技術・技能継承のポイントを解説 課題解決に必要な「棚卸表」の活用法
「熟練社員から若手へ、技術を継承したいが、何から始めればいいのか」。退職するベテラン社員から技術や技能をどう引き継ぐかという悩みを抱える後継ぎ経営者も多いでしょう。投資ファンドで中小企業の再生と承継に関わってきた筆者が、技術や技能を引き継ぐためのポイントをまとめました。
「熟練社員から若手へ、技術を継承したいが、何から始めればいいのか」。退職するベテラン社員から技術や技能をどう引き継ぐかという悩みを抱える後継ぎ経営者も多いでしょう。投資ファンドで中小企業の再生と承継に関わってきた筆者が、技術や技能を引き継ぐためのポイントをまとめました。
まず始めに、「技術」と「技能」という二つの言葉はよく混同されます。「技術」は言葉で伝達しやすく、知識から獲得し、非属人的なもの、「技能」は言葉で伝達しにくく、経験から獲得し、属人的なものと整理できます。
それでは、実際の業務において、技術と技能にはどんな違いがあるのでしょうか。筆者の所属する建設業を例に見てみましょう。
会社の世代交代を進めるには、若手社員Aさんに、知識だけで無く、臨機応変な判断力に優れたベテラン社員Bさんの「技能」をどう伝えていくかが重要です。
ところが、Bさんに「普段どこを見て判断していますか? 日ごろ使っている資料を見せてください」と聞くと、「あれ? 資料どこだっけ? あ、作ってない… 」となるケースも少なくありません。
また、周囲に「Bさんが引退すると会社の業務全体や売上・収益にどういう影響があるのか、具体的に教えてください」と聞くと、「大変だってみんな言っています・・・」と曖昧な返事が返ってくることもあります。
ほとんどの中小企業は、本来、非属人的で、資料や数字で伝えられる「技術」まで「技能」として扱われ、属人的な運用になっています。資料や数字として整理されていない内容を若手社員が引き継ぐことは困難です。また、会社の業務の全体像が整理されておらず、「ベテランが抜ける影響」が見えていないと、引継ぎの優先順位を付けたり、スケジュール化したりすることが困難です。
筆者は整理のために「仕事の棚卸」を各社に勧めています。「仕事の棚卸」では「誰が」「何を使って」「どの仕事をして」「それらがどうつながっているか」を整理します。次章で詳しく見ていきましょう。
以下の図は、筆者が作成した架空の会社の「棚卸表」のサンプルです。
棚卸表では、業務を分野別に分けた「部門名」、各部門で採用している「システム・ファイル名」、「仕事の内容とそのつながり」を整理しています。
中小企業では、販売、生産管理、会計などの分野でそれぞれ別のシステムが使用され、システムで対応できない仕事を、エクセルと手作業で無理やり運用しているケースも多いです。
また、顧客対応を営業1人で行っていて、しかもそれが紙と電話の運用なので「見える化」されておらず、その担当者が引退すると顧客との関係が切れてしまう等の課題もあります(図表の①~④、詳細は後述)。
棚卸表の作成に必要な資料と、社内関係者へのヒアリング内容は以下の通りです。
この表の作成は高いハードルがあります。現場には説明があまり得意ではない方もいるので、質問の仕方がポイントです。例えば「こういう時の対応はA、Bどちらですか?」等、具体的で答えやすい質問を用意しておきます。
また、マニアックな技術の話よりは、「他部門とのつながり」、「顧客や会社全体への影響」を軸に質問することがポイントです。筆者は作成のために社員食堂に通って社内用語を覚え、氷点下の屋外の作業を一緒にやり、早番の現場の人の話を聞くために、泊りがけで早朝の工場に行ったこともあります。
筆者の場合は経営者の依頼を受け、社外の人間としてヒアリングを行いました。後継者の方がこのヒアリングを行うと、現場理解が進み、関係も強化できると考えられます(社外に対してだと本音が出やすい場合もありますが)。
棚卸表が整理されると「優先して次世代のために技能承継すべきポイント」、「本当に評価すべき技能」が「見える化」できます。前述した「棚卸表」の①~④に注目してみましょう。
「技能」の大きな要素は「判断力」になります。紙や電話の運用では「過去の判断の足跡」が見えにくいため、若手は「判断の技能承継」が出来ません。情報共有のためのクラウド活用のほか、メールやファイルをチームで見ることが出来るようにする等、小さなことから進めていきましょう。
また、ヒアリングを進めると「これが重要だ」と事前に聞いていた仕事や習慣が、実は「時代にそぐわず、次の世代に残す必要無し」と分かることがあります。また、法改正等で新たに必要になった仕事が会社として漏れていたなどの新たな発見もあるでしょう(多くの場合、転職者や派遣社員等他社経験のある社員から指摘されることが多い)。「引き継ぐ」だけでなく「引き継がない」のも、後継者の経営判断として重要です。
人事異動の少ない中小企業では「一人しかできない、分からない」という仕事が生じがちです。「○○さんしか分からない」という進め方は、事故や病気等のトラブルに弱いですし、不正の温床にもなります。「引き継ぎが1カ月以内に出来ること」を、仕事の割り振りや引継ぎ時の基準としている大手企業もあります。
「古くからのお客さんだから」と「儲からない顧客」にベテランを配置するのは、「営業の技能の無駄使い」になってしまいます。技能のあるベテランは重要な顧客を担当してもらい、若手を含めたチームで関与することで、顧客対応等の「技能」を吸収してもらった方が良いでしょう。
図表にある「経理のベテラン社員がスケジュール管理をしていたので期日が守られていた」という例のように、業務では「意外な人」が重要な役割を果たしていることが少なくありません。
「社員の愚痴を聞くのが上手くて、離職率を下げるベテラン」や「見た目は怖いけど材料の品質を一瞬で見抜く達人」に、筆者は過去会ってきました。現場で丁寧に話を聞くと、「会議で声が大きい人」が実は大した役割を果たしていなことも分かります。本当に次世代に引き継がなくてはならないのは、「無口で地味だけど凄い人の技能」かもしれません。
後継者の方はこういった「見えにくいけど重要な技能」を技能承継のスケジュールに加え、漏れが無いようにすることがポイントになるでしょう。
筆者の所属企業「クラフトバンク」のように、建設業に関するデータベースを蓄積し、業界全体の「技術の見える化」を進めているケースもあります。知見が整理されているので、建設業の方は役立てていただければ幸いです。
【参考文献】
・「手戻りなしの要件定義実践マニュアル」(水田哲郎著、日経BP社)
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