名前だけでも社長に

ーー子供の頃、家業や後継ぎという立場に、どんな思いを抱いていましたか。

 普通のサラリーマン家庭とは違うなとは思っていました。小学5、6年生までは南部杜氏が来ていて、食卓に知らないおじさんがいましたから。

 長男でしたが、特に「家を継げ」と言われたことはありません。ただ、手伝いには駆り出されていました。夜や朝に麹室(こうじむろ)の中で、怒られながら米をほぐす作業を行いました。「何で手伝っているのに怒られなきゃいけないんだ」と思いながら(笑)。冬になると酒造りが始まるので、毎年嫌でしたね。

ーー大学は東京農業大学の醸造学科(現・醸造科学科)に進みました。家業を継ぐことを意識したからでしょうか。

 高校まで野球に熱中していたので、ほとんど勉強はしていませんでした。東京農大には、酒蔵や焼酎、みそ・しょうゆといった醸造業の後継者に推薦枠があったので、進学しました。家を継ぐことに特に抵抗はなかったです。ただ、漠然と海外で働きたいという気持ちもありました。

ーー大学3年生で社長に就任しました。

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