ミートボールの石井食品が挑む「食×IT」 5代目が掲げる組織変革
「イシイのおべんとクン ミートボール」で知られる石井食品(千葉県船橋市)の5代目社長・石井智康さん(39)は、ITエンジニアから家業に転身しました。家業を継ぐのは嫌でしたが、食品メーカーの可能性に気付き、IT流の組織マネジメントも融合して、従業員の力を引き出しています。
「イシイのおべんとクン ミートボール」で知られる石井食品(千葉県船橋市)の5代目社長・石井智康さん(39)は、ITエンジニアから家業に転身しました。家業を継ぐのは嫌でしたが、食品メーカーの可能性に気付き、IT流の組織マネジメントも融合して、従業員の力を引き出しています。
石井食品は石井さんの祖父・穀一さんが1945年に設立し、佃煮の製造から始めました。49年に現在の石井食品に改称し、70年に調理済みチキンハンバーグの製品化に成功。74年には看板商品のミートボールが誕生し、全国的なメーカーになりました。
石井さんは子どもの頃から会社にもよく連れていかれましたが、「家業にお世話にならないように生きていこうと思っていました」と言います。「周りの大人や同級生からは、石井智康ではなく石井の家の子だと思われ、『どうせ継ぐんでしょ』、『あなたは楽で良いね』と言われることもあり、コンプレックスでした」
石井さんは、アメリカの大学に進学し、帰国後の2006年、ITコンサルティング大手のアクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ(現アクセンチュア)に就職しました。 「大学では文化人類学を専攻していましたが、プログラミングにも興味があり、ITエンジニアを選びました。その時も、食品業界だけは選びませんでした」
アクセンチュアではエンジニア・コンサルタントとして、大企業の基幹システムの構築やデジタルマーケティング支援を担当。その後は、ベンチャー企業を経て、2014年からフリーランスのソフトウェアエンジニアとして活躍します。様々なプロジェクトを経験し、プロのエンジニアとして自信を持てるようになったことで、「石井食品の長男」というコンプレックスから解放されました。
独り立ちした石井さんは、その先のキャリアを考え、家業に入る選択肢が浮かびました。「結婚を機に食生活の改善に取り組んでいて、食への関心が高まりました。起業も考えましたが、スタートアップでは製造まで担うことは簡単ではありません」
その点、石井食品は97年から食品添加物を使用しない、無添加調理を始めて、高い製造能力がありました。「業界的には異端の技術を持つ会社が、身近にあると気づいたのです」
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石井さんは、父親で会長の健太郎さんに、石井食品の社員研修や事業計画を立案するコンサルタントとして経営に関わることを提案します。17年1月から会社に入り、同年4月に正式に入社。6月には取締役に就任しました。
石井さんの入社は、古参社員から歓迎されたといいます。その陰には祖母で 初代会長のトヨ子さんの存在がありました。「石井食品の社風は祖母が作りました。古い社員から見れば、私はトヨ子の孫。祖母を慕う社員から本当に応援してもらいました」
そして、入社からまもなく、父から急きょ打診され、翌年6月に社長に就任しました。
フリーランス時代、小さい単位(チーム)で素早くソフトウェア開発を行う、「アジャイル開発」という手法の導入に関わっており、その考え方を導入する「アジャイルコーチ」の仕事も手掛けていました。アジャイル開発には、エンジニアとビジネスチームの緊密なコミュニケーション設計が大切です。それは、大企業でも同じでした。
そのため、石井食品で最初に手掛けたのが、マネジャークラスに向けたチームづくりの研修や、石井食品の強みと弱みを可視化する人事研修でした。
そして、社長就任にあたり、社史を調べ直しました。石井食品は創業期は佃煮、第2期がチキンハンバーグ・ミートボール、第3期が無添加調理への挑戦と、時代に合わせて進化を続けました。「父からは『20年に1度はモデルチェンジしてきた』と言われました。今がちょうど第4期で、組織変革が必要でした」
石井さんは「本当においしいものを作る」という会社の根幹は変えてはいけないと考えました。一方、そのための組織運営は、ITの手法を採り入れながら大きく変えました。
「最初はカルチャーショックだらけでした」。食品メーカーは比較的、業務のデジタル化が遅れている業界と言われます。たとえば、工場の製造現場などには、メールアドレスも持っていない社員がいました。
「全国に営業所や工場が点在していて距離の壁があり、全社員が集まるのは年1回くらいです。横の連携を取りにくい中、電話やファクスの文化では1対1のコミュニケーションしかできません」
