新に取り組みました。
ケー・アイ・エスは、飯野さんの祖父・吉太郎さんが1931年に始めた天然香辛料専門店「飯野商会」が前身で、2021年4月に創業90年を迎えます。世界中から様々なスパイスを仕入れて加工し、 食品メーカーや外食産業、スーパーなどに卸しています。同社が扱ったスパイスはスーパーのお惣菜やレストランのメニューなどに使われ、多くの消費者が口にしています。
主力商品は、単品のスパイスや、複数を調合したミックススパイス、そして複数のスパイスに塩、ハーブ、調理エキスなどを加えたシーズニングという商品です。 顧客のニーズに合った風味や粒度のスパイスを、少量多品種、オーダーメイドで扱っています。
飯野さんによると、先代で父の吉昭さんが1983年、高温の水蒸気を使って食品を殺菌する気流式殺菌装置を導入し、現在の成長に貢献したといいます。「先代はまだ売上が7億円ぐらいのときに、土地を売って1億円を投資して装置を導入しました。その殺菌方法は今も主流で、会社を支えてくれました」
飯野さんは、自分が会社を継ぐと漠然と思っていました。しかし、学生時代はラグビーやアメフトに打ち込み、将来を深くは考えていませんでした。大学卒業後、ヨーグルトを主力とするカルピス味の素ダノン(現ダノンジャパン)に入社し、食品業界の基本を学びましたが、1年ほどで退社し、23歳で家業に入ります。
飯野さんの上の世代はバブル期で多くが大企業に流れ、家業には父親と飯野さんの世代をつなぐ人材がいませんでした。早めに世代交代するために、呼び戻されたといいます。
飯野さんが家業に入ってからは工場勤務、営業、仕入れを担当し、28歳で常務、31歳で専務取締役兼生産技術本部長に就任しました。しかし、あくまで経営陣の一人という認識で、承継はまだ先のことと思っていました。そんな中、当時社長だった父親の大腸がんが発覚します。2006年3月、飯野さんが34歳の時でした。
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「病状はステージIVで、だいたい余命半年から1年、中にはガンの進みが遅くて5年生きる人もいると言われました」。専務ではありましたが、その時点で経理や財務などはすべて父が担当しており、資金計画などにはノータッチでした。父の闘病と事業承継を同時並行で進めなければいけませんでした。
急いで引き継ぐ必要があったのは、会社の資金繰りです。病気判明後は、父と飯野さん、飯野さんの弟、管理部門の社員が参加し、毎月資金繰りについて教わりながら、会社の財務状態を共有していきました。
「父も抗がん剤を打ちながら、亡くなる1カ月ぐらい前まで月1回、会社に来て一緒に資金繰りの仕事をしてくれました。私から社長を変わろうと伝えたのは、病気発覚から1年半後です。事業継承は取引先などからの目もあります。期の途中でしたが、父が少しでも元気なうちに、ちゃんと受け継いだところを見せるためにも、抗がん剤の投与を止めて一時元気だったタイミングで変わろうと考えました」
2007年10月、飯野さんは35歳で社長に就任しました。ところが、翌2008年にリーマン・ショックが直撃します。もともと原料高で仕入れが厳しい状態だったところに、取引先の倒産などが重なり、継承したばかりの会社は大ピンチを迎えました。追い打ちをかけるように、2008年11月、父が亡くなりました。
「父がそれまで堅実な経営をしていて内部留保もあり、このときの赤字には耐えられました。ただ、実際に父が亡くなると、後ろ盾を失ったという恐怖心がありました」
先代からは怒られたり、褒められたりした記憶は殆どありませんが、鮮明に覚えているのは、仕事に向き合う姿勢でした。
「待ち合わせや約束といった時間を守るということを、幾度となく言われました。小さな約束を積み重ね、それを守ることが信頼と信用を生みます。また、父はお客様が工場に来たとき、帰り際に車が見えなくなるまで頭を下げていました。 感謝はきちんと伝えなさいという教えは、今も大切にしています」。そんな父の姿を胸に、飯野さんは経営者として歩み始めます。
飯野さんは父の教えを守りながら、3代目として挑み続けることで独自色を発揮しています。経営陣に加わってから力を入れてきたのが、ミックススパイスとシーズニング事業です。同社の売上の柱は単品スパイスですが、売上拡大のために、それらも欠かせません。先代の頃にゼロから研究を始め、最初は大手メーカーから出向してきた研究員に任せていましたが、うまくいかなかったといいます。
「それでも諦めたくない、と思っていたときにいい人材に出会い、2007年から本格的に取りかかりました。単品スパイスの取引先は自社でスパイスの調合ができるため、既存の流通に乗せても売れません。食品の展示会などに出してゼロから立ち上げました」
ミックススパイスとシーズニングは、品質の高い単品スパイスを使っているのが売りで、特に香りの良さが評価されているそうです。さらに有名店の味も再現できる開発力と、小ロットや個包装といった小回りのきく対応力の高さで売上を伸ばしました。2015年には本社にテストキッチンを開設、2016年には千葉県四街道市で、ミックススパイスやシーズニングのための工場の操業を始めています。
さらに飯野さんは2019年に、 コーポレートアイデンティティー(CI)を刷新し、社名の略称の「KIS」に、新たに「君と、一緒に、幸せを」というメッセージを込めました。
「KISというロゴは祖父が作ったものですが、社員の団結力を高め、さらに発展していくために新しいシンボルマークを作り、会社のロゴも刷新しました。90周年、そして100周年に向けて会社をまとめていくために、もう一度、コーポレートメッセージを理解して欲しいと考え、会社のホームページをリニューアルし、社員一人ひとりに渡すブランドブックなども制作しています」
さらに、今後は動画なども公開予定で、スパイスを売りにした会社であることを、時代に合わせて分かりやすく打ち出そうとしています。
現在、ケー・アイ・エスの売上は約15億円。このうち、単品スパイスが12億円で、飯野さんが立ち上げたミックススパイス・シーズニング事業が約1億円です。飯野さんは100周年の2031年には、売上30億円、経常利益3億円という目標を掲げています。
「現実的には厳しいかもしれませんが、そう言い聞かせないと新しいものは生み出せないし、会社は維持できません」と力を込めます。2020年はコロナ禍による外食自粛の影響を受けており、新しい挑戦は欠かせません。肝いりのミックススパイス・シーズニング事業の売上を伸ばしながら、関連会社で一般家庭向けのスパイス販売も企画しているといいます。すでに、ユーチューブチャンネルを立ち上げ、飯野さん自身が出演してスパイスを使った料理レシピの紹介も始めています。これも個人向け販売に向けた布石です。
「個人向けでは、単に商品を売るだけではなく、スパイス好きが集まるコミュニティーのようなものを作っていきたいです」。承継直後の恐怖感を乗り越え、経営者としてしっかりと自分の足で立つ飯野さんは、スパイスを通して新しい価値を創造していく会社を目指し、100周年に向けた歩みを進めています。
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