タウン誌を50年間発行

――カシヨの事業内容を教えて下さい。

 当社は創業から130周年を迎えました。現在は総合印刷事業を中心に、ウェブコンテンツの制作や、タウン情報誌など自社出版を手掛け、OA機器の代理販売や人材コンサルティング事業などを展開するグループ企業もあります。

――コンテンツ制作の内製が、強みになっているのですね。

 カシヨは「もっとも古く、もっとも新しく」という社是のもと、フルカラー印刷やコンテンツ制作、自動組版機の導入など、いち早く新しいことに挑戦しながら、事業拡大を図ってきました。

 CTP製版機は量産化する前の初号機を導入し、機械メーカーのテストに協力していたそうです。タウン誌の自社出版を始めたのも、今から約50年前の1972年です。先代がロンドンで宿泊したホテルのフロントで、小さな街の情報誌を見つけたことがきっかけでした。帰国後、構想2年で「ながの情報(現・ながの情報NEXT)」というタウン誌を発行し、今も継続しています。

カシヨが発行しているタウン誌「ながの情報NEXT」

――奥山さんは2018年、社長に就任しました。カシヨで働くようになったきっかけを教えて下さい。

 カシヨは母方の本家の家業で、先々代は祖父にあたります。私は生まれも育ちも東京で、祖父のことは大学生の頃から尊敬していましたが、カシヨで働くことは考えていませんでした。

 大学では建築を学び、卒業後は住宅メーカーに就職して、5年ほど営業をしていました。その後、建築設計事務所で4年半勤務し、飲食事業部に異動。大型和食ダイニングの責任者として、4年働きました。

 カシヨに入社したのは、今から15年前です。先代である伯父の子どもたちはまだ成人しておらず、当分、事業承継できないことが分かっていました。そこで、私が仕事を手伝うことになったのです。

印刷業が迎えた転換期

――印刷業が抱えている課題と、カシヨの印刷事業の状況について教えて下さい。

 コロナ禍の前から、印刷業は斜陽産業で、紙媒体の出荷額の減少が続いています。コロナ禍で、4、5年先と思われていたデジタル化が急加速し、紙媒体が主力の印刷業は大きな転換期を迎えています。

 カシヨの総合印刷事業でも売上高のシェアが高いのは、学参系と法令系の出版物です。いずれも改訂版の発行があり、レイアウト作業を自動組版機で内製しています。印刷だけでなく改訂作業も一括して引き受けることができるので、総合印刷事業の売り上げは堅調です。

――そんな中、奥山さんは自社にどのような課題を感じていたのでしょうか。

 継承と変革はカシヨのスローガンです。進化している部分もある一方、社内でビジョンが浸透していなかったり、30年前から仕事へのスタンスが変わっていないと思えたりすることもありました。社長に就任したときから、改めたいと思っていました。

カシヨの印刷工程

デザイン経営に取り組む理由

――奥山さんが、デザイン経営に取り組もうと思ったきっかけは。

 印刷業界でつくる団体「全国青年印刷人協議会」(全青協)の関東甲信越ブロックの勉強会に参加したことがきっかけでした。テーマがデザイン思考とデザイン経営で、今の自分たちに必要なものだと思いました。

――デザイン経営が、どのように役立ちそうだと思いましたか。

 課題解決型の考え方に魅力を感じました。印刷業は受動型の受注製造で、お客様からいただいた原稿を指定どおり、そのまま印刷します。もちろん大切な仕事ですが、これから生き残るには、何かしらの付加価値の提供も必要になります。その一つが、お客様の潜在的なニーズを掘り起こし、ゼロから提案していくことだと考えています。

 受動型のビジネスだけでなく、能動的に仕事を生み出していく力も持つべきです。お客様の目的に応じてコミットするときに、ニーズや発想したことを、クリエーティブやデザインの力で、即座にビジュアライズすることは、ビジネスにも有効に働くはずです。

トップダウンでは響かない

――そのような思いに至ったのはなぜでしょうか。

 私は社長になる前から、自ら営業して非印刷物のコンテンツ制作やサービスの開発の仕事を獲得しました。いくつかのプロジェクトについて、インハウス(組織内)のデザイナーとともに取り組んでいます。

 デザイナーは、プランニングから参加し、とてもうまくいっていました。その経験から、プランニング能力のあるデザイナーと一緒に、経営方針や経営戦略を決めることに可能性を感じていました。

 そんなとき、全青協を通じてDcraftの存在を知り、デザイン経営の理解を深めるためにも受講を決めました。

 これだけ変化する時代にもかかわらず、カシヨは30年にわたり、中期経営計画を作っていませんでした。必要性を感じながらも、私がトップダウンで経営方針や経営計画を作っても、社員一人ひとりに響くものになるとは思えませんでした。

 社内に浸透していないものが、社外の方々に共感してもらえるはずがありません。Dcraftへの参加は、経営戦略に社員を巻き込んでいくきっかけにもなると考えました。

思いをゼロから形に

――Dcraftには、社内からどのようなメンバーで参加したのでしょうか。

 Dcraftの前半は、社内のデザイナーと、本社の営業部長、そして私の3人で参加しました。来期から設ける予定の経営戦略室を意識したメンバー構成です。後半の実践プログラムは、自社のコーポレートサイトのフルリニューアルに取り組んだので、社内のウェブクリエーターにも参加してもらいました。

カシヨはデザインでも強みを発揮しようとしています

 Dcraftに参加して、営業とクリエーターは同じ会社で働いていながら、ものごとの捉え方が異なることに気づきました。これまで意思疎通ができているようで、できていませんでしたね。

――Dcraftの講義で、印象に残っているものは何でしょうか。

 最初に取り組んだ、自社のステートメントを作るセッションです。ゼロから自分たちの想いを形にしていくことは、決して簡単ではありませんでした。

 そもそも、印刷業を営む私たちにとって、お客様の業種は幅広く、ニーズも多様です。誰にでも分かる短い言葉で、どう表現していくかを考えるため、自社の強みや魅力に立ち返るプロセスには、気づきがたくさんありました。

ビジョンは「地域の明日を彩る」

――どんな強みに立ち返ることができたのでしょうか。

 最初に出てきた強みは、「彩る」でした。お客様の思いを印刷やコンテンツなどで形にしていくことが、私たちの仕事だからです。

 ただ、それだけではニーズに応える受注型の製造業にとどまります。これからは、お客様の「これからの思い」をくみ取り、未来に向けて一緒に彩る存在であるべきです。そこから「Coloring tomorrow(明日を彩る)」というフレーズが生まれました。

Dcraftを通じて、最終的に「地域の明日を彩る(coloring tomorrow)」というカシヨのステートメントが生まれました

 もう一つの強みは、「地域に根づいていること」です。印刷は地場産業で、地域と密接に関わってきたからこそ、今を迎えられたと言えます。また、私たちの根っこには「正しく伝える」ための技術があります。単に正しく印刷するだけでなく、地域の魅力を表現するのは自然なことでした。

――「地域」というキーワードが新たに浮かび上がってきたのですね。

 地域に根づいているのは当たり前のことだったので、見過ごしていました。Dcraftへの参加で立ち返ることができた強みで、プロジェクトメンバー全員で同意し、共感し合うことができました。

 最終的に「地域の明日を彩る」というビジョンを決めました。よく考えると、半世紀に渡って取り組んでいたタウン誌の自社出版も、地域の明日を彩るビジネスでした。

 ※後編では、カシヨがデザイン経営で取り組もうとしているコーポレートサイトのフルリニューアルや、新規事業の方向性に迫りました。