目次

  1. 表明保証保険とは
  2. 表明保証保険のメリット
    1. 買主側のメリット
    2. 売主側のメリット
  3. 表明保証保険の加入までの流れ
  4. 表明保証保険を利用するときの注意点
    1. 免責事項がある
    2. 引受審査や保険証券が日本語対応していない場合がある
  5. 表明保証保険で円滑なM&Aが実現可能に

 表明保証保険に加入すると、M&A時に売主が提供する表明保証に違反があり、買主側が損失を負ったときに、保険会社から保険金が支払われます。

 M&A時に取り交わされる株式譲渡契約書には、原則として「表明保証条項」が規定されます。表明保証条項とは、契約当事者に関する事実が真実であることを表明し、相手方に内容を保証する条項です。

 株式を譲渡させ、経営権を移転させる最終的な手続き(クロージング)は、表明保証違反がないことを前提条件として実行されます。

 M&Aにおいては、売主が開示した情報をもとに買収の判断や価格の設定が行われます。もし売主側が事実と異なる情報を提供していた場合、買主側は大きな損害を受けるかもしれません。

 例えば、売主側に隠れた負債があった場合、買主側は想定外の負債を引き継いでしまいます。表明保証保険に加入すれば、そこで買主側が負った損害を保険金でカバーできるのです。

 表明保証保険は、日本ではあまり馴染みのない保険ですが、世界ではM&Aの際に一般的に利用されている保険です。

 近年では、日本のM&A件数が増加していることから、表明保証保険に加入する事例も増えてきました。また中小企業を対象とした、小規模なM&Aに対応する表明保証保険を取り扱う保険会社もあります。

 表明保証保険の契約者が支払う保険料は、補償限度額の1〜3%程度が目安です。例えば、補償上限額が3億円であった場合、支払う保険料の目安は300万〜900万円となります。

 なお表面保証保険は、売主と買主のどちらも加入できます。

 表明保証保険は、買主と売主の双方にメリットがあります。ここでは、表明保証保険に加入するメリットを、買主と売主それぞれの視点で解説します。

 買主側から見た表明保証保険のメリットは、以下の3点です。

  • M&Aをスムーズに進められる
  • M&Aを実施したあとのリスクを軽減できる
  • 補償の請求に時間や手間がかからない

M&Aをスムーズに進められる

 表明保証保険に加入していると、M&Aの交渉の際に「表明保証保険に加入しているので、仮に表明保証違反に該当しても、売主に対しては損害賠償を請求しません」と言えます。その結果、M&Aの交渉を優位に進められる可能性があります。

