目次

  1. 人材育成とは
    1. 「人材育成」と「人材開発」「能力開発」の違い
  2. 人材育成の目的
  3. 人材育成を実施するには? 事前におさえておきたいポイント
    1. 必要な能力を整理する 社会人基礎力を参考に
    2. 実施内容・実施方法を検討する
    3. 体系的な人材育成システムを整える
    4. 長期的な人材育成計画を策定する 
  4. 人材育成の3つの手法
    1. OJT
    2. Off-JT
    3. 自己啓発
    4. 階層別に適切な手法を選ぶのがおすすめ
  5. 人材育成における成功例
    1. 株式会社ホテルニュー富士(ホテル業)
    2. イオン株式会社(小売業)
  6. 意図説明・実施・フォローの流れを忘れずに

 人材育成とは、「会社が持つ人的資源に会社が投資すること」です。より具体的には、企業が社員の業務能力を高めるべく行う教育や訓練のことを指します。

人材育成のポイントと手法
人材育成のポイントと手法(デザイン:吉田咲雪)

 以前、筆者が直接話を聞いた人事部の人は、コンプライアンス意識の低さが招くハラスメントの発生を危惧し、職層別にコミュニケーションについての研修を行ったと話していました。

 この例からもわかるとおり、人材育成は、新入社員の入社時期だけでなく、すべての社員にとって定期的に必要なものになります。適切な人材育成は企業を経営するうえで不可欠なものなのです。

 人材育成とは、上述したとおり、会社が人材に投資することを指します。似たような言葉として「人材開発」や「能力開発」がありますが、それらは人材育成の一部として考えると良いでしょう。それぞれの関係を図にすると以下のとおりになります。

人材育成と人材開発、能力開発の違い
人材育成と人材開発、能力開発の違い・筆者作成

 人材開発とは、経営課題の実現に必要なスキル・知識を持った人材を育てていくことを指します。企業の経営課題を意識して人材育成を行う場合は「人材開発」という言葉を用いることが多いです。

 また、能力開発とは、社員個人の強みや特性など特定の能力を伸ばす教育・訓練を指します。個人の強みや特性を意識して人材育成を行う場合は「能力開発」という言葉を用いることが多いでしょう。

 人材育成の目的は、企業の経営課題を克服できる人材を育成し、企業・社員ともに成長を促すことです。人的資源についてドラッカーは著書『マネジメント』で、「あらゆる資源のうち、人が最も活用されず能力も開発されていない」「人を資源としてではなく、問題、雑事、費用として扱っている」と述べています。耳が痛い言葉かもしれませんが、人的資源を活用するような人材育成が、企業の成長につながるのです。

 また、人材育成には「社員の組織定着率」を高める効果があります。厚生労働省が29,955人の若年労働者を対象に行った2018年の若年者雇用実態調査の概況によると、職業生活中の満足度について「賃金」が最も低く、次いで「教育訓練・能力開発のあり方」となっています。とくに満15~34歳の若年労働者と呼ばれる社員については、人材育成への投資をおろそかにしていると退職の可能性が高まってしまうのです。

 人材育成を実施する際、いくつか抑えておきたいポイントがあります。ここでは下記の5つのポイントについて順に解説します。

  1. 必要な能力を整理する
  2. 実施内容・実施方法を検討する
  3. 体系的な人材育成システムを整える
  4. 長期的な人材育成計画を策定する
  5. 育成計画を策定する

 人材育成では、社員が身につけるべき能力はなにか、事前に整理しておくことが重要です。

 企業の実態や事業の内容によって何を優先的に身につけさせたほうがいい能力が異なりますが、そもそも何を身につけさせるべきなのか見当がつかない場合は、社会人基礎力を指標にすると良いでしょう。

 社会人基礎力とは、経済産業省が2006年(平成18年)に提唱し、2018年(平成30年)に「人生100年時代の社会人基礎力」として再定義・公開された指標です。

 社会人基礎力では、3つの能力(前に踏み出す力、考え抜く力、チームで動く力)と12個の能力要素(主体性や課題発見力、規律性など)を、職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力としています。いずれの能力・能力要素も仕事の成果に直結する、文字どおり基盤的な力となっています。

 人材育成の実施内容については、以下のような内容が考えられます。

  1. 職層別の一般的な能力を向上させる内容
  2. 経営課題の実現に必要な能力を向上させる内容
  3. 個人ごとの特性を向上させる内容

 実施内容が決まれば、実施方法を検討しやすくなります。1であれば外部セミナーの受講やOJTなどの社内研修の実施が有効です。2や3は、内容をよく検討したうえで、その分野に強い外部講師を招いて学ばせたり、外部研修を受講させたりする方法があげられるでしょう。

