テレワーク下で全員参加型経営を加速 メーカー3代目が仕掛けた工夫
新型コロナウイルスの感染拡大で、テレワークが推奨されながら、中小企業は思うように進んでいないのが現実です。そんな中、テレワークでの業務に工夫を凝らしながら、全員参加型の経営を進めて、顧客との接点も増やしている社員数33人のメーカーを紹介します。
新型コロナウイルスの感染拡大で、テレワークが推奨されながら、中小企業は思うように進んでいないのが現実です。そんな中、テレワークでの業務に工夫を凝らしながら、全員参加型の経営を進めて、顧客との接点も増やしている社員数33人のメーカーを紹介します。
中小企業でテレワークが進まない原因はどこにあるでしょうか。私はコミュニケーションに不安を感じている社員が多いからだと考えます。人は言葉よりも、態度や姿勢などから多くのメッセージを受け取りますが、テレワーク環境では、それがやりにくい現実があります。
テレワークで仕事を上手く回すには、話を聞いて相手の真意をくみ取り、思いを自分の言葉で伝えられるスキルが不可欠です。これは、一朝一夕では身につきません。毎日、人の話を聞き、わからなければ質問をする。聞いたらそれを受け止めて、フィードバックするという繰り返しで磨かれます。パソコンなどの機器だけが普及しても、テレワークは簡単には進みません。
そんな中、工業用ブラシ専業メーカーのバーテック(大阪市都島区)は、2020年3月から事業のテレワーク化に取り組んでいます。リモート率は80~90%で、マーケティングや営業活動のオンライン化を実現。コロナ前よりも顧客接点を創出しています。
同社はコロナ禍以前から、様々な取り組みを通じて、主体性を発揮する社員を育てています。国際的な調査機関「Great Place To Work」(GPTW)が世界約60ヶ国で実施している「働きがいのある会社」ランキングで、バーテックは、日本の小規模部門(25~99人)の第10位に入りました。4年連続のトップ50入りで、今回は初のベスト10に輝きました。
バーテックは社員数33名のファブレス企業です。「ブラシで世界を変えよう」というビジョンを掲げ、食品業界を中心に食品衛生や有害生物の駆除などに役立つ工業用ブラシで高い評価を得ています。生産は全て外部に委託し、社内は企画、設計、流通加工、営業部門で構成されています。
創業77年の同社を率いるのは、3代目の末松仁彦さんです。末松さんは2008年、27歳で先代の父から事業を引き継ぎ、売上・社員数ともに約2倍に成長させました。末松さんはテレワークを推進しながら、どのように社員の働きがいを高めているのでしょうか。
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「おはようございます」。毎朝9時半、同社の一日は、Zoomによる全員参加の朝礼から始まります。所要時間は約20分。まず日替わりで部門責任者が、各部門の状況を発表します。次にZoomのブレイクアウトセッション機能を使い、全社員が2人1組に分かれます。そして、同社が定める「バーテック・フィロソフィ」について、自分が実践していることを語り合います。
「バーテック・フィロソフィ」は同社の行動指針で、全部で50項目にのぼります。その一つに「できない理由でなくて、できる方法を考えよう」といったものがあります。朝礼では、その中から毎日1項目を取り上げ、ペアになった相手に、自分がその指針に従ってどんな実践をしたか、2分間で自分の業務上の体験を語ります。
その後、司会者が「皆で共有したい素晴らしいエピソードがあった人はいますか」と問いかけます。すると、オンライン上で「ワッ」と手が上がり、指名された人は、今、仲間から聞いたばかりの取り組みを発表します。これに別の人がコメントを返し、社長もフィードバックします。理念と実践を結びつけるミーティングを、毎朝行っているのです。
例えば、フィロソフィのテーマが「渦の中心になれ」だった日には、こんなやりとりがありました。
開発部門の社員が「新商品開発のためにモニターになってくれるお客様の紹介を営業担当者にお願いしているのに、紹介いただけていません」と発表すると、次のようなコメントが寄せられました。
「何のためにモニターを募集するのか伝わっていないのでは。目的を十分に伝えずに作業的に依頼しても、後回しにされてしまうだけだよ」
さらに社長もコメントしました。「あなたが求める仕事の出来栄えと、相手が理解した仕事の出来栄えが一致しないと、人は動いてくれないよ。求める出来栄えをしっかり伝えましょう」
発表者はこのようなフィードバックコメントを通じて、日々気づきを得ることで、成長につながっています。
同社のテレワーク化は、顧客にも好評です。毎年2月に自社主催の展示会・セミナーを開催してきましたが、昨年3月以降、リアルな展示会を開催出来なくなりました。そこで、ほぼ毎月、全国から200~300人が参加するオンラインセミナーを開催しています。
セミナーは3部構成です。第1部は、衛生コンサルタントが工場内の衛生管理や防虫対策などがテーマにした講演。第2部は、自社の商品紹介。そして、第3部は、実際の顧客へのインタビューです。「なぜバーテックの商品を選んだのか」、「実際に利用してみてどうか」など、社員が尋ねます。
このインタビューでは、顧客が同社のブラシを使用しているビデオも流します。どの食品工場も、機械の下や排水溝のグレーチングの掃除、排水溝の壁面の汚れ落としは悩みの種です。バーテックのブラシが、実際にどのように使われているのかが伝わる動画は、参考になると喜ばれているといいます。
オンライン化によって、地方の顧客も気軽に参加できるというメリットも生まれました。
