目次

  1. 勤怠管理の基礎知識
  2. 自己申告制の注意点は
  3. 勤怠システム導入のメリット
  4. HRテクノロジーとは
  5. システム導入の注意点
  6. 他のシステムとの連携も重要
  7. 会社の規模に応じたシステム導入を
  8. 業務効率化も労務管理の改善も

 勤怠管理とは、使用者(企業や事業所)に課せられた義務で、具体的には従業員の出勤や欠勤、休憩などの労働時間を正確に管理することを指します。労働基準法に基づく通達では、割増賃金の支払いを把握するため、企業に出勤簿の作成を義務付けていましたが、2019年4月から施行された働き方改革関連法に基づく労働安全衛生法の改正では、労働者の健康や安全管理のため、原則として雇用形態に関係なくすべての労働者を対象とした「使用者の労働時間把握義務」が設けられました。

 そして、労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間のことを指します(2000年最高裁第一小法廷判決三菱重工長崎造船所事件)。労働時間に該当するか否かは、労働契約や就業規則などではなく、客観的に見て、労働者の行為が使用者から義務づけられたものといえるか否かなどで判断されます。従って、制服へ着替えるなどの準備時間、後片付けの清掃はもちろん、待機時間や研修なども入ります。

 また、使用者は労働基準法上、原則として1日に8時間、1週間に40時間を超えて労働させてはいけないことになっています。そして、労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩を労働者に与えることが義務付けられています。

厚生労働省の働き方改革特設サイトでは、時間外労働の上限規制について解説しています(厚労省サイトから引用)

 働き方改革関連法により、かつて36協定を結べば青天井だった時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間と定められ、特別条項付きの36協定を締結しても、その場合の上限(時間外労働が年720時間以内など)を超えた企業の使用者には、「6カ月以下の懲役」または「30万円以下の罰金」の罰則が科され、企業名も公表されることになりました。

 勤怠管理は法的義務を全うするために必要で、給与計算のためにも、また長時間労働を避け、社員の健康管理を行うためにも非常に重要です。

 それでは、労務管理のリソースが限られる中小企業では、どのような方法で、勤怠管理を行えば良いのでしょうか。また、業務効率化を進めるために、人事労務全般でシステムの導入が進む中、経営者はどのような点に気を付ければ良いのでしょうか。「日本一わかりやすい HRテクノロジー活用の教科書」の著者で、特定社会保険労務士の榊裕葵さん(ポライト社会保険労務士法人)に、お話を聞きました。

――中小企業では、タイムカード、Excel、出勤簿等の自己申告制の勤怠管理を行っているケースが少なくありません。自己申告制による勤怠管理を行う場合の注意点は何でしょうか。

 実態と乖離する場合がないか、常にチェックする体制が必要です。特に問題になるのが残業の過少申告です。例えば労働基準監督署の調査が入った場合、自己申告制の出勤簿と実態が合致しているかを見るために、パソコンのログイン時刻などを調べます。

 もし、実態が合っていなければ未払い残業代を支払うことになり、状況によっては企業の資金繰りにも大きな影響を与える恐れがあります。このようなことが起こらないよう、終業時間にオフィスにいる社員に対し、社長や上長が帰宅や残業申請を促す習慣を付けましょう。

 リモートワークや外勤の営業職など、実態が目視で確認できない従業員がいる場合、申告している労働時間外にメールやビジネスチャットでの業務報告や資料の提出がないかなどの確認も必要でしょう。

――テレワークの普及などで労働時間の目視確認が難しくなっていることから、勤怠システムの導入を図る会社も増えていると聞きます。どのようなメリットがあるのでしょうか。

 エクセルシートへの記入やタイムカードを用いて勤怠管理を行う場合、シートの回収に手間が掛かったり、打刻漏れが起きたりする恐れがあります。また、エクセルシートでの記入方式だと分単位での打刻が難しい場合もあります。

 ところが、現在はパソコンやスマートフォンのアプリで労働時間を打刻したり、業務用パソコンの電源のオンオフやログインに連動して自動的に打刻したりすることもできます。また、GPS機能で打刻した場所もわかるものもあります。これらのシステムを導入すれば、正確な打刻が可能で、集計に向けた管理も容易です。

 エクセルの出勤簿の場合、少し数式がずれるだけで残業代などが正しく計算できない場合もあります。また、マクロを組んだ社員が退職すると、残された社員は仕組みがわからなくなってしまうなど、扱いが属人的になってしまいがちな面もあります。

 この点、勤怠システムを使えば、初期設定さえきちんと行えば、所定内賃金や残業代が正確に自動集計できます。非常に廉価な費用で利用することができ、導入しない手はないと思います。

 過重労働の事前の抑制こそが何よりのメリットです。例えば、エクセルシートに労働時間を記入し、印刷して提出する自己申告制の場合、残業時間は月末まで把握できません。一方、勤怠システムならリアルタイムに勤務時間が把握できるので、「月の後半は残業を抑えるように」といったアドバイスができ、自然と残業が抑制できるのです。

――榊さんは勤怠管理をはじめとした人事労務管理にテクノロジーを導入することを、「HR(Human Resorce)テクノロジー」と呼んでいます。具体的にはどのようなものですか。

 「人事労務業務を効率化するクラウド型ITサービス」を指します。HRテクノロジーの導入メリットは、大きく分けて、①導入コストの手軽さ、②業務効率化の幅の大きさ、③使いやすさの3つが挙げられます。

 まず、導入コストの手軽さが挙げられます。従来、業務効率改善のために何らかの法人向け業務ソフトを導入しようとすると、数百万円規模のコストが発生することも珍しくはありませんでした。ところが、現在では、初期費用は無料か、比較的低額です。また、月額利用料も、利用者数や利用ID等に応じた月単位や年単位での課金という仕組みになっていて、コストに無駄がありません。「サービスを利用する社員数×数百円」というイメージですね。

 次に業務効率については、例えば、年末調整の場合、末調整の還付や徴収額は自動計算してくれるパッケージ型のソフトウェアを利用することはできました。しかし、扶養控除等(異動)申告書などの各種の申告書を配布して、記載済みのものを回収し、データを入力するという手間を省くことはできません。この点、クラウド上の年末調整ソフトを使用すれば、直接該当者に入力してもらうことができ、管理者側で進捗管理が可能です。そして、未入力の社員には入力を促すメールなどを送信し、業務の進捗を早めることもできます。

 そして、使いやすさも大きなメリットです。従前のパッケージ型のソフトウェアは専門知識を持った人が単独で使うことが前提で開発されており、一般社員が使用することが難しい傾向にありました。ところが、クラウドサービスのソフトは一般社員をユーザーと想定して開発されています。インターフェースは可能な限り分かりやすく入力でき、そして要所でヘルプによる説明もあるので、自動計算が働いて入力を助けてくれる仕組みになっています。

――システムを導入する際の注意点はありますか。

 まず、勤怠時間の設定の仕方に注意が必要です。労働基準法によれば勤務時間は1分ごとに把握しなくてはなりませんが、現実的な運用を考えて10分、15分単位で「丸めて」把握している会社もあります。

 システムの設定上、端数を切り捨てるなら、勤務場所から打刻機までの距離が遠い等の合理的な理由が必要です。システム上切り捨てられた時間に残業をしていたことを上長が現認した場合や、本人から申請があった場合には、実労働時間に応じて始業・終業時刻の修正を行わなければなりません。

 また、制服がある場合は着替えが終わってから打刻する会社もありますが、着替えの時間など仕事に必須の時間は、労働時間に含めなくてはいけません。時間内と時間外の行動については、会社の実態に合わせて決めて、正確な打刻ができる設定をしてください。

榊裕葵さん 東京都立大学法学部卒業。上場企業の海外事業室、経営企画室に約8年間勤務後、社会保険労務士として独立。個人での事務所経営を経て、ポライト社会保険労務士法人の設立に参画し、マネージング・パートナーに就任。社会保険労務士として実務経験を重ねていく中で、ITやクラウドソフトの活用がバックオフィスの働き方改革に直結すると確信し、現在はHRテクノロジーの導入・運用支援に力を入れている。Webを中心に寄稿先も多数で、著書に「日本一わかりやすい HRテクノロジー活用の教科書」(日本法令)がある。

――労働時間の集計で、気をつけるべきことは何でしょうか。

 自社の就業規則のルールに沿って労働時間をきちんと集計できるか、操作を確認することが必要です。例えば、どの時間までは所定内労働時間で、どこからが残業時間とカウントするか正確に設定する必要があります。テレワークや固定残業代を導入している企業では、この点に注意すべきです。

 また、就業規則が細か過ぎたり複雑になり過ぎたりしていると、システムが対応しきれず、設定できない場合もあります。その場合は就業規則の見直しを図ることも必要です。

 特に勤怠システムは労働基準法に則った初期設定が重要です。設定を間違えたまま、誤った計算をしてしまっているケースも散見されます。初期設定のサポートを外部に依頼する場合、システムベンダーはITのプロだが労働法の専門家ではなく、一方で社労士はその逆、という場合も少なくありません。初期設定が間違っていないか、双方にチェックしてもらうと良いでしょう。

――勤怠システムを選ぶ際、どのような点に注意したら良いのでしょうか。

 まずは、サポート体制がしっかりしているか否かに注目すべきだと思います。設定方法などがわからない、思った通りに労働時間を集計できない場合に、電話やチャットで画面を見ながら相談できるようなサポート体制が理想でしょう。

 フレックス勤務、裁量労働制を採用している場合には特に、自動計算ができるかをチェックすることも必要です。無料ソフトやミニマム構成のプランでは標準的な1日8時間の勤務時間のみに対応していて、これらの場合には集計できないこともあります。

 また、給与計算システムなど他のシステムへの連携ができるか否かも必須のチェックポイントです。例えば、freeeやマネーフォワードのように、同じブランド内の勤怠システムと給与計算システムは大概連携できます。

 現在では、API(*)を用いると、違うブランドの給与計算システムであっても、ボタン一つで連携が可能です。例えば、勤怠システムのKING OF TIME(KOT)と給与計算システムの人事労務freeeは、API連携しています。

 システムは同じブランドの方が扱いやすいのですが、違うブランドを使用する場合はAPI連携している商品の使用をお勧めします。これは勤怠システムと給与計算システムのみならず、人事労務手続システムなどとの連携においても同じです。

*注 Application Programming Interfaceの略。異なるソフトウェア間においてワンクリックでデータを直接やり取りする仕組みを指す。

――人事労務におけるシステムを最初からフル装備することは現実的でないとも感じます。会社の規模に応じたシステム導入は可能なのでしょうか。

 最初に最低限のものを揃え、後から必要なものを付け足すということでいいと思います。具体的には50人以下の企業、50人以上の企業、1000人以上の企業という段階に分けます。

 まず、全企業に導入すべきなのが勤怠管理、給与計算、年末調整、マイナンバー管理、人事労務管理の各システムです。なお、年末調整は給与管理、人事労務のシステムに、マイナンバー管理は人事労務システムに入っています。まずは勤怠管理、給与計算、人事労務管理の各システムを入れることをお勧めします。

 勤怠管理システムはKOT、ジョブカン、人事労務freeeがメジャーです。KOTは初期費用ゼロで1つのIDにつき300円、ジョブカンも有料プランは初期費用ゼロで1つのIDにつき200円からのコースがあり、廉価で使用できます。なお、KOTは勤怠に絞ってサービスを展開していることから性能が高いです。

 一方、人事労務freeeは、勤怠管理と一緒に年末調整、給与計算がセットになっており、会社の規模に応じた月額基本料金に加えて、1つのIDにつき数百円というコース設定になっています。

 給与計算システムは、人事労務freee、マネーフォワード(MF)クラウド給与が2大勢力です。MFの方が連携している勤怠管理システムは多いのですが、内部に簡易な勤怠管理システムを持っているものの、外部連携が基本です。人事労務freeeは1つのソフトで勤怠、年末調整、給与計算と全てカバーしようとする姿勢なので、どちらが良いかは好みによるかと思います。

 なお、最近では人事労務freeeが人事労務管理システムのSmartHRとAPI連携したり、MF社がマネーフォワードクラウド勤怠を出したりしているので、今後の動きが注視されます。

 ただ、API連携には注意が必要です。API連携ができているというシステム同士でも、扶養者情報や年末調整のデータに関しては連携できていないといったケースがあります。他のシステムもそうですが、連携については、よく注意して購入すべきです。

――勤怠管理、給与計算、人事労務管理の各システムの他に、導入した方がいいものはありますか。

 社員数が50人を超えたら、健康管理、採用管理、タレントマネジメントの各システムを導入するといいと思います。社員が50人以上になると、労働安全衛生法上、社員の健康管理をするために、衛生管理者や産業医の選任、衛生委員会の開催、定期健康診断の実施状況を所轄労働基準監督署に報告、ストレスチェック実施などの義務が発生します。

 そして、50人を超えると、採用やタレントマネジメントの管理システムがあった方が、社員や採用応募者の情報の共有や傾向の把握などが便利になると言えます。

 健康管理システムには、廉価でストレスチェック、健康診断結果の管理、残業時間数管理やチャットで専門家に健康相談ができる「Carely」「FiNC for BUISINESS」などのサービスがありますが、「FiNC for BUISINESS」はコスト面、機能面ともに社員数が数百名から数千名規模の企業を主たるユーザーを想定したサービスです。中小企業では社員数50名規模の規模から無理なく使えるCarelyが適していると考えられますが、業務の実態に応じて判断して下さい。

 そして、採用管理システムでは、求人段階ではIndeedやWantedlyなどが、選考段階ではジョブカンなどのサービスがあります。自社でコンテンツを作って、TwitterやYoutubeで採用に成功した例もあります。

 また、さらに規模の大きくなった会社では、AIツールが、エントリーシートの1次審査に利用されています。現段階では未知の領域ですが、将来的には社員の健康管理や社員教育、ノウハウの共有などに利用されていくのではないでしょうか。

 システム導入は業務を効率化させるだけではありません。例えば勤怠であれば打刻を必ずする、残業時間をリアルタイムで可視化するなど、今までの労務管理を改善できるメリットがあります。コロナ禍で導入企業が増えていますが、より多くの企業に上手に利用してほしいと思っています。