 人材育成を行う際は、体系的なシステムを整える必要があります。人事部や総務部の担当者が変わると人材育成が形骸化した……といったことが生じないよう、大きな方針と具体的な施策、担当者の動きが相互に結びついた仕組みづくりが重要になります。

 人材育成の基盤づくりから始める企業は、厚生労働省の支援制度を利用するのもいいでしょう。厚生労働省では能力開発に取り組む事業主を支援する施策を行っています。全般的な相談から講師派遣などまで行っているので、人材育成システムが適切か検討する際は相談するのもおすすめです(参照:人材開発|厚生労働省)。

 長期的な人材育成計画は、人材育成を実施する前に必ず定める必要があります。研修など具体的な施策を実施するほか、以下のようなフローが必要になります。

  1. これから行う人材育成研修の意図(長期的な人材育成計画)を説明
  2. 人材育成研修の実施
  3. 実施後フォロー

 人材育成は、1回2時間のセミナー受講で終わりというものではなく、研修を受講させる目的や長期的な計画、自社が期待する人材像などについて社員に説明する時間が必要です。また、実施後のフォローも重要になります。

 なお、人材育成計画を策定する際は、ニーズドリブンが有効です。ニーズドリブンとは、データを基にニーズを明らかにしたうえで意識決定を行うことです。人材育成計画では、会社の目標・経営戦略の達成に必要な能力と、現在社員が持つ能力のギャップをニーズとして明確にしたうえで、そうした課題を解消する育成計画を策定します。

 人材育成計画策定にあたって、アルバイトやパート、非正規社員の育成機会に悩む人もいるかもしれませんが、「同一賃金同一労働」という取り組みが各社で行われています。人材育成を計画する際には、正社員・非正社員というくくりで考えるのではなく、実際に従事している業務内容から、今後期待する能力・スキルを考えるのが理想です。

 では、具体的にどのような人材育成の手法があるのでしょうか。以下では、次の3つの手法について、それぞれ解説します。

  1. OJT(On the Job Training):仕事のなかで学ぶ
  2. Off-JT(Off the Job Training):仕事を離れて学ぶ
  3. 自己啓発(Self Development):自発的に学ぶ

 OJTとは、日常の業務に就きながら行われる教育訓練のことです。

 日本企業の多くは社内異動があるポスト可変型ですが、異動先で行う業務について社員同士で教えあうのもOJTですし、異動がない非正社員が主体の事業所で新人バイトに先輩が教えるのもOJTです。

 OJTは日々の仕事のなかで行うため特別な費用がかからず、現場の仕事に直結し即戦力につながります。また、教えることで教育者となる上司や先輩の成長を促すのも、OJTのメリットです。

 OJTのデメリットとしては、会社独自の知識に偏り仕事を俯瞰(ふかん)しにくくなる、教育者との関係性が育成の効能に影響する、といったことが挙げられます。

 Off-JTとは、通常の仕事を一時的に離れて行う教育訓練(研修)のことです。Off-JTには、自社内で行う方法や、民間の教育研修会社を利用したり商工会議所などの経営者団体のセミナーに参加したりする方法があります。厚生労働省の調査によると、Off-JTを実施した事業所は企業全体の70.4%にのぼります(参照:2021年度「能力開発基本調査」〈参考1〉調査結果の概要 p.11丨厚生労働省)。

 OJTは仕事中に1対1で行われるのに対し、Off-JTは外部講師1人対複数の集合型であることが多いため、日常業務中で習得が困難な技法や多角的な視野を学んだり、同期との経験や知識を共有したりする機会となります。OJTとOff-JTは手法としてどちらが優れているかというものではなく、補完関係にあるものと捉えると良いでしょう。

 なお、Off-JTと実施するときにとくに検討しておきたいこととして、コスト問題があげられます。業務から離れて社員の時間を使うことは会社にとって大きなコストです。先述した調査によれば、1人あたりにかけるOff-JTの平均額は1.2万円です(参照:同上 p.2)。経営状況によってコストの高いOff-JTを行うことができないこともあるかもしれませんが、その場合は、厚生労働省の人材開発施策の活用や、協力会社との人材交流などの機会を通じて、社外のことを学ぶのもいいでしょう。

 自己啓発とは、社員が自らプライベートな時間などでスキル・知識を身につけることです。会社としては、自己啓発を通じて社員が自ら生産性を向上させたり、新しいアイデアを生んだりする場合があるので、ぜひ促進したいところです。先述した調査によると、自己啓発支援を行った事業所は81.4%と多く、その1人当たりの支出平均額は0.3万円と比較的低コストでした(参照:同上 p.2)。

