「レディー・カガ」を仕掛けた3代目 苦境の温泉郷をもり立てる発想力
石川県の加賀温泉郷で10年前、「レディー・カガ」という観光プロモーションが全国的に話題を呼びました。仕掛け人は、地元旅館の若き3代目でした。コロナ禍で観光業が大打撃を受ける中、いち早く温泉郷のECサイトを立ち上げるなど、アイデアマンぶりは健在です。
石川県の加賀温泉郷で10年前、「レディー・カガ」という観光プロモーションが全国的に話題を呼びました。仕掛け人は、地元旅館の若き3代目でした。コロナ禍で観光業が大打撃を受ける中、いち早く温泉郷のECサイトを立ち上げるなど、アイデアマンぶりは健在です。
金沢市から南へ40キロ。加賀温泉郷は粟津、片山津、山代、山中という四つの温泉地の総称です。1956年に創業した「よろづや観光」の3代目社長・萬谷浩幸さん(45)は、山代温泉で「葉渡莉」「瑠璃光」という二つの旅館を経営しています。
半径8キロ圏内に点在し、元々はライバル関係だった四つの温泉地を、萬谷さんは「加賀温泉郷」としてブランディング。今も山代温泉観光協会の宣伝企画部長として、手腕を発揮しています。
萬谷さんは、北陸新幹線の金沢駅開業前年の2014年、30代でよろづや観光の社長に就任しました。しかし、後継者への道を着々と歩んできたわけではありませんでした。
「早稲田大学時代は、音楽や美術にはまっていました」。格安チケットでニューヨークやパリに行っては、美術館や映画館に入り浸っていました。「ビジネスマンになって出世を目指す道もピンとこなくて、兄がいたので家業に入ったとしても継ぐことはないだろうと思っていました」
大学卒業後、よろづや観光に入社。東京事務所のいち営業マンとして働きました。「学生時代にどっぷりつかった文化的なことから離れ、営業という仕事に情熱が持てませんでした。一方で、経営側としてバリバリやりたい気持ちもあって、中ぶらりんでした」
しかし、芸術肌だった萬谷さんの不完全燃焼の日々は、兄が独立して飲食店の経営をはじめたことをきっかけに一転。2003年、後継者として加賀に戻ることとなりました。
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取り巻く状況は逆風でした。「このころの地方の温泉旅館は値引きや特典を競い合い、消耗戦になっていました。山代温泉も旅館や商店が減り始め、家業の経営状態も全盛期の7割程度まで落ち込みました」と振り返ります。
萬谷さんは家業を立て直そうと、客室係の体制を変えようとしました。当時の客室係の収入は、自分が担当した客からの売り上げの数%が収入になる歩合制のような仕組みでした。そのため、従業員は個人事業主の集まりといった体制で、チームワークが生まれにくかったといいます。
しかし、萬谷さんは客室係の給与を月給制に変え、収入の平準化を図りました。古参でしか持ちえない独特のノウハウを撤廃したことで、新しく入ってきた客室係も働きやすくなったといいます。
「(歩合制は)従業員のモチベーションでしたから、反発は大きかった。しかし、家族経営の旅館から企業へと成長するには、お金の流れを会社が把握する必要があるのだと、従業員を粘り強く説得しました」
地道な経営改革を進めましたが、2008年のリーマン・ショックで温泉街はさらにジリ貧になります。そんなとき、県の旅館組合の青年部支部長に就任した萬谷さんは、組合の予算がプールされていることに目を付けました。「他県の温泉地の視察に行こうか」という話が持ち上がった時、東京での営業経験があった萬谷さんは「プロモーション」の必要性を訴えます。
「首都圏の人は『加賀には昔、町内会や会社の慰安旅行で行った』というイメージがあります。中高年は思い出の地ですが、若い人には知られていない。しかも、『山代』『山中』という名前ではなく『加賀の温泉』として知られていました」
一つひとつの温泉地ではなく、「加賀」を前面に出せば、首都圏の人をひきつけられる。そう確信した萬谷さんは、北陸新幹線の金沢駅開業を4年後に控えた2011年、組合で積み立てていた約100万円を原資に、プロモーション動画の作成に乗り出しました。
それは、旅館のおかみや温泉街で働く女性100人を「レディー・カガ」と名付け、加賀温泉駅で出迎えるという斬新な動画でした。「地元の人は温泉地ごとにプライドやライバル意識があり、加賀温泉郷とくくられることを嫌がっていました。でも『加賀温泉郷』というブランドには可能性があると考えました」
動画は2011年の公開直後から話題となり、再生数を稼ぎます。地方からSNSを効果的にプロモーションにつなげた事例として取材も殺到。地元の代理店からは、広告換算費は1億円と試算されたといいます。
