辞める若者の背中を見送っていた金型製造3代目 副業人材が変えた固定観念
猪尾愛隆
(最終更新:)
「会社のコアメンバー=フルタイム・正社員」という固定観念を持っていませんか。東京・蒲田の菓子用トレー金型製造会社「城南村田」の3代目・青沼隆宏社長(51)も以前はそう考えていました。しかし、約2カ月間、ウェブ広告を強化するために副業・兼業プロ人材と共に仕事をして、考え方が大きく変わったといいます。さらに「フルタイム・正社員」から離れることで、自社の人材流出を防げるのではないかという可能性も見出しました。(企画構成・国分瑠衣子)
創業72年の城南村田、主力は菓子トレーの金型
創業72年の城南村田は、もともとは城南洋紙店という印刷紙の卸会社でした。大学卒業後、日本の会計事務所勤務を経て米国の会計事務所で働いていた青沼さんは、いずれは家業を継ぐことを考えていました。しかし2001年、城南洋紙店は大口の得意先が倒産したあおりを受け、経営難に陥ります。
急きょ帰国した青沼さんは家業の立て直しに奔走、3年で経営再建の道筋をつけます。その後、社長に就任した青沼さんは2005年、菓子用トレーを製造する金型の会社をM&Aして、今の事業の柱にしたのです。
同社の主力は、デパ地下で目にするギフト用の菓子トレーの金型です。日本を代表するテーマパークで販売している菓子のトレーも数多く作っています。
新規顧客の開拓へ「リスティング広告」を検討
しかし、コロナ禍で最初の緊急事態宣言が出された2020年、百貨店やテーマパークの休業で、翌年度の企画の多くが無くなりました。
以前からテレワークの準備や業務の仕組み化を進めていたため、業務に大きな支障はありませんでしたが、新規顧客の開拓には別のアプローチが必要です。
「キーワード検索した時に検索サイトで上位表示されるようなリスティング広告をつくりたいと考えていました。でも、当社にノウハウはないし、専門家を社員として雇う余裕もない。どうしたものかと悩んでいました」(青沼社長)。
副業人材との契約、決め手は具体的な広告プラン
インターネットを検索していた時に、副業・兼業プロ人材と中小企業をマッチングするJOINSを知り、2020年10月にウェブマーケティングを専門にするフリーランスの男性と契約したのです。
5人の応募があった中で、男性と契約する決め手になったのは面接の段階で、会社や競合他社の情報を調べ、具体的なリスティング広告のプランを提示してくれたことでした。
副業の男性はウェブマーケティングを専門にしています。まずは競合他社がどのような広告やコンテンツ戦略を打っているのかを分析。その分析をもとに、城南村田の強みを打ち出せるリスティングやSNSのターゲットを設定しました。検索した時にサイトが上位に表示されるようにする検索エンジン最適化(SEO)対策の指示書を作りました。
会社の強みを生かすSNSも開始
同社の強みは木型職人を擁している点です。通常、金型はCAD(コンピューターによる設計)でつくりますが、同社では職人が、一つ一つ木型を彫ってサンプルを作ります。このためCADでは出せない微妙なフォルムや曲線を作ることができるのです。
2020年夏から力を入れているSNSでは、同社の強みを動画や写真でわかりやすく説明しています。YouTubeでは実際にチョコレートの金型トレーができるまでを紹介。
木型を彫り、トレーが完成するまでをユーモアを交えながら解説しています。リニューアルしたホームページでは、実際の取り引きの流れを製造工程とともに説明し、発注を検討する人がイメージしやすいようにしました。
青沼社長は副業人材の男性と上記のような強みをどう打ち出していくかを詰めていきました。直接会ったのは面談を入れて2、3回ほどで、業務はオンラインでの打ち合わせとSNSのグループ機能でのやり取りを中心に進めたといいます。
「半年はかかるだろうと思っていましたが、約2カ月でマーケティングの方針が固まり、業務を終えました。スピード感を持って仕事をしてくれたので、その後のウェブリニューアルがスムーズに進みました(青沼社長)。