石井さんは全社員にメールアドレスを配布し、チャットツールも工場も含めて全社で導入し、活用を始めています。例えば、製造のトラブル事例をチャットツールに載せることで、すべての工場で共有できます。また、営業と工場がやりとりするチャットには、売り場の声や写真が流れており、工場の人も参加できるようになっています。
顧客の声を伝えるチャンネルでは、売り場からのさまざまな意見が毎日のように共有されます。それを工場の社員が直接見ることで、現場レベルでの改善がスピーディーに進むようになりました。
「ITはひとつのツールに過ぎません。結局それを使うのは人なので、マインドや挑戦する文化が育っていないとシステムだけいれても使いこなせない……というのはこれまでもたくさん見てきました。ITに関してはようやく下地ができてきました」
「お客さんの声を聞いて、切磋琢磨して技術を磨いて、良いものを作って喜んでもらってお金をいただく。ソフトウェアと食品は、やっていることは違っても、本質的には変わらないことに気づきました」
石井食品が力を入れているのが、野菜の生産地と手を組んだメニュー開発です。2017年に誕生した「千葉白子町の新玉ねぎをつかったハンバーグ」は、新玉ねぎのシーズンに合わせて、毎年リニューアルしながら販売を続けています。ほかにも、春季限定の「地域の筍まぜごはんの素」や「三浦のキャベツハンバーグ」など、さまざまなメニューが並びます。
石井さんが入社する1、2年前から地域食材の活用は始まっていましたが、第4創業期の中核として、2017年から強力に推進するようにしました。ただ、課題もありました。「工場からみれば、ミートボールやハンバーグの方が何十年もかけて作業効率化が進んでいるので、利益率が高い。地域食材メニューは、売価は高いけど、手間がかかる面がありました」
それでも毎年コツコツ続けたことで、従来品のミートボールやハンバーグとは異なる層からの支持を得て人気商品になっていきました。特に生産者が積極的に応援してくれました。
「これまでは人の訓練やビジネスとしての考え方を伝える期間でした。ようやく認知も広がり、これまでの商品とは違うお客さんから喜んでもらえるようになり、工場も本気になってきました」
石井食品では2000年代から、パッケージ記載の「品質保証番号」で原材料情報が調べられるトレーサビリティーシステムも導入しています。食の安心を高める取り組みですが、石井さんはバージョンアップを考えています。「システムが相当古いので、ブロックチェーンなどの最新技術を使って、もっと正確なシステムにしたいです」
2021年6月には会長の父・健太郎さんが引退し、石井さん一人で会社を率いることになります。畑違いの業界から家業に入ったとき、決めていたのが現場批判をしないということ。「僕がやりたいのは、皆がアイデアを出し合って良いものをつくるボトムアップ型の自律的なチームづくりです。それが、成功率が高いと感じています」
ただ、経営する以上は、トップダウンが必要なこともあります。「特にコロナ禍では情報を集めた後は、スピードを重視して、バシバシとトップダウンで決めました。執行役員たちも理解してくれました」。もともと現場を大切にして、従業員や顧客の声を積極的に聞いてきたからこそ、緊急事態宣言下でも、社員はついてきてくれたようです。
石井さんは、コロナ禍の前まで子どもを抱っこして出社して話題を呼び、2020年には、NPO法人が主催するスーパーダディアワードも受賞しました。同社にはもともと、子どもを預けられないときに連れてくるよう文化があったそうです。
「僕自身、小さい頃は会社によく連れて来られていたので、子連れで出社するのは普通のことでした。抱っこしながら会議もしましたし、子育てを経験したベテランの女性社員も多いので少しぐらい泣いても平気だろうと。コロナが収束したら、子連れ出社を制度化し、男性育休にも力を入れていきたいです」
石井さんが戻って5年。同じような境遇の後継ぎに向けて、「創業するつもりで承継して欲しい」というメッセージを送ります。
スタートアップはゼロからの創業ですが、家業は元からの事業も、能力を持った社員も、得意先もいます。さらに、社会からの信頼があります。そうした土壌は、新しいことを始めるにしても大きなプラスになります。
「事業承継の場合、もともとのリソースがあるというのは大きいことだと思います。『おいしいものを作る』という軸はずれないようにして、アプリとの連携や、エンジニアリングの領域など、IT業界にいたからこそ、できることと組み合わせて、チャレンジしていきたいです」
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