目次

  1. 日本のがんの10年生存率
  2. 国が求めるがん検診率の向上
    1. 健康診断(健診)とがん検診の違い
  3. 中小企業のがん対策の現状
    1. がん検診の実施率は46%
    2. がん検診の最多は「胃がん」
    3. がん検診で感じる課題は「個人の問題なので……」
  4. 仕事と治療の両立が課題
  5. ガイドラインが求める企業側の支援
  6. 治療と仕事の両立支援に活用できる助成金
    1. 環境整備コース
    2. 制度活用コース
  7. 相談窓口

 日本では2人に1人が生涯のうちにがんにかかります。厚生労働省の「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」によると、医療の進歩で、すでに「不治の病」から「長く付き合う病気」に変化しつつあり、通院を続けながら治療を受ける病気へと変わってきています。

 国立がん研究センターが2008年にがんと診断された24万人についてその後を調査したところ、10年後も命を失わずに暮らしていた人は胃や大腸など15種類のがん全体では約6割に上りました。下の図のように、特に早期の段階で見つけられると、生存率が9割を超えるがんもあります。

主ながんの10年生存率(朝日新聞デジタルから引用)

 国が企業に求めるがん対策の一つが、従業員へのがん検診です。がんは自覚症状が出てから受診すると、すでに進行している場合があります。

 がん検診は、早期発見と治療により、がんの死亡率を下げられる効果があります。さらに、治療と仕事の両立も進めやすくなります。そのため、国の「がん対策推進基本計画」では、国全体のがん検診の受診率を50%以上とする目標を掲げています。

 職場では年に1回の健康診断(健診)が労働安全衛生法で定められています。これは、尿検査や血液検査など対象の病気を定めずに、身体に異常がないかどうかを調べるものです。

 これに対し、がん検診は、特定のがんに絞って調べる検診のことです。どんながんに検査が必要なのかは、年齢や性別によって違います。詳しくは、がん対策推進アクションの公式サイトで確認してください。

 では、がん検診はどの程度実施されているのでしょうか。中⼩企業のがん対策について、大同生命と「がん対策推進企業アクション(厚⽣労働省委託事業)」が2021年2月に全国の中小企業約1万社に共同アンケートを実施しました。

 アンケート結果について、がん対策推進企業アクション議長である東京大学の中川恵一特任教授のコメントとあわせて紹介します。

従業員に対するがん検診の実施有無(以降のグラフはいずれも大同生命サーベイ2021年2月度レポートから引用)

 中⼩企業の従業員にがん検診を実施している、と回答したのは46%と半数を下回っていました。

 さらに、この46%から、受診対象者の受診状況について尋ねると、「全員実施」は49%にとどまりました。「概ね実施」が35%、「一部実施」が11%、「把握していない」が5%となっています。これに対し、中川さんは次のようにコメントしています。

 大企業はおおむね、検診受診率は高い傾向にありますが、中小企業は低いと言われていました。今回の結果はその実態が、かなり浮き彫りになった感じがします。

 中小企業の皆さんが長く働き続けるためには、さらに実態を把握して、どこが、何が問題か、ネックになっているのは何か、などを抽出して、対応策を講じる必要があります。

従業員に対して実施したがん検診の種類

 従業員に対して実施したがん検診の種類は、「胃がん検診」が73%と最も高く、次いで「⼤腸がん検診」が64%、「肺がん検診」が58%となりました。

 従業員向けのがん検診として、乳がん、子宮頸がんが少ないのが気になります。かつて大企業にも見られた傾向です。しかし、54歳までは、女性のほうが男性のがんよりも多いため、女性のがん検診を進める必要があります。

従業員のがん検診受診率を向上させるための課題

 従業員のがん検診受診率を向上させるための課題は、「がん検診は個⼈の問題なので、企業が踏み込めない」が24%と最も多く、次いで「コストがかかるため難しい」が18%となりました。

 「がん検診は個人の問題なので、企業が踏み込めない」が24%と最も多く、次いで「コストがかかるため難しい」が18%とありますが、がん対策は経営問題です。また、ほとんどコストのかからない住民検診に社員に行ってもらうこともできます。

 住民検診がもっとも科学的根拠があるため、中小企業が住民検診に舵を切ると、大企業よりよい検診が広がることになります。 国の(がん検診受診率)50%超目標に寄与するためにも、「がんを知る」を基本に、経営者の皆さんと交流を進める必要を感じます。

 がん患者の生存率が上がるなかで新たな課題となっているのが治療と仕事との両立です。厚生労働省の2016年調査によると、仕事をしながら治療を受ける人は約36万5000人に上ります。

 一方で、国立がん研究センターが2020年、全国の7000人のがん患者に調査したところ、がんの診断を受けた時に仕事をしていた人のうち、約2割が退職、廃業していたことがわかりました。

 とくに診断直後に仕事をやめているケースが最も多く、その後再び働こうとしても難しいという実態も明らかになっています。

国立がんセンターの調査結果(朝日新聞デジタルから引用)

 こうした課題に対し、厚労省が公表している「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」では、従業員が仕事と治療を両立できるよう、まず4つの環境整備が必要だと説明しています。

  1. 治療と仕事の両立支援のための基本方針づくりと従業員への周知
  2. 研修などによる両立支援に関する意識啓発
  3. 従業員が安心して利用できる相談窓口の明確化
  4. 両立支援に関する休暇・勤務制度などの整備

 そのうえで、ガイドラインでは「治療と仕事の両立支援は以下の流れで進めることが望ましい」と説明しています。

  1. 両立支援を必要とする労働者が、支援に必要な情報を収集して事業者に提出(産業医やや人事担当者が労働者の同意を得た上で主治医から情報収集することも可能)
  2. 事業者が就業継続の可否、就業上の措置及び治療に対する配慮について産業医などにヒアリング
  3. 事業者が就業継続の可否を判断
  4. 就業継続が可能と判断した場合、就業上の対応や治療への配慮などを検討・実施
  5. 長期の休業が必要と判断した場合、休業中のフォローアップなどを事業者が準備し、主治医や産業医、本人の意向、部署の意見などをもとに、職場復帰の可否を事業者が判断し就業上の対応や治療への配慮などを検討・実施

 詳しくは、厚生労働省の「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を参照してください。

 治療と仕事の両立支援助成金は、事業者が労働者の治療と仕事の両立支援制度を導入した場合に、事業者が費用の助成を受けることができる制度です。独立行政法人「労働者健康安全機構」に申請してください。

 環境整備コースは、事業者が両立支援コーディネーターの配置と両立支援制度(勤務制度や休暇制度など)の導入を新たにした場合、1企業または1事業主あたり20万円の助成金が受け取れます。ただし、1回限りです。

 制度活用コースは、事業者が両立支援コーディネーターを活用し、両立支援制度を用いた両立支援プランをつくり、実際に適用した場合、1企業または1事業主あたり20万円の助成金が受け取れます。有期・無期契約それぞれ1回限りとなっています。

 従業員の健康管理については、独立行政法人「労働者健康福祉機構」の全国各地にある産業保健総合支援センター労働者50人未満の小規模事業場を対象とした「地域産業保健センター」で相談を受け付けています。