萬谷さんは成功に満足することなく、2012年には、片山津温泉にある柴山潟のほとりで、「加賀温泉郷フェス」と銘打った音楽フェスを開催しました。ヒントは、2011年、東日本大震災からの復興を願い、福島県で行われた「LIVE福島」というイベントでした。実際に参加した萬谷さんは、地元住民のご当地愛に感動し、観光地とフェスとの親和性を確信します。
「フジロックフェスティバルやサマーソニックなどと一緒に、『加賀温泉郷フェス』の情報が並んでいたら、絶対にインパクトがあります。『フェスって何の意味があるの?』という声ももちろんありました。でも『レディー・カガ』の話題性を、リアルな効果につなげなくてはいけないと、半ば勢いで押し切りました」
加賀温泉郷フェスも好評を博し、毎年開催しています(2020年はコロナ禍で中止)。5年前からは、天候や騒音のリスクを避けつつ「温泉郷らしさ」を追求するため、大幅にリニューアル。萬谷さんが経営する旅館「瑠璃光」を会場とするイベントになりました。
来場者は浴衣を着て、旅館の複数の広間でライブを行うフェスは、根強い支持を受けています。例年、加賀温泉郷の宿泊施設は軒並み満室になり、地元の飲食店なども恩恵を受け、「地元の祭り」として定着しつつあります。
萬谷さんは、「旅館業は家を守る意識が強い」と言います。「家意識は、時に連携を阻害することもあります。しかし、レディー・カガ、温泉郷フェスを経て、他業種とつながり、地域全体でフラットにやろうという意識が芽生え、行動したことが大きいと感じています」と振り返ります。
2023年度末の北陸新幹線敦賀開業を控え、上げ潮ムードだった温泉郷を、コロナ禍が襲いました。よろづや観光の売り上げも例年の半分以下に落ち込みました。
萬谷さんは2020年6月、「かいねや加賀」というECサイトを立ち上げました。「加賀温泉郷を売るネットショップ」として、構想からおよそ2カ月のスピードでした。企画やデザインは「レディー・カガ」時代から付き合いのあるクリエーターに依頼。最初は出店者集めに苦労しましたが、萬谷さんはそれまでの人脈をもとに、一軒一軒営業に回って、地道に増やしていきました。
「かいねや」とは加賀地方の方言で「買ってみて」という意味があります。伝統工芸品や特産品を販売する「お取り寄せ」のほか、先払いで宿泊や飲食のチケットを購入して事業者を支援する「みらい飲食券」、「みらい宿泊券」も取り扱っています。
かいねや加賀にも、萬谷さん流のプロモーション戦略が表れています。アイドルグループ「モーニング娘。’21」の加賀楓さんを、イメージキャラクターとして起用したのです。
加賀さんは加賀市から温泉郷観光大使に起用されている縁がありました。かいねや加賀のサイトには、加賀さんの写真を前面に出し、インタビュー動画も載せています。
加賀さんが、2020年秋に加賀温泉駅の1日駅長を務めると、ファンが「聖地巡礼」のように加賀温泉郷を訪れ、その様子をSNSで発信。それを見た人が加賀を訪れるという好循環が生まれています。
出店業者は萬谷さんの旅館も含めて27店で、コンスタントに商品が売れているといいます。
「かいねや加賀は商品を集めて、出店業者から手数料をいただいて販売するビジネスモデルです。利益率は高いとは言えず、売り上げも決して多くはありません。でも、私たち旅館業にとって、お客さまが来なくても売り上げがあるというのは画期的なことです。オリジナル商品をもっと増やし、コロナ収束後も、販売ツールの一つとして継続していくつもりです」
斬新な発想で周りを驚かせている萬谷さんですが、「自分は旗を立てただけ。アイデアマンとも言われますが、『アイデア=ひらめき』ではないと思っています」と話します。
「レディー・カガは地元に住む女性たち、フェスは旅館という限られた資産の価値に目をつけました。地方、中小企業、経験不足といったパーツを組み合わせて、効果を最大限にすることが大切だと思っています」
かつては、若さもあって「良いことをしているのだから、応援してもらって当たり前」という思いがあったといいます。行政のトップに直談判をして「物事には順番がある」とおきゅうをすえられたこともあったと笑いながら、若い後継ぎの世代にエールを送ります。
「私も成功が確約されていることはひとつもありませんでした。でも、長引く不況などで、無難にやっていてもジリ貧だと覚悟を決めたのです。実は無難にやろうとするほど、つらくなるのではないでしょうか。若い人には、個性や感性を信じて、楽しく挑戦してほしいです」
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