M&Aを実施したあとのリスクを軽減できる

 表明保証保険に加入することで、M&Aのあとに表明保証違反によって損害を負ったとしても保険金でカバーできます。

 表明保証違反が発覚した場合に、売主が損害賠償する上限額と、買主が希望する補償額の乖離を埋めるために、表明保証保険に加入するのも有効な手段でしょう。

 例えば、売主側が提案する補償上限額が2億円、買主側が求める補償額が10億円であった場合、8億円の乖離を表明保証保険の加入で解消できます。

補償の請求に時間や手間がかからない

 表明保証違反が発覚した際、補償の請求や時間や労力がかからなくなるのも、買主側が表明保証保険に加入するメリットです。

 表明保証違反が発覚した場合、売主に対して賠償を請求し、金銭を回収するには時間や労力がかかります。

 特に売主が海外である場合、補償の請求には多大な労力が必要です。また損賠賠償を請求しても売主から抵抗される恐れもあります。

 表明保証保険に加入していると表明保証の違反が発覚した際、保険金で損害を補填できるため、手間や時間をかけて売主へ損害賠償を請求する必要はありません。

 また、M&Aでは、売主がM&A後に対象会社の経営に引き続き参加したり、株主として残留したりすることがあります。

 このとき、表明保証保険に加入して売主に損害賠償を請求しないようにすれば、売主との良好な関係性も維持しやすくなるでしょう。

 表明保証保険は売主にとって、以下2点のメリットがあると考えられます。

  • クリーンエグジットが実現しやすくなる
  • エスクロー設定をする必要がない

クリーンエグジットが実現しやすくなる

 クリーンエグジットとは、買主側の企業から後日損害賠償を請求されるリスクを排除して、完全に事業から撤退することを言います。

 クリーンエグジットが実現すると、売却によって得たキャッシュを投資家に分配したり、負債の返済に充てたりしやすくなります。

 買主側が表明保証保険に加入している場合、表明保証違反が発覚した場合に、保険会社が損害を補填してくれます。

 売主側は、表明保証違反が発覚したときの損害賠償に備えて資金を残す必要がなくなるため、クリーンエグジットが実現しやすくなるのです。

エスクロー設定をする必要がない

 エスクローとは、売主と買主のあいだに金融機関が入って、譲渡代金を決済する仕組みです。

 エスクロー設定をした場合、表明保証違反が発覚したときに譲渡金額の一部が買主に渡され、残りが売主に払い出されます。

 かつては表明保証違反に備えて、譲渡代金を金融機関に預けておくのが一般的でした。

 しかし買主と売主のどちらかが表明保証保険に加入していると、エスクローを設定して金融機関を介する必要がなくなるため、売主側が譲渡代金を早期に回収できる可能性があります。

 表明保証保険は、保険会社に問い合わせてから契約を締結するまで最低でも3週間かかるといわれています。

 表明保証の内容は株式譲渡契約書ごとに異なっており、それに合わせて表明保証保険の約款を作成する必要があるためです。

 表明保証保険に加入する大まかな流れは、以下の通りです。

  • 見積書の作成依頼
  • 審査の申し込み・審査開始
  • 契約内容の決定
  • 契約の締結

 保険会社に連絡して見積もりの作成を依頼し、保険金額や保険料、補償期間などの目安を確認します。

 保険会社によって引受条件が異なるため、見積もりは複数社から取り寄せると良いでしょう。なお見積もりの作成は、無料の場合もあれば有料の場合もあります。

 表明保証保険に加入するためには、他の保険商品と同様に引受審査を受けなければなりません。見積もりを確認し申し込む保険会社を決めたら、審査を申し込みましょう。

 申し込み後は、保険会社に対してM&Aの情報を開示したり、電話や面談によるヒアリングを受けたりして引受が審査されます。

 引受審査が終了し、提示された保険金額や保険料、保険期間など引受内容に問題なければ、保険会社と契約を締結することで所定の日から補償が開始されます。

 表明保証保険に加入する際は、ここでご紹介する2点に注意しましょう。 

 表明保証保険は免責事項(Exclusion)があり、補償の対象とならない表明保証違反があります。

 例えば契約を結ぶ前に、被保険者となる人やM&Aの担当者が認識していた表明保証違反は補償の対象外です。

 また、売り手が開示した業績予測や経営計画など、将来の予測に対する表明保証違反が発覚しても保険金は支払われません。

 他にも「年金・退職金などの積立不足」や「民事訴訟や刑事訴訟で負った罰金額の誤り」なども補償対象外です。

 表明保証保険への加入を検討する際は、補償の範囲を必ず確認しましょう。

 表明保証保険の中には、保険証券が英文で発行され、保険の引受審査が英語で行われる商品が多数あります。

 表明保証保険の発売当初は、国内企業と海外企業のM&A取引を対象としていたためです。

 しかし近年は、日本語に対応する表明保証保険を販売する保険会社も増えてきました。

 2020年1月には東京海上日動(PDF方式)が、2020年12月にはあいおいニッセイ同和損保(PDF方式)が、日本語に対応した表明保証保険を発売しました。

 表明保証保険を検討する際は、引受審査や保険証券が日本語に対応しているかどうかを確認すると良いでしょう。

 表明保証保険に加入することで、買収後に表明保証違反が発生し、買主側が損害を負った場合に保険金が支払われます。

 買主側が表明保証保険に加入すると、M&Aの交渉を有利に進めやすくなります。

 また買収後に表明保証違反が発覚したときに、売主に対する損害賠償請求の手間や時間を削減できるのも表明保証保険のメリットです。

 一方で売主側にとっては、クリーンエグジットが実現しやすくなる点をはじめとしたメリットがあります。

 ただし表明保証保険に加入するためには、保険会社による引受審査を受けなければなりません。

 また表明保証保険には免責事項が設けられており、すべての表明保証違反が補償の対象とはならない点にも留意して加入を検討する必要があります。