副業の男性に支払った費用は、1カ月につき約10万円です。男性が作ったマーケティング方針を基に、同社は3月にランディングページを、4月にはウェブページをリニューアルしました。
成果が出るのはこれからですが、平日はほぼ毎日発信しているSNSの効果で、1カ月5000近くのアクセスがあるので、それ以上が期待できます。青沼社長は「これまでと別のアプローチが必要になったコロナ禍は、会社を前進させる良いきっかけになった」と振り返ります。
「コアメンバー=フルタイム・正社員」という固定観念
副業の男性と一緒に仕事をする中で、新しい気付きもありました。青沼社長は「コアメンバー=フルタイム、正社員」という考えが変わったといいます。
城南村田では毎年、新卒を採用していましたが、その若手が3~5年で他社へ転職するケースが少なくありません。
「転職したいという30代の若手から『人生100年時代、80歳を超えるまで今のスキルだけで食べていくには限界がある』と言われたことがあるんです。『ああそうだよな、お前、転職したほうがいいよな』とどこか納得してしまった。でもそれは、コアメンバー=フルタイム正社員でなければいけないという考えがあったからだと気付いたのです」
青沼社長は、以前から外部のデザイナーやコンサルタントと「会社の形」について定期的に話し合ってきました。副業の男性と一緒に仕事をしたことで、「正社員だから100%うちの会社の仕事をする」という考えから、「社員がうちの会社以外の仕事をすることで、別のスキルを身に着け、結果として長く働くことができる会社をつくれるのでは」という考えに変化したのです。
「正社員=100%うちで仕事をする」という前提が、結果的にゼロかイチ(辞めるか、残るか)を迫り、転職が増えていた要因ではと気が付いたといいます。
「一つの場所にとらわれない働き方ができないか」
青沼社長は「ものづくりの現場でも一つの場所に捉われない働き方ができないか考えるきっかけになりました」と語ります。もちろんウェブマーケターやSEなど場所の制約が緩やかな仕事とは異なり、城南村田のような機械設備を使う製造業の場合、現場ではないとできない仕事は多いでしょう。
「ただ、100%自社の仕事をしなければならないという制約は離れることはできます。例えば一定の時間、うちの工場の機械を使って副業したり、いつも作っている製品以外の新しいものを生み出すことを考えたりすることはできます」(青沼社長)。
社員の業務時間の一部を、興味がある分野の研究などに充てることを認める企業は複数あり、商品開発につながっています。
城南村田は今春、札幌のプレス加工会社を子会社化しました。青沼社長が代表取締役に就き、東京と札幌の2拠点生活を始めました。青沼社長は「今後は社員にも副業を勧めていく予定です」と語ります。
「単発、外注」から「長期的な契約」へ その背景は?
城南村田が副業人材を活用した業務は、成果が出たため2カ月で終了しました。しかし、最近は副業・兼業プロ人材と1~2年以上契約を続ける中小企業も増えてきています。
上記の図のように、企業が業務委託契約を締結し、業務を依頼する個人には単発の業務や外注的な扱いをすることが主流でした。
しかし、2018年からの副業解禁とリモートワークの普及により、人材市場に個人事業主が急速に増えました。これまでの「単発・外注」の仕事から「継続・メンバー」としての仕事に変化してきています。
副業先の企業のミッションに共感し、実現に向けてメンバーとして共に働くことで「正社員以外の選択肢」が生まれているのです。城南村田の青沼社長もまた、副業人材を活用したことで、自社の中にも正社員・フルタイム以外の選択肢があることに気付きました。
副業・兼業プロ人材をメンバーとして活用して成果を出していくノウハウを社会全体で言語化し、情報を共有していくことが重要だと感じています。