 会社が社員に自己啓発を強要することはもちろんできませんが、促進する方法として「自己啓発をしたくなるような会社風土を作る」「自己啓発がしたくなるようなアドバイスをする」という2つの方法があります。

自己啓発の促進方法①自己啓発をしたくなるような会社風土を作る

 自己啓発を促進する会社の風土を作る方法はさまざまですが、例えば次のようなものがあげられます。

  • 自由参加型の学びの場を企画する人がいる
  • 上司が部下の学びに対しやる気をそぐ発言(「業務と関係ないだろう」など)をしない
  • 社内広報で資格やラーニング方法を紹介する
  • 自己啓発の費用負担や報奨金制度がある

 ただ、報奨金制度や学びの場を企画しても一時的な自己啓発で終わる会社が多いです。

 継続的な学びを維持・風土化しようとしている会社は、社内広報やグループウェアを利用して自己啓発を行った労働者にスポットライトを当てるなどの取り組みを行っています。参考にしてみてください。

自己啓発の促進方法②自己啓発がしたくなるようなアドバイスをする

 思わず自己啓発がしたくなるようなアドバイスを社員にしてみるのもひとつです。

 厚生労働省の調査によると、自己啓発を行った労働者の平均実施時間は年間42.8時間でした(参照:同上 p.50)。1日あたり約7分という計算になります。社員からしてみれば1日10分勉強すれば過半数の労働者より学んでいることとなります。「10分で同期に差をつけられる」と話したら、少しやってみようかなという社員もでてくるかもしれません。

 OJTとOff-JTを補完しあい、さらには自己啓発も促進するのが理想ですが、実際そのように取り組めている会社は多くありません。以下のように、会社が抱えた階層ごとの課題によって手法を決定するのが現実的です。

会社の課題 手法 取り組み案
新卒採用の人材育成が課題 OJT 現場業務を伝えつつ、社内の関係性を強化する
中堅社員(在籍3年以上)の人材育成が課題 Off-JT 集合型研修を実施し、同期間で刺激を与える
中途採用の人材育成が課題 自己啓発 時間外労働を極力発生させない
社員の個人時間を確保させる
管理職の人材育成が課題 Off-JT 外部講師の知識を取り入れつつ、同じ職層同士で課題を共有する

 若手社員(在籍3年未満)にはOJTが適しています。日々の業務に必要な動作を先輩社員が教えることにより、いち早く現場業務を身につけることができ、トレーナー社員との関係性も構築されます。中堅社員(在籍3年以上)にはOff-JTも織り交ぜると良いでしょう。同期間での刺激も期待できますし、社外での研修もしくは外部講師によるレクチャーで視野が広くなることもあります。

 中途採用社員には、OJTも行いながら時間外労働を発生させず、自己啓発の時間を確保させると定着しやすいです。中途採用ということは、なんらかの事情があり離職したということですので、まずは定着してもらうよう自己啓発の時間を確保させることを意識してみましょう。

 管理職にもOff-JTは有効です。受講者同士で考えさせるワークがあるものだとなお良いでしょう。課題を共有し、各人の対応を知ることでマネジメント力向上に役立ちます。

 人材育成における成功例として、ここでは2つの会社を紹介します。

 ホテルニュー富士では、「グローバル社会に対応出来るスタッフ」の育成を目的として、社内勉強会、OJT、Off-JTを積極的に行っています。

 チーム毎の専門知識を社内勉強会で共有したり、語学を学ぶため外部講師を招いて勉強できる環境を作ったりなどしています。

 役員や社員同士の意識や方向性を共有するため、毎月1回2時間程度の全体会議を開催するなど理想的な人材育成を実施しており、育成目的も明確で旅行客から高い評価を得ています。

 イオンはパートタイマーが多く、かつては各従業員が自己流で対応していた部分が多かったといいます。そこで「社内検定制度」の導入し、標準化に成功しました。

 社内検定制度とは、業務に必要な知識や能力を鮮魚やホットデリカといった部門に分けて検定としたものです。この検定に合格すると、待遇面に連携され、パートタイマーだと時給に上乗せされます。

 社内検定制度導入の一番のメリットは技能や知識の標準化ですが、イオンでは、試験問題作成や検定官の育成を通じて、結果的に社内の総合的な人材育成が効果的に行われています。

 人材育成は人に対する投資です。もしかしたら「給与も法定福利費も負担しているのに更に費用をかけて育成するのは大変……」と思われる人もいるかもしれません。

 そういった場合は関係会社や協力会社との交流でも良いですし、紹介した厚生労働省の人材開発施策を活用するのもおすすめです。もちろんOJTの実施でも良いでしょう。

 どれも重要なのは実施前の意図・目的説明と実施後のフォローといった一連の流れです。人材育成を実施する際はこの流れを念頭に行いましょう。