オンラインで伝えるのは、商品情報だけではありません。末松さんは、顧客の経営者や幹部向けに、働き方改革に関するセミナーを開催しています。
同社はGPTWで10位にランキングされるほど、社員が働きがいを感じている会社です。末松さんは、そこに至った経営のやり方を顧客に伝えて、一緒に働きがいを高めようとしているのです。
社員は商品を通じて現場の担当者と、社長は働き方改革でトップと繋がる。そうした複合的な関係を築いているのです。
では、同社がコロナ前から進める働き方改革や人材育成は、一体どのようなものでしょうか。
末松さんが会社を継いだ2008年は、リーマン・ショックの年で、業績は急降下しました。末松さんは、業績回復を最優先にして、売上高や利益、KPIなど目に見えるものにこだわった経営を行いました。その結果、業績はV字回復します。
しかし、2013~14年頃には退職者が相次ぎました。残業が多く、仕事と家庭と両立できないことが理由でした。そこで末松さんは、社員が長い間、喜んで勤めてくれる会社を目指しました。
主に取り組んだのは、7項目です。
1:理念改定(バーテック・フィロソフィの制定)
2:社内コンパ(社内レクリエーション。上記忘年会や部門別懇親会など)
3:バーテック・フィロソフィの勉強会
4:会社と社員のビジョンを考える合宿
5:事業発展計画発表会
6:就業規則の改正
7:ガラス張りの経営
この中から「3:バーテック・フィロソフィの勉強会」「6:就業規則の改正」「7:ガラス張りの経営」について、説明します。
フィロソフィの勉強会は、朝礼以外に毎週1回30分、6グループに分かれて開催しています。フィロソフィBOOKの中の1項目を取り上げ、自分が実践したことを発表します。取り上げるフィロソフィは朝礼と同じですが、勉強会では討議する時間を十分にとります。そして仲間から受けたフィードバックを参考に、来週中に具体的に何をするか、メンバーに発表する取り組みです。
同社は年1回、社員から人事制度を含めた、労働環境改善の提案を募集しています。それに応え、毎年就業規則を改定しています。
社会環境の変化に応じた制度変更も積極的に行っています。例えば「人生100年時代」への対応です。退職金を退職時に一括で受け取るのではなく、退職金前払い制度を設け、毎月の給与に基本給の8.3%を加算して支払っています。多様な人生設計に対応し、資産運用、人的ネットワークの構築、学び直しに活用してもらいたいと考えたからです。
同社は四半期ごとに土曜日の出勤日を設け、事業の進捗と財務内容を全社員に発表するオールハンズミーティングを開催しています。コロナ禍以降はテレワークで開催しています。発表するのは社長以下6人の部門長です。
オールハンズミーティングには新入社員も参加しますが、財務諸表を読むことはできません。そこで新人のために、財務諸表の読み方をテーマにした勉強会を開催します。
社員はこの発表を聞きながら、発表者への疑問点や提案などをグループウェアに書き込む決まりになっています。リアルタイムで疑問点を解決することで、社員は相互理解を深め、社長以下部門長たちは、社員が何を感じて仕事をしているかをつかめるのです。
このような全員参加型経営は、今回のコロナ禍のような予測していなかったピンチを、チャンスに変える原動力となりました。当たり前にやっていたことを、いかにオンラインに置き換えるか。ただ置き換えるだけでなく、オンライン環境を活かしながら、より楽しく、面白いものにできるか、全員で知恵を絞りました。
それが上記のようなオンラインのセミナーや朝礼ですが、それ以外にも次のような楽しみ方をしています。
同社は日常業務以外でも、社員間のコミュニケーションを高めるイベントを、オンラインで開きました。
2020年12月4日に開いた忘年会もその一つです。形式はオンライン飲み会ですが、ケータリングECサイト「ノンピ」を活用して、会社負担で全員の自宅に同じ食事と飲料を宅配したのです。
さらに、予め1人1000円分のプレゼントを用意し、交換するイベントも行いました。このとき利用したのが、商品の利用券やクーポン券を送る「giftee」というサービスです。商品にメッセージを添えて贈り合うことで、一体感を高めたのです。
デジタルトランスフォーメーション(DX)を進めるには、まずは自分たちがその便利さを実感することが大切だと考えた社員たちが、忘年会で新しいサービスの利用を会社に提案して、実現しました。
同社は、これまで社員教育の一環としてお茶の稽古を行ってきました。全社員を8人一組に分け、先生の手ほどきで年4回、1回1時間、茶道を学ぶのです。
末松さんが茶道の根底にある「一座建立」の精神に共感したことがきっかけになりました。主客の区別がなく、一緒にお茶を味わい、語り合うことで、その場をより価値ある時間に変えていく。この精神が、同社が目指す全員参加型経営に通じると感じたのです。
リアルで行っていたお茶の稽古は、現在はリモートで行っています。社員にはお茶のスターターキットを送り、自宅でお茶を立てられるようにしています。
コロナ禍でも、できる限りの工夫で、社員のつながりを深めようとする姿勢が、忘年会やお茶の稽古から伝わってきます。
今回行われたGPTWのアンケートに「今回のコロナ対応を通し、会社をより信頼できるようになりました」と答えた社員がいます。末松社長はそれを読み、同社の対応が間違っていなかったと確信できたといいます。
あなたの会社では、テレワークの進捗状況はいかがでしょうか。社員の主体性なくして、成功はありません。ぜひ、バーテックの取組を参考に主体性を発揮する社員を育ててください。そのような社員が多い会社が、テレワーク下でも、ビジネスを成功させるのです。
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