トップシェアでも抱いた危機感 つっぱり棒メーカー3代目の組織改革
つっぱり棒のトップメーカー「平安伸銅工業」(大阪市)の3代目は、新聞記者から家業に転身しました。トップクラスのシェアにあぐらをかかず、危機感を持って、組織や商品、プロモーションの戦略を一から改革。売り上げは2倍、社員数は4倍に成長させました。
つっぱり棒のトップメーカー「平安伸銅工業」(大阪市)の3代目は、新聞記者から家業に転身しました。トップクラスのシェアにあぐらをかかず、危機感を持って、組織や商品、プロモーションの戦略を一から改革。売り上げは2倍、社員数は4倍に成長させました。
目次
「一世代一事業」は、同族会社でよく見られる現象です。例えば、トヨタ自動車は、創業者の豊田佐吉さんが自動織機事業を立ち上げ、息子の喜一郎さんが自動車、その息子の章一郎さんが住宅、そして現社長の章男さんはモビリティー事業を進めています。
先代が育てた事業は、時代と共に古くなり、衰退期に入ることもあります。そんなとき、先代が残した技術や市場をベースに、後継者が新たな感性で時代に合った事業を立ち上げると、何代も繁栄する長寿企業となります。
今回紹介する竹内香予子さん(38)は2015年から、平安伸銅工業の3代目社長を務めています。1952年創業の同社は、収納や耐震などに役立つ、つっぱり棒でトップクラスのファブレス(工場を持たず設計に専念する)メーカーです。竹内さんの祖父・笹井達二さんがつっぱり棒を考案し、父の康雄さんが市場開拓しましたが、やがてコモディティー化していきました。
「次の方向性が定まるまで、一緒に働いてくれないか」。2009年、竹内さんは、2代目社長の父・笹井康雄さんから相談されました。父は当時、57歳。健康面に不安があり、早めに次の準備を考えたのです。
父は万が一の時は「会社を第三者に売却」、「会社を閉める」、「外部から経営者を招く」、「プロパー社員から社長を出す」のいずれかを選びたいと思っていました。それまで、竹内さんに一緒に働いてほしいというのです。
当時、産経新聞記者だった竹内さんは、ちょうど転職を考えていました。「自分が求められている場所で働くことは、ライフワークではないか」と思い、10年に27歳で平安伸銅工業に入社しました。しかし、第一印象は「のんびりした危機感のない会社」でした。その5年後に経営トップに立つことになる若き3代目は、どうやって組織を変えたのでしょうか。
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同社は全国のホームセンターで、つっぱり棒の売り場を確保。安定した売り上げを確保できました。しかし、竹内さんは「現状維持で大丈夫」という雰囲気に違和感を覚え、神戸大学大学院の「アントレプレナーファイナンス実践塾」に通い始めます。 MBA(経営学修士)の一部を経営者向けに教える市民講座で、同大の忽那憲治教授が講師を務めました。
竹内さんは、経営に役立つフレームワークとして「アトリビュート分析」を学びました。自社の商品の特徴をマトリックスに落とし込むことで、競合とどれだけ差別化できているかという競争力を、客観的に把握するものです。
分析の結果、顧客が同社の商品を買って「興奮する」要素がないことが分かりました。すなわち、競争力がないということを意味していました。
市場シェアはトップクラスだったので、一見、競争優位があるように思えます。しかし、同じような商品が安価で輸入されたら、市場を奪われることは必至でした。顧客から見れば、「平安伸銅工業のつっぱり棒でないとダメな理由」が、何一つなかったのです。
竹内さんは「競争優位性を持つ次の柱を作らないとまずい」とショックを受けました。
竹内さんは11年から、社内で月2回、開発会議を開くことにしました。社員はそれまで、社長の指示で動くのが当たり前でしたが、竹内さんは仕事の情報をみんなで共有し、改善すべき点を尋ねました。社内アンケートで新商品のアイデアを集め、「どうしたらできるか」を議論したのです。
情報の流れが、上から下ではなく下から上、あるいは横へと変わり、社員の意識が商品開発に向き始めました。社員たちが主導して会社を変えていくという意識が芽生えました。
それでも竹内さんは、意識改革だけで危機突破はできないと気づきました。改良品を世に送るだけでは、自社の既存商品がそのまま入れ替わるだけ。売り場が増えない限り、売り上げも利益も伸びないのです。
必要なのは、新しい市場への進出です。竹内さんは、経営学者の三宅秀道さんの著書「新しい市場のつくりかた」に書いていた、次のような内容が目にとまりました。
「新しい市場をつくるには、新しいライフスタイルを作り、それによってマーケットを開拓すればよい。新しいライフスタイルを作るには、最先端の技術は必要ない。今ある技術を使い、そこに新しい意味を持たせることで新しいマーケットは開拓できる」
竹内さんは14年に入社した夫とともに、新事業を生み出すための改革に乗り出します。
改革には、商品企画力を持った人材が欠かせません。しかし、その頃の同社は、エンジニアはいても、コンセプトをつくり、カタチに落とし込むデザイナーはいませんでした。
そこで新たにデザイナーを採用。外部のプロダクトデザイナーにも委託し、自社の強みを生かすためのコンセプトや商品企画案を考えてもらい、複数のアイデアが生まれました。
竹内さんは、市場に支持され、採算が合う企画を残すために、以下の四つのハードルを設けました。
設計やテストを小さな単位で繰り返す「アジャイル型」というソフトウェアの開発手法を、ものづくりに応用しました。
この手法は、同社が14年から「cataso」というウェブメディアの運営を始めたことが影響したといいます。ウェブ業界では、まずベータ版を公開し、テストを繰り返して製品を洗練させる手法があることを知りました。
ハードウェアでは金型などのイニシャルコストが大きく、アジャイル型の開発は根付いていませんでしたが、ウェブから学んだ新しい手法を、モノづくりに採り入れました。
その結果、誕生したのが二つの新商品です。
一つは「DRAW A LINE(ドローアライン)」という商品です。つっぱり棒のコンセプトを「一本の線からはじまる新しい暮らし」と定め、物をつるすためだけではなく、おしゃれなインテリアとして位置づけました。企画したのは、TENTというデザイン会社でした。
竹内さんはデザインを見て「びっくりした」と言います。つっぱり棒はそれまで千円程度でしたが、「DRAW A LINE」は高価になることが避けられないデザインでした。実際、安いものでも、約4千円の価格設定になりました。
全社を挙げ、血のにじむような努力でコスト改善に取り組んだことを思うと、竹内さんは最初、高価なつっぱり棒を売ることが理解できませんでした。
しかし、TENTからは「(既存商品とは)ターゲット層が全く違う」と説明されました。職人が作る家具を愛用するような顧客が求めるテイストに合わせて、つっぱり棒を改良したのです。
展示会に出したところ多くの顧客から求められ、竹内さんは「DRAW A LINE」の魅力に気付きました。同社はインテリア市場を新開拓したのです。
もう一つは、社内のデザイナーが企画した「LABRICO(ラブリコ)」です。つっぱり棒ではなく、DIY用に売られている規格木材を用いて、壁に穴を開けることなく、棚などを作れるのが特徴です。「おうちづくりを楽しもう」と考える30~40代をターゲットに定めました。
ユーザーにDIYはハードルが高く、壁に棚を作ろうと思っても技術が必要でした。しかし「LABRICO」を使うと、雑貨を置く感覚で実現できます。その手軽さが受けたのです。
新商品のヒットで、平安伸銅工業は、竹内さんが入社した2010年に比べて、売り上げは2倍、社員数は約4倍の65人まで成長しました。
竹内さんは「アイデアと技術で『私らしい暮らし』を世界へ」というビジョンに従い、アジャイル型の商品開発を続けながら、暮らしに役に立つものを次々と提案していくといいます。ただし、これからの主役は、社長ではなく社員。社員が活躍してこそ、会社が持続的に成長すると考えています。
竹内さんは、顧客とのコミュニケーションも充実させています。
「DRAW A LINE」、「LABRICO」、既存の突っ張り棒など各ブランドごとに、別々のコミュニケーション戦略を実践。ユーチューブ、インスタグラム、ツイッター、インフルエンサーへのサンプリング、メディアリリース、イベント実施などに力を入れています。
特に「つっぱり棒研究所」というコミュニティーが目を引きます。突っ張り棒の正しい使い方や活用法を学ぶセミナーを開き、受講者に「つっぱり棒マスター」の称号を与えたり、マスターを巻き込んだユーチューブ動画をつくったりしています。
「つっぱり棒研究所」は自社商品の宣伝ではなく、つっぱり棒自体を啓発するために運営しています。
つっぱり棒をネットで検索すると、「落ちる」という不満の声をたくさん目にしました。なぜかを調べると、間違った取り付け方をしているケースが数多く見受けられました。同時に、メーカーが想定していないユニークな使い方が、ネット上にあふれていました。
ユーザーとメーカー双方の情報をまとめて届ければ、つっぱり棒はまだまだマーケット拡大の可能性があると感じたのです。「つっぱり棒のマーケットが増えれば、おのずと自社の売り上げが伸びると仮定し、あえて企業色を排除しました」
竹内さんがコミュニティーに力を入れるのは、参加者が「楽しくてためになる」と感じてくれたら、「次も平安伸銅工業から買いたい」という関係を築けるからです。エンドユーザーと直接つながることで、商品だけでなく、会社自体の魅力も生み出しています。
現会長の父は、竹内さんのアイデアには口を出さず、見守ってくれているといいます。2年前、竹内さんが決算書を見せたとき、父は「よくやっているね」と初めてほめてくれました。
先代が広げたつっぱり棒を発展させて、新たな事業を成長軌道に乗せた竹内さん。先代の大きな器の中で、「一世代一事業」を目指して、さらなる飛躍を続けます。
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