「よそ者」だから分かること 地方企業がデザイン経営に取り組む意義
創業130年の印刷会社「カシヨ」(長野市)は、社長の奥山哲さん(48)が、受注型から提案型の事業を目指し、中小企業のデザイン経営支援プログラム「Dcraft デザイン経営リーダーズゼミ」(ロフトワーク主催)に参加しました。後編では、コーポレートサイトのリニューアルなどの実践に迫りながら、地方企業がデザイン経営に取り組む意義を考えました。
創業130年の印刷会社「カシヨ」(長野市)は、社長の奥山哲さん(48)が、受注型から提案型の事業を目指し、中小企業のデザイン経営支援プログラム「Dcraft デザイン経営リーダーズゼミ」(ロフトワーク主催)に参加しました。後編では、コーポレートサイトのリニューアルなどの実践に迫りながら、地方企業がデザイン経営に取り組む意義を考えました。
――カシヨではDcraftのプログラムの一環で、コーポレートサイトのリニューアルに取り組んでいます。
それまでのコーポレートサイトは、企業や事業を紹介するだけの内容で、手がけた仕事や生みだしたプロダクトについて、詳しい情報発信を行っていませんでした。
コーポレートサイトは、自分たちが目指す方針を、社外だけでなく社内に向けて伝えるものです。それがDcraftの講義で学んだことの一つで、創業130周年という節目でもあり、インナーブランディングも兼ねて、コーポレートサイトのフルリニューアルを決めました。8月27日にリリースする予定です。
――Dcraftに参加したことで、コーポレートサイトのリニューアルを決めたのでしょうか。
その通りです。Dcraftの良さは、参加した30社それぞれに、デザイン経営を熟知した外部のメンターがつくことです。外部の視点で客観的にアドバイスをしてくれるので、とてもありがたかったです。
例えば、私たちはどうしても「カシヨ起点」で物事を考えてしまうクセがありました。それに対し、メンターの方は「誰に何のために作っているのか」「何を理解してもらいたいのか」など、顧客起点で考え方自体を見直すようにアドバイスをしてくれました。
――社外のクリエーターと協業するメリットの一つですね。
コーポレートサイトをリニューアルするため、カシヨが手掛ける支援事業を以下の四つに整理しました。
当初、この四つを並列で考えていたのですが、しっくりこなかったのです。行き詰まっていたとき、メンターから社是の「もっとも古く、もっとも新しく Trad&Trend」に立ち返るというアドバイスをいただきました。
つまり、地域プロモーション、企業プロモーション、人材開発は、ソリューションを提供する新ビジネスなのでTrendにあたります。出版は、50年続くタウン誌の制作など、最も長く従事してきたビジネスなので、Tradと分類できます。
Trendの三つの事業で得た知見を生かすことで、Tradの出版支援事業もデジタルシフトにつなげていく。その循環を見いだせたことで、自分たちの展開している事業の関連性が明確になり、やるべきことが整理できました。
――コーポレートサイトのリニューアルのポイントは何でしょうか。
メインコンテンツは、私たちが手がけたプロジェクトのストーリー紹介です。我々がどうアプローチして、どういった成果が得られたか。お客様にヒアリングをして紹介していきます。
例えば、制作して納品したウェブサイトを運営する中で、お客様自身が「もっとこうしたかった」、「こんな風に発展させていきたい」と気づくこともあるはずです。しかし、これまでは納品後、お客様にヒアリングしたことがなく、フォローできていませんでした。
仕事が終わった後、お客様の感想や要望を聞かせていただくことは、自分たちの知見のアップデートにもつながり、別のお客様の仕事にも生かすことができると考えています。
――ヒアリングの重要性に、改めて気づかれたということですね。
お客様に言われたことを、そのまま形にするのではなく、「何のために作ろうと思ったのか」を知ることで、お客様のイメージ以上のアウトプットが生み出せるかもしれません。
本当に役立つものを提供するには、お客様のニーズを丁寧にヒアリングするしかない。それもDcraftに参加して理解したことの一つです。
――デザイン経営には、社内のデザイナーや営業責任者と取り組みました。
コーポレートサイトのリニューアルは、社内体制の強化も踏まえて取り組みました。Dcraftに参加して気づいたことは、営業とクリエーターは同じ会社で働いていながら、ものごとの捉え方が異なることです。これまで意思疎通ができているようで、できていなかった。それに気付けたのも、Dcraftに参加したからです。
――デザイナーが経営戦略の根幹から携わるメリットは何でしょうか。
デザイナーは課題を多面的に捉えるだけでなく、翻訳するように要点をまとめてくれます。いろいろな要素が絡む課題について、優先順位をつけながら整理整頓する。それは、クリエーティブな視点を持っているからこそ、できると思います。
会社の指針は、掲げて終わりというわけではありません。社員一人ひとりが理解し、自分の仕事に生かすためのものです。だからこそ、理解しやすい本質的な言葉や、直感的に伝わる表現であるべきです。それを実現するためにも、デザイナーが経営戦略にコミットすることが必要だと思います。
――デザイン経営は都市部の大企業が取り組んでいるイメージが先行しています。ファミリービジネスの地方企業が取り組む意義について、どのように考えていますか。
地方企業は「井の中のかわず」になりがちです。また、地場に根づいているからこそ、他県から見たら「すごい」と思われる魅力も、当たり前すぎて気づきにくいという課題もあります。
私は異業種を何年も経験してから入社し、東京から本社のある長野に移住しました。いわゆる「よそ者」だからこそ、分かることもあります。そんな客観的な視点を常に持ち続けているのが、デザイナーの力だと思います。
インターネットが普及した今、都市部も地方も情報のスピードは同じです。その中で生き残るためにも、外部の客観的な視点は必要だと感じています。
――デザイン経営は費用対効果が見えにくく、取り組むことにためらう経営者も少なくありません。アドバイスをお願いします。
デザイン経営は単なる概念ではなく、トライアンドエラーを繰り返すことが重要です。具体的に実践して経験することで、自分たちに足りないことややるべきことに気づくことができるからです。
デザイン思考のプロセスには、プロトタイプを作るという工程があります。私はDcraftに参加して、未完成な状態でもプロトタイプを作ることで、物事が動き出すことを実体験しました。机上の空論で終わらず、悩みながらも着実に前に進むことが大切です。
今回、フルリニューアルするコーポレートサイトも、公開してからが始まりです。デザイナーと取り組んでいるからこそ、改善方法もすぐ相談できるので、時代性やお客様のニーズに応じて進化できる。それが、経営にデザインを取り入れる意義なのだと思います。
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