プラスチックでSDGsを追求する3代目 星野リゾートとの共同開発も
脱プラスチックが叫ばれる中、石川県加賀市のプラスチック製品メーカー「石川樹脂工業」は、持続可能な開発目標(SDGs)を追求してデザインも優れた自社ブランドを、送り続けています。3代目の専務がリードし、従業員90人ながら、星野リゾートなどの有名企業との取引も実現しました。
脱プラスチックが叫ばれる中、石川県加賀市のプラスチック製品メーカー「石川樹脂工業」は、持続可能な開発目標(SDGs)を追求してデザインも優れた自社ブランドを、送り続けています。3代目の専務がリードし、従業員90人ながら、星野リゾートなどの有名企業との取引も実現しました。
石川樹脂工業は1947年に創業しました。多様な樹脂素材を使い、外食産業向けの食器や厨房用品、仏具や工業製品などを自社で成形、加工しています。
そんな地方企業で新商品開発をリードするのが、専務の石川勤さん(36)です。父親の章さんが現在、代表取締役会長を務める家業で育ちましたが、東京大学工学部から外資系大手のP&Gというキャリアを歩みます。「両親からは家業について何かを言われることなく育ち、色々なものを見て経験したい気持ちがずっとありました」
自分は世の中で何ができるのか、一人で生きていくために必要な知識や経験を身につけるにはどうすればいいのかを考え、経営やマネジメントへの関心を高めました。
優れたマーケティング戦略で知られるP&Gでの仕事内容は、財務、会計、内部統制、コスト改善と多岐にわたりました。具体的には、工場の立て直し、家電のブランド戦略、国内の物流改善などを2、3年のサイクルで担い、そのすべてで「いち社員ではなく、小さな経営者」という姿勢で仕事を進めることを求められたといいます。
「戦略を立てて、実行、改善していく。それをものすごいスピード感で行ううちに、経営戦略のプロとして鍛えられ、いまの自分を作り上げてくれた時間でした」。中でも刺激を受けたのは、シンガポールに赴任していた時の上司だといいます。「世界で戦うために必要なものは何かを考え続ける大切さを教えられました」
それでも、CFO(最高財務責任者)の右腕まで上り詰めた一方、大企業ゆえに自分の意志決定が及ばなくなっていったことに葛藤が膨らんだといいます。
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大きなプロジェクトに区切りがつき、次の身の振り方を考えた時に思い浮かんだのは、家業の存在でした。「大企業は定期的にポジションが変わり、最後まで何かをやり通すことが難しかった。でも、最初から最後まで自分の責任で働いていた父の姿がうらやましく、尊敬する気持ちがありました」
石川さんは2016年にP&Gを退職し、専務取締役として石川樹脂工業に入社しました。同社は、石川さんの入社前の2011年、米国の化学メーカーが開発した新しいポリエステル素材トライタンを使った「Plakira(プラキラ)」を開発。車が踏んでも割れない強靭さと、ガラスのような透明性を誇ります。石川さんは、父の希望もあり、Plakiraのテコ入れを始めました。
Plakiraには、すでに外食産業からの引き合いはあったものの、石川さんの目には「技術はすごいが、もったいない」とうつっていました。「父や職人には『いいものだから売れる』という自負はありましたが、見せ方や伝え方といったブランディングの視点がありませんでした」
石川さんは、P&Gで経験した仕事との大きなギャップを感じました。「入社するまでの石川樹脂工業は、取引先からの『もう少し大きく、もう少し小さく』といった細かなニーズに応え続けていました。それ自体は素晴らしいですが、わずかな違いの商品が増えるばかりで、Plakiraの価値が逆にわかりづらく、伝えにくくなっているように見えました」
石川さんはリブランディングのために、金沢市のデザイン会社「secca(セッカ)」とタッグを組みました。大切にしたのは「コンセプトの共有」でした。
「僕はデザインの良しあしは判断しない代わりに、コンセプトは徹底的に議論しましょうと言っています。長く使えてリサイクル可能というトライタンの強みを生かし、10年、20年後の食卓でも古いと感じさせないデザインをお願いしました」
意図はしていなかったといいますが、経営の上流からデザイナーを入れて、戦略とデザインを融合する「デザイン経営」につながりました。
「僕は経営企画・計画を立てることはできますが、デザイナーがいないとモノはつくれません。世の中のニーズを把握しているデザイナーの発想は貴重なものです。『いい感じのコップをデザインして。あとはよろしく』ではもったいない」
石川さんとseccaのデザイナーは「プラスチックのイメージを変える」というコンセプトを共有し、対話と試作を重ねました。そうして生まれた「ゆらぎタンブラー」は、口元が波型に「ゆらいだ」独特のデザインで、「プラスチック=画一的で大量生産」のイメージを覆しました。同ブランドの主力製品となり、同じ素材でできたグラスは、割れにくさや機能性が評価され、大手外食チェーン・サイゼリヤの全店で使用されるようになりました。
石川さんは2020年2月、「サステナブル宣言」という新たなチャレンジを発表しました。プラスチック製品が関わる生産や使用、廃棄というサイクルを見直し、最大限循環させて、環境負荷の少ない製品を送り出すというものです。
「レジ袋の有料化は本当にエコなのか、生分解性のゴミ袋は本当に環境にいいことなのか。もやもやしているところを、自分の中で形にして、石川樹脂工業の取り組みとして世に見せるための宣言でした」
サステナブル宣言を、具現化した製品が、同年3月に発表したオリジナルブランドの「ARAS(エイラス)」です。ARASは「強く、美しい、カタチ。」をコンセプトにした食器ブランドで、トライタンにガラス樹脂を加えたものになります。
丈夫でありながら、表面に波のような凹凸があり、陶器のようなデザイン性を併せ持ちます。皿やお椀、フォークやナイフなど、従来のプラスチック製品の枠を超えた商品をそろえています。軽くて普段使いしやすい点が評価され、ECサイトの売り上げが好調。発売から1年で約4万個が出荷され、コロナ禍の中で業績の支えの一つになりました。
PlakiraもARASも、トライタンという同一素材で作られているため、一緒にリサイクルでき、分別コストもかかりません。「一番大切なのは、ごみを減らすことです。プラスチックでも長く愛される製品なら捨てられることもなく、ごみは減らせるのです」
リサイクルモデルの実践が生んだのは、「星野リゾート」とのビジネスでした。石川さんは「めちゃくちゃ狙っていた」という有名企業との取引を、どうやって実現したのでしょうか。
きっかけは多くの企業が利用する展示会でした。「(星野リゾート代表の)星野佳路さんに自社製品をどうやって見せたらいいか、という視点のブース設計から始まっています」。星野リゾートに合わせ、ブースの色や調度品、スタッフの制服などを、落ち着いた高級感のあるイメージで統一しました。
また、石川さんは星野リゾートの「星のや 軽井沢」に客として宿泊。写真を撮ってメモをして、星野さんの著作も読みました。そうして、環境への負荷を最小限にとどめながら顧客満足と運営収益を生み出す、星野リゾートの「環境経営」の哲学を学ぶことが必要だと感じたのです。
SDGsに取り組む星野リゾートは、プラスチックごみ削減に向けて、客室用の飲料水のペットボトルに代わる容器を探していました。石川樹脂工業の製品が、環境に配慮し、ラグジュアリーホテルにふさわしいデザインの美しさも兼ね備えていることから、目に留まったのです。
2020年11月、石川樹脂工業と星野リゾートは、ARASブランドで、リサイクル可能な「ウォータージャグ」を共同開発。「星のや」の一部で導入されました。
石川さんは言います。「僕たちの仕事はモノを売るのではなく、取引先が抱えている問題を一緒に解決して、取引先の顧客に喜ばれることなんです」
サステナブルなプラスチック製品を送り出す上で、SDGsは避けて通れません。石川さんは自身の経験から、「大手企業はSDGsに取り組みたくても、何をやったらいいのかわからないところが多い印象です」と言います。「その気持ちに寄り添って、我々中小企業から商品を提案することはできます。それをビジネスチャンスととらえるかどうかだと思います」
プラスチックに逆風が吹く時代に言い訳せず、着実にビジネスを発展させている源は、石川さんのキャリアにあるといいます。「僕の人生観は反骨心の塊だと思います。地方から東大に進み、今の時代に樹脂を事業にするというのもその一つです。『地方だからできない』と思われている現状を変えようと燃えているし、斜陽とも言われる日本から発信できるのも面白いと思っています」
「お金を稼ぐだけなら、前の仕事を続ければよかったかもしれません。でも、それ以外の価値を提供して、世の中の役に立つためのインパクトを残したいという人生を選びました。サステナブル宣言はその延長線上にあるのです」
プラスチックの可能性を追求して、もっと価値を高めたい。家業への誇りと後継ぎとしてのチャレンジ精神が、輝いています。
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