目次

  1. 黒字倒産も?過剰在庫の恐怖
  2. 在庫がない?欠品の危険性
  3. 自社に適正な在庫戦略とは?
  4. 可能な限り在庫するAmazonの在庫戦略
  5. 在庫ゼロでショップ運営?ドロップシッピングとは?
  6. 自社に最適な在庫戦略を策定するためのポイント
    1. 自社のミッションを明確にする
    2. 在庫する理由を明確にする
    3. 在庫管理をする場合は、在庫管理をする目的を明確に
    4. 在庫コストとリターンを把握する
    5. 在庫管理システムについて
  7. 在庫管理にITの活用を

 1996年11月、ある小さな玩具の販売が開始されました。

 「たまごっち」と名付けられたその玩具は小さな卵型のペンダントのようで、小型の画面に映し出されるキャラクターに食事を与えたり遊んであげたりして育ててゆくというユニークなものでした。そのたまごっちは当時の小中学生の間で大人気となり、「たまごっちブーム」という社会現象にまでなりました。

品薄で店頭では見かけない「たまごっち」が東京・浅草の三社祭のおみくじの景品で並べられていた(1997年5月撮影)

 たまごっちブームの勢いは凄まじく、子供たちは玩具屋に殺到するもたまごっちは売り切れが続き、在庫が払底する状況が続きました。メーカーは増産を続け、たまごっちの欠品に対応しました。やがて欠品が解消し、在庫に余裕が出始めたものの、メーカーはブームがさらに続くとみてたまごっちの製造を続けました。

 しかし、1998年にはたまごっちブームは収束し、メーカーの倉庫には製品が溢れるようになりました。在庫はやがて過剰在庫となり、メーカーに60億円もの特別損失の計上を余儀なくさせたのです。

 一方で、在庫がない状態、欠品も経営に大きな影響を与えます。

 最近、ある麦芽飲料が貧血を解消するとして女性の間で大人気となりました。その飲料の話題はSNSを通じて拡散し、話題がさらなる話題を呼ぶ事態となりました。店頭からその飲料が消え、ネットでは高値で転売されるケースが相次ぎ、メーカーは「安定した供給の継続が困難になった」としてその飲料の販売を休止しました。

 販売の休止期間は数カ月に及び、そのメーカーの売上の相当分を逸失させる事態となりました。

 過剰在庫と欠品という、両極端の例をご紹介させていただきましたが、いずれも経営や業績に悪影響を与える点は共通しています。そこで「適正な在庫水準」が求められるのですが、「適正な在庫水準」とはどのようなものなのでしょうか。

 実は、この問いに答えるのは簡単ではありません。

 製造業、卸売業、小売業などにおいては、「消費者(ユーザー)が求めるものを、求める時に、求める分だけ」供給することが目指されます。

 しかし一方で、最近は「可能な限り在庫を持つ」戦略と、「可能な限り在庫を持たない」戦略という、両極端の戦略を採用する企業も出てきているのです。その両極端の事例を見てみましょう。

「可能な限り在庫を持つ」戦略を採用している企業の代表例はAmazonです。

「商品棚」を運ぶ自走式ロボットが導入されている川崎市のアマゾンの物流倉庫(2016年撮影)

 Amazonの在庫戦略は、アメリカの経営コンサルタントのクリス・アンダーソンが定義したロングテール戦略であるとされています。ロングテール(Long tail)戦略とは、可能な限り在庫を持つことで取扱商品数を増やし、ニッチ商品の売上を積み増すという戦略です。

 一般的な小売業では、売れ筋商品の上位20%が売上全体の80%を占めるとされていますが、ロングテール戦略では、売れ筋商品ではない下位80%の商品の取り扱いを限りなく増やし、トータルでの売上を積み増すことを目指します。

 ニッチな商品でも販売されていればAmazonで買うことができるので、消費者にとっても大きなメリットになります。

 Amazonにとっても、例えば年に一つしか売れない商品であっても、似たような商品が100万個あれば、それなりの売上が確保できるのです。ロングテール戦略は、ECの普及と発展により消費者とのコミュニケーションコストが下がったために実現したとされています。

 Amazonほどの規模がなくても、例えばあるカテゴリーに特化した製品群をECで販売するといった場合に、このロングテール戦略が活用できる可能性があります。

 一方、「可能な限り在庫を持たない」戦略の代表例はドロップシッピングです。ドロップシッピング(Drop shipping)もECの一形態で、インターネットの普及により実現したビジネスモデルです。

 ドロップシッピングでは、売り手はインターネット上にネットショップを立上げ、商品を販売します。商品が売れたら商品のメーカーや卸業者に発注し、商品をお客へ配達してもらいます。

 売り手はお客から売上代金をもらい、メーカーや卸業者に商品の仕入れ代金と送料を支払います。その差額が売り手の利益となります。

 ご覧のように、ドロップシッピングでは売り手は商品を在庫しません。在庫管理はメーカーや卸業者にまかせ、自らは販売に専念します。返品や交換などの処理もメーカーや卸業者が行います。なお、参入の手軽さから、ドロップシッピングビジネスを立ち上げる人や企業が世界中で増加しています。

 では、自社に最適な在庫戦略を策定するためのポイントをまとめてみましょう。

  • 自社のミッションを明確にする
  • 在庫する理由を明確にする
  • 在庫管理をする場合は、在庫管理をする目的を明確に
  • 在庫コストとリターンを把握する

 自社に最適な在庫戦略を策定する上でもっとも重要なポイントは自社のミッションを明確にすることです。

 例えば、小売業であれば「地域でもっとも豊富な青果類を揃えたスーパーマーケットを目指す」、飲食店であれば「A4ランクの和牛ステーキをリーズナブルな価格で提供する」、部品の製造業であれば「ユーザーが必要とする部品を24時間以内に提供する」など、出来るだけわかりやすいステートメントにします。

 それにより、そのミッションを実現するための「最適な在庫戦略」のイメージが浮かんで来るでしょう。

 同時に、在庫をする理由を明確にすることもポイントです。

 上述したロングテール戦略を採るのであれば「出来る限り在庫を持つ」必要が生じます。一方で、特にECにおいては、無理に在庫する必要がないケースも少なくありません。

 製造業などでも、最近は3Dプリンターを使ってオンデマンドで部品を製造するケースが出始めています。

 一方で、医療の現場などにおいては、薬や医療物資などの在庫を一定の水準に保つ必要があります。

 また、在庫管理をする場合は、在庫管理をする目的を明確にすることもポイントです。

 小売業や卸売業などで少なからず見られますが、在庫管理をすることを目的に在庫管理をするといったケースが少なくありません。

 「原価率を正しく把握する」「デッドストックを一掃する」「食材ロスをゼロにする」「売れ筋商品を把握する」「在庫回転率を20%改善する」など、具体的な目的を明らかにする必要があります。

 在庫とは、ある種の生き物のようです。需給関係、市場環境、競合との関係等々、様々なファクターに応じて刻々と変化します。

 その前提で重要なのは、在庫コストとリターンを把握することです。

 在庫コストとリターンをマネジメントできる水準にキープできていれば、少なくとも在庫戦略の方向性は大きくズレていないでしょう。

 商品の入出庫管理や棚卸などを正確に行い、関係者間で情報をリアルタイムで共有するには在庫管理システムの導入が有効です。

 最近はクラウドベースで利用できる在庫管理システムが増えてきており、比較的低コストで導入することが可能です。

 在庫管理システムを選ぶ際のポイントとしては、次の4点をアドバイスしています。

  1. 在庫管理システム導入の目的を明確にする
  2. 投入可能な予算や人的リソースを把握する
  3. 会計システムなどと連携させる際は互換性を確認する
  4. 必要最低限の機能からスタートでき、必要に合わせて拡張できるものを選ぶ

 製造業や卸売業などでは、製品や原材料などをある程度在庫する必要があるでしょう。その場合、可能な限りITを活用することがポイントです。

 最近は、RFID(非接触型無線通信)などを利用し、在庫の棚卸をほぼリアルタイムで行うことなどが可能になってきています。

自動車部品の物流を効率化するRFIDタグ

 また、在庫のビッグデータをAIが分析し、発注時期や適性在庫水準のレコメンデーションをする機能なども出てきています。

 在庫管理の現場では、今後もビッグデータやAIなどの活用がさらに広がってゆくでしょう。そうしたテクノロジーを活用し、他社と差別化することがより重要になるのは